「ようこそ、〇〇さん!」―『マイノリティ・リポート』が予言したターゲティング広告〜SF作品が描く携帯デバイスのレビュー#5
スティーブン・スピルバーグ監督の映画『マイノリティ・リポート』(2002年)は、2054年の未来予測犯罪社会を描いた作品で、ユーザーインターフェースの斬新さでも知られます。特に主人公アンダートンが捜査官として使うジェスチャー操作コンピュータの描写は、公開当時大きな話題を呼び、現実の技術開発にも影響を与えました。
劇中で印象的なのは、透明な大型スクリーンの前に立った主人公が、特殊な手袋をはめ両手を空中で翻すと、映像がパラパラとめくられ、必要なデータをグッと引き寄せたり拡大したりするシーンです。まるで指揮者がオーケストラを操るような華麗なジェスチャーで、コンピュータを直感的に操作するこのインターフェースは、「未来のコンピューティング」を象徴する映像として語り継がれています。実はこのUI、デザインしたのはMIT出身のジョン・アンダーコフラー博士で、彼は映画の科学技術アドバイザーを務めただけでなく、その後Oblong Industries社を立ち上げて実際に同様のジェスチャーUIシステム(g-speak)を開発しました。2010年のTEDカンファレンスでは、彼が映画さながらの空中インターフェースをデモし、聴衆を沸かせています。「映画の中のプロトタイプを本当にR&Dするつもりで作り込んだ」と彼が述べている通り、マイノリティ・リポートのジェスチャーUIは極力現実に根ざした形で設計されていました。

公開から約20年経った現在、ジェスチャー操作技術は着実に進展しています。MicrosoftのKinect(2010年発売)は市販ゲーム機として初めて深度カメラを用いたハンズフリー操作を可能にし、「自宅でマイノリティ・リポート」と報じられました。その後もLeap Motionなど小型ハンドトラッカーや、VRデバイス向けの空間ハンドジェスチャー認識が実用化しています。まだ映画ほど洗練された動きや多彩な機能はないものの、例えば大型ディスプレイに向かって映画よろしくスワイプで写真を飛ばすといった操作は既に実現可能です。またタッチパネル操作も一種の直感的UIですが、映画公開時には既にその兆しがあり、2002年に報じられたMITの実験的システムや2007年のMicrosoft Surface(大型タッチテーブル)などがマイノリティ・リポート的と比較されました。
もう一つ、マイノリティ・リポートが描いた携帯デバイス的要素としてパーソナライズされた広告があります。劇中、街角の電子看板や店舗のスクリーンは歩行者の虹彩(瞳)を瞬時にスキャンし、その人に合わせたCMを流します。主人公が眼球移植手術で身分を隠そうとする場面では、手術前には「○○さん、おかえり!新しい○○はいかが?」と本名入り広告が話しかけてきたのが、移植後は他人の名前で話しかけられるという具合に、個人認識広告がストーリーにも組み込まれていました。これは現代で言えば、ウェブのクッキーや行動履歴に基づくターゲティング広告の 街頭版 と言えます。実際の技術も、顔認識やビーコンを用いてデジタルサイネージの表示内容を視聴者層に合わせる実験が行われています。プライバシーの観点で議論がありますが、技術的には「人を識別して広告を出し分ける」ことはすでに可能です。作中で広告制作者役の人物が「広告がユーザーの気分まで読み取って話しかける」と述べていましたが、インターネット広告では閲覧履歴やライフログデータからユーザーの関心や心理状態を推測する試みがなされています。マイノリティ・リポートの世界で誇張的に描かれたプライバシーの喪失は、現代社会が直面しつつある問題でもあります。

さらに映画には電子新聞(E-paper)も登場しました。列車内で乗客が読んでいる新聞は、見た目は紙ですが映像が動き、常に最新ニュースに書き換わるデジタル新聞です。これは折り畳める薄型ディスプレイ技術の未来像でした。現実でも電子ペーパー技術は映画公開前から研究され、2000年代に各社が試作を発表しています。MITメディアラボの電子インクは電子新聞実用化を目指し、「あのマイノリティ・リポートの新聞は2015年頃には実現する」との予測もなされました。実際、AmazonのKindleなど電子書籍端末が普及し、E Ink社製ディスプレイは商用化されています。ただし新聞紙大に薄く広げて無線でリアルタイム更新という形にはまだ至っておらず、折り曲げ可能なディスプレイも限定的です(近年ようやく折り畳みスマホが登場しました)。映画の電子新聞はテクノロジー業界にとって一つの目標となり、今も開発が続けられている分野です。
全体として、マイノリティ・リポートの携帯情報技術の描写は、「未来のUI/UX」の方向性を具体的に示した点で特筆すべきものです。制作段階から科学者やデザイナーを集めて現実味を追求した背景もあり、その予測精度は高いものでした。「未来の玩具をいつか全部実現させたい」というスピルバーグの狙い通り、ジェスチャーUIもパーソナル広告も電子新聞も、少しずつではありますが現実世界で実を結びつつあります。マイノリティ・リポートは、SF作品がテクノロジーの未来を具体的にビジュアル化し、それが研究開発のインスピレーション源になる好例と言えるでしょう。
