「なんのはなしですか」は魔法の言葉――コニシ木の子さんが信じる、役に立たないものの価値
気になるnoteクリエイターに、國學院大學メディアnote編集部が「お話を聞いてみた企画」。今回ご登場いただくのは、文芸発信の総合表現エンターテインメント「#なんのはなしですか」を主宰するコニシ木の子さんです。
Instagram内での遊びから生まれた「なんのはなしですか」という言葉。どんな話にも居場所を与え、書く人の心を軽くしてくれるこの言葉の力を、コニシさんは信じ続けてきました。
“役に立たないことをおもしろがる”姿勢や“どんな話にもおもしろさがある”と信じるまなざしは、創作と向き合う人たちに前へ進む力を与えています。
何気ない毎日を慈しむためのコニシさん流の哲学とは、一体どのようなものなのでしょうか。表現の世界を鮮やかに広げてくれる「なんのはなしですか」という言葉の力とともに、その核心をひも解きます。
――コニシさんの経歴やペンネームの由来について教えてください。
ペンネームの由来は、大相撲元大関の小錦八十吉さんです。20代の始めの頃に、彼が出すCDアルバムのプロモーション活動に携わらせてもらう機会があったんです。そのときのご縁で、小錦さんから“息子”と呼ばれているので、“小錦の子”をもじって“コニシ木の子”と付けさせてもらいました。
最初は、ただ有名になりたかったんです。もともとは芸人志望で、M-1グランプリの第1回大会に出場したこともありました。芸人になりたかったのは、おもしろいことを考えるのが好きだったから。くだらないことを考えるのが、昔から好きなんですよ。でも、プロの声量や本気度を楽屋で目の当たりして、早々に心が折れてしまったんですね。「ああ、自分には無理だな」と。
挫折をしたものの、芸能界への憧れは捨てきれず……小錦さんと出逢ったのはそんな頃でした。でも、毎日一緒に過ごしているうちに、気付いてしまったんです。僕は、小錦さんのようにはなれないことに。
どこに行っても声をかけられて、写真を撮られて。小錦さんのまわりにはいつも人が集まってくるんです。そんな姿を見続けて「自分は太陽にはなれない人間なんだ」と思い知りました。と同時に、「だったら、太陽を支える側になりたい」と思ったんです。
その思いを形にしようと発案したのが、CDのプロモーション企画でした。8か月かけて、友人2人がキャリアを積んだ自転車と走りをつないでCDを手売りする「日本縦断走り売り」というものだったのですが、周囲の大人たちは大反対。「何かあったら、小錦の名前に傷がつく」と止められました。
でも、小錦さんは「最後まで応援するから。全部の責任は負うから、最後までがんばれ」と背中を押してくれたんです。そのときの小錦さんがたぶん42〜43歳ぐらい。今の僕の年齢と同じぐらいなんですが、「自分もこんな風に、人を信じて応援できる大人になりたい」と思いました。

――noteを始めたきっかけは何だったのでしょうか?
書くことが好きなんですよ。書くことで、自分の生きた証を残したい。だって、それを伝えられるのは自分しかいないから。
最初はInstagramを使っていたのですが、「文字数の制限のないところで自由に表現をしてみたい」という気持ちが大きくなって、5年前にnoteに移行しました。「noteだったら、もっといろいろな『なんのはなしですか』が表現できるかもしれない」と思ったからです。
――Instagram時代から、すでに「なんのはなしですか」を使っていたんですね!
そうなんですよ。Instagramに読書感想文をおもしろおかしく書く、という遊びを仲間内で楽しんでいたことがあったんです。読書感想文なのに全然違うことを書いて、最後の「なんのはなしですか」で笑い合う。「これは、すごい言葉を見つけたぞ」と思いました。
「なんのはなしですか」は、どんな話の結末も受け止めてくれる魔法の言葉。普段は書けないような本音や恥ずかしい言葉も、「なんのはなしですか」の一言でごまかせるし、怒りや悩み、くだらない話も、この言葉を添えるだけで不思議と素直に書けてしまうんです。
――最初の3年間は、まったく記事を読まれなかったと伺いました。
noteで書いたら一気に跳ねて、みんなが「なんのはなしですか」をおもしろがってくれると思っていたんですけど……もらえたスキはたったの1桁(苦笑)。自信満々で始めたのに、最初の3年間はずっと1桁が続きました。

心はへし折られましたけど、やめようとは思わなかったかな。やめられなかったという方が正しいのかもしれないけれど。書くことを取ってしまったら、自分にはもう表現の場が何もなくなってしまうので、どうにかしてすがりたかったんだと思います。で、抗って書き続けた結果……やっぱり全然読まれませんでした(笑)。
でも「なんのはなしですか」という言葉を使う度に、僕は本当に救われていたんです。どんな結末になろうが、言いたいことを言えるし、今まで言えなかったことも書ける。反響がないのは、もしかしたら自分の書く文章がおもしろくないだけで、この言葉自体には力が宿っているのではないかと思いました。だったら「使ってくれる人を集めたい」と思ったんです。
――何か、転機があったのでしょうか?
note内のおもしろい人たちを紹介している記事に出逢ったんです。それを読んだ時に、一人で盛り上がっていた自分に気が付いて、本当に恥ずかしくなりました。「こんな風に、ほかの人のことを考えている人がいるんだな。いつの間にか、なりたくない人間になってしまっていたな」と。
書くこと自体はやめたくなかったので、「なんのはなしですか」のハッシュタグを使ってくれた人の記事を集めて、エンターテインメントに昇華させようと決めました。自分ではこの言葉の力をうまく伝えきれなかったけれど、ほかの誰かにはできるかもしれない、と託してみることにしたんです。僕自身、この言葉に都度救われてきたので、言葉に恩返しをしたい気持ちもありました。
状況が変わっていったのは、自分のことを“おもしろくない”と認めてからですね(笑)。2年ほど前から潮目が変わり始め、だんだん「なんのはなしですか」という言葉を使ってくれる方が増え始めました。
――現在はどのように「#なんのはなしですか」の活動をしていますか。
「なんのはなしですか」のハッシュタグが付けられた記事を回収して僕のnote内で紹介したり、「なんのはなしです課」通信にまとめて紹介しています。
回収期間になると、1日80本くらいハッシュタグの付いた記事があがってくるので、空いた時間にせっせとスマホで読んで回収しています。仕事があるので、朝4時に起きても回収できるのは1日50〜60本程度。それでもすべての記事に目を通して、通信用のコメントを書いています。

全部の記事を拾うのは、「おもしろいかどうかは誰にも決められない」と思っているから。たとえば、僕がおもしろいと思わなかった話でも、誰かの心には響くかもしれない。否定からは何も生まれないと思っているので、全部を受け入れると決めています。
正直、わけのわからない話ばっかりですけど(笑)、ささいな出来事に共感したり、おもしろがれる文化を作ったりしたかったんですよね。怒っている人、理不尽を訴える人、家族の悩みを書く人、喜んでいる人……いろいろな方がいますが、「なんのはなしですか」という言葉ひとつで、みんなが心に溜め込んだ思いを吐き出せているんです。僕は、それを受け止める人でありたい。
noteの畑に来て思ったのは、文章のうまい人が多いということ。僕が書く文章はエッセイにも小説にもなれなかったけど、こんな風に、ジャンルになりきれない言葉を抱えている人って多いんじゃないかと僕は思っていて。
「この言葉が、そういう人たちが何かを表現する入り口になれたらいいな」と思っています。「なんのはなしですか」は、ジャンルに収まりきらない言葉を綴る人のための創作の入り口。創作って孤独な作業だけど、その孤独を誰かと共有して笑い合うことで、孤独と思わせない仕組みを作りたかったんです。
――意味のないことをおもしろがることは、人生にどんな変化をもたらすと思いますか?
僕は、役に立たないことに価値をつけたい。人の日常って、役に立たないことであふれているじゃないですか。「なんで生きているんだろう」とか「悩んでいるんだろう」とか、負の感情に飲み込まれてしまいそうな悩みにだって全部価値がある。それを「おもしろい」と受け止められるようになると、人生が変わると思うんです。

もしも、何か選択をする場面に直面したら、僕は、どんなに手間や時間のかかることだったとしても、おもしろいと思った方を選択しようって決めています。その方が後悔しないし、過程も楽しめるから。
「#なんのはなしですか」は、平凡な毎日を楽しむ練習。意味がなくてもいい。オチがなくてもいい。怒ってもいい。泣いてもいい。ただ、書いてみる。「それを受け止めてくれる人がいる」と思うだけで人生が少し軽くなる。
「#なんのはなしですか」はエンターテインメントなので、読む側も肩の力を抜いて楽しんでほしいです。だって、みんな忙しいでしょう? 毎日正しいことばかりを求められて、疲れているんです。だからこそ、たまには役に立たないことを読んで、ほっこりする時間があってもいいじゃないですか。正解なんて、なくていい。正解がないからこそ、おもしろいんです。
――投稿される方の変化についても教えてください。
びっくりするぐらい、みなさん文章が上手になっていくんですよね。きっと、人に読ませようという気持ちが強くなるからだと思います。
「(コニシさんが)必ず読んでくれるから続けられます」
「この言葉のおかげで、小説を書いてみようと思いました」
そんな声もありました。
慣れていない人にとっては、投稿ボタンを押すのってすごく勇気のいる行動だと思うんです。「うまく書けていないんじゃないか」「こんな話を投稿してしまっていいのか」と躊躇して、結局投稿するのをやめてしまう。でも、諦める前に、一度でいいから「なんのはなしですか」という言葉を使ってみてほしい。きっと勇気が湧いてくるはずだから。

――「#なんのはなしですか」に参加するルールはありますか?
ありません(笑)。何を書いても全然OK。1つあるとすれば、「なんのはなしですか」のハッシュタグをつけるぐらいですかね。じゃないと、僕が探し出せないので。「なんのはなしですか」は、必ずひらがなでつけてくださいね。ルールはそれだけです。
――「#なんのはなしですか」の活動が、文章の枠を超えて総合表現に広がった経緯を教えてください。
2024年に創作大賞に本気で挑んだんですけど……落ちたんです。自信満々で出したのに、箸にも棒にも掛かりませんでした。さすがにショックでしたが、落ち込む姿を見たまわりの人たちが「コニシがやばいぞ。『なんのはなしですか』の言葉は本物だから、助けてあげなきゃ」と動いてくれたんです。
「商標登録を取った方がいいよ」と教えてくれたり、「電子書籍をみんなで作りませんか?」と言ってくれたり。自分一人では考えも及ばないことを、まわりの人が提案してくれて。そこから音声、イラスト、歌、音楽、朗読……と表現の場が広がっていきました。「なんのはなしですか」は、文章だけではなくて、すべての表現の入り口になり得ると僕は思っています。


――noteを通して得た学びは何ですか。
表現する勇気をもらえたことですね。役に立たないこととか、くだらないことに価値をつけたいとずっと思っていたのですが、それを体現できたのはnoteのおかげ。「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする。」というnoteのミッションを、自分なりに実践できているような気がしています。
あとは、挫折のなれの果てだと思っていた平凡な毎日を、“自分の人生だ”と受け止めて楽しめるようになったことかな。思い描いていたことと違うことばかり起きて、ずっと遠回りをしてきたけど、その結果いろいろな人と出逢うことができました。大げさでなく、人生が変わったと思っています。
昔は「有名になりたい」「人気者になりたい」という“自分が”という思いが強かったけれど、今はもうあまり自分が自分がというのは……いや、ありますね(苦笑)。有名になって、女性にモテたいという願望は今も消えません!

――これから挑戦したいことを教えてください。
本屋さんやショップに「#なんのはなしですか」の棚を作ってみたいです。育児書でもいいし、イラスト集でもいいので、誰かが創作の入り口に立てるような、そのきっかけになるような場所を、リアルの世界で作れたらいいなと思っています。
あとは、noteで「#なんのはなしですか」のコンテストもやってみたいですね。グランプリは厳正なる抽選になりますが……。だって「なんのはなしですか」には正解がありませんからね。そのときは、抽選も公開してみんなで楽しみますよ。「抽選じゃあ、しょうがねえよな」って笑い合いながら。そういう世界です(笑)。
近い話で言うと、ZINEを作っている人たちが集まれる場所を作りたいと思っていて。今度の夏にマルシェをやりたいなと思っています。「#なんのはなしですか」の垣根を飛び越えて、クリエイターのみなさんと遊べる場所にしたいと思っています。

――インタビューを受けてみていかがでしたか?
いつもふざけてばかりなので、まわりからもそう見られていると思うんですけど、「一応、まじめに考えているんだよ」ということが伝えられてよかった(笑)。きちんとお話しする機会をいただけてうれしかったです!
――本日はありがとうございました! これからも「#なんのはなしですか」の路地裏の世界を、ほっこり楽しませていただきます!

コニシ木の子
文芸発信の総合表現エンターテインメント「#なんのはなしですか」を主宰。どんな話にも「おもしろさがある」と信じ、毎日届く数十本の“わけのわからない話(なんのはなしですか)”を読み続けている。note界隈のクリエイターが発信するさまざまな「なんのはなしですか」を拾い上げ、自身のnote内で紹介するキュレーター。
note https://note.com/moto2_hero
取材・文:松井さおり 撮影:押尾健太郎 編集:篠宮奈々子(DECO)
企画制作:國學院大學
