#1 自分の物語は自分で決めていい
自己紹介の投稿から少し日が経ちましたが、ゆっくり腰を据えてでないと中々書けませんねぇ。まぁ焦らず自分のペースで書いていきます。
自己紹介の記事で沢山のスキとフォロー頂き心から感謝申し上げます。
そして、嬉しいコメントもありがとうございました。
今回のイラストも前回と同じdongmuさんのイラストを使わせていただきました。dongmuさんのイラストは私のイメージにとても近くてお気に入りなんです。この場をお借りして、dongmuさん素敵なイラストをありがとうございます。
私の人生とは何だ?
この事に気が付いたのはコロナというパンデミックが始まり自分の人生がどん底に落ちてから3年経った頃でした。
それまでの私は、長い間家族に尽くして自分の人生を諦めるという生き方をしてきました。
家は母子家庭で9つ違いの妹としばらく暮らしていました。高校生の時から家族を養うため、夜間の定時制高校に通いながら働くということが始まりました。
当時は母への育てて貰った恩返しと、可愛い妹の為に何か出来る自分になれたと嬉しくもあったことを覚えています。
その後母方の祖母が亡くなり、祖父が一人暮らしになり心配だということで、一緒に暮らすことになりました。
この頃ちょうど20歳を過ぎていて、すでに3つもバイトを掛け持ち、毎日わずかの睡眠時間で疲れきっていました。
ある時とうとう疲労が限界を迎え倒れてしまい、バイトをやめて何日間眠り続けたかわからないぐらい深い眠りに落ちていった。
しばらくして身体も回復し家の支払い状況が心配だったので聞くと、案の定ヤバいことになっていた。
「一週間以内に支払い出来なかったら、電気とガス止まるのよ。」
「ん?」
「・・・。」
「えっ え~~~!!」
なんてこった!
母よ。なぜそうなる?
泣けました。
余裕はないけど、カツカツでもないぐらいは稼いだはず。
兎にも角にも何とかしなければ!
家族のピンチを救わねばの一心でした。
一週間で4.5万円稼げる仕事なんてあるの?
まともな仕事でなんて絶対にないよね。んじゃやっぱヤバい仕事系?
足りない頭で必死に考えた末、求人情報のナイトコーナーで飲み屋さんの仕事をみつけ、無事にピンチを乗り越えたのでした。
再びピンチ到来!
飲み屋さんはキャバクラで働いていました。慣れないお酒を飲んでの接客。お客さんとのアフターと同伴。
せっかく仕事を一本化したのに、これはこれで寝る時間がまた無いのであった。
その働き方もまた自分身体にはあっているわけもなく、やがて疲労からの体調不良が続き倒れて、また母に支払いミッションを言い渡される。
またか…。
いよいよ最後の切り札かと、一番やりたくない仕事風俗にいくことになったわけです。
自分の体力の心配、今後の生活の心配いろいろ複雑で誰にも相談できなくて、苦渋の選択だけど自分が嫌な事を我慢すればみんな平和に暮らせると信じ、一晩泣きはらした後、腹をくくって風俗の世界に飛び込んだのでした。
こうして自己犠牲への加速がはじまったのだ。
子供の頃の私の夢は・・・
★私の夢は海外の有名な歌手さんのバックダンサーになること。
★海外留学
★自分の絵本を書くこと
これが子供の頃からの夢でした。
しかし上位2つは家庭の事情で叶えれなかったですが。
他にも色々ありましたが、絵本以外は大体叶えましたね。
置き去り
考えたらいつもいつも自分以外の人の事ばかり優先していて、自分の事はいつも置き去りだったことに気づいてしまった。
幼い頃も、母は朝から晩まで働いていていつも独りぼっち。
母が休みの時、お買い物に連れて行ってくれても、迷子になったりして探すのが面倒なので、飲食店で置き去りにされるのがたまらなく不安で怖くて寂しかったことを覚えています。
ストーリーはまだ一部しかお話できていませんが、年月が過ぎる度に心の中に煤のように溜まっていく喪失感・虚無感・疑心・疑念・不審の気持ちが抑えられなくなっていき、ついに自分の中の張りつめていた糸が切れてしまった。
崩壊
これまでどんなことがあっても、必死に家族を守るため優先してきたのですが、コロナで仕事を失って車も売り払い、かろうじて家だけは確保するのがやっとだった私は、実家に援助することが出来ないと告げました。
母はその頃、糖尿病の悪化から透析を受けていたので、国からの援助を受けることができるので、大丈夫と判断したうえの告知でした。
しかし母の反応は目を疑う様な残念な反応でした。
「金の切れ目が縁の切れ目」
という言葉を聞いたことはあったけど、まさか自分の身にそれが起こるとは思いもしませんでした。
妹も昔の様な面影すらなく、意味不明な事を言い、母と妹は別人に変わり果て罵詈雑言を私に浴びせる最後となり、縁を切りたいと言われ家族を終わりにしました。
そうして新たな物語へと移ってゆく…
新たな旅路へ
どんなに辛い事があっても血の繋がった家族が居れば、私は戦える!守ってみせる!どんな困難も屈せず諦めない!そう思って全身にありったけの力を込めて走り続けたやり方をやめた。
自分の心臓に手を当てて自問自答。
【これからどうしていきたい?】心の声が問う。
「息子と楽しく自由に生きていきたい!」
「何にも縛られたくない!」
「もう誰にも邪魔されたくない!」
【やっと言えたね!おめでとう!】
「え?」
【今までずっと言えずに苦しかったね。よく頑張ったね!】
その言葉を聞いた瞬間、ダムが決壊したかのように溜めていた感情が大粒の涙と共に一気に溢れだした。
【さぁ!自分の物語のシナリオを描こう!どんな物語にしたい?】
「え? 自分で物語を決めていいの?」
【もちろん!】
考えたことがなかった。いつも自分以外のことばかり考えて、振り回されて動いてきた私だったから…。
戸惑いながらもどうなったら楽しか嬉しいか描いていくうち、冒険に出る前のワクワク感さえ沸いてきた。
息子と一緒にたくさん話ながら、息子も自分の物語を描きはじめた。
そう、二人でニヤニヤしながらね。
こうして私は息子と一緒に傷付いた心を少しずつ癒しながら、たった二人だけの家族だが力を合わせて新たな冒険の旅へと向かうのであった。
自分の物語は自分で決めていい
私はこの「自分の物語は自分で決めていい」に気づくのに40年かかってしまいました。
しかし、40年も!と捉えるのか、一生かけても気づけないで終わることを考えて、ここで気がつけたのは奇跡だと捉えるかは、言わなくてもわかりますよね。
世の中いろんな家庭・社会・環境があり、これらは全ての人達の人生の物語を紡いで構成されており、人生の中で起きること大半は自分でコントロール出来ないことがあるとは思いますが、もし自分の人生に変化を起こしたいと思うなら、初めは自分が何を望みどうしたいか、どうなりたいかに気づくことが大切だと思います。
そしてそれに気づいたら後は、どうしたらそれに向かい取り組めるか、自分の物語を描いていくだけです。
誰かの為だけに生きるのではなく、まずは自分を大切にし自分の為に生きるのです。それから大切な家族や愛する人や友人、その他です。
なぜなら自分が存在してのそれらだからです。
自分の心や身体が壊れてしまえば、なんの意味もなさないし、その生き方は誰かの物語を生きているから苦しいのです。
思い通りにいかない人生を送っているなら、誰かの脇役の自分をやめて自分の心の叫びに耳を傾けてください。
そして自分をまず助けて大切にしてください。
あなたが自分の物語の主人公であり、書き手であることを知ってください。
自分の物語を書き換えるのに年齢も性別も国籍も関係ありません。
「遅すぎる」ということもありません。
あなたが自分を大切にし気持ちに正直になれた時、きっと心が満たされ大切な家族・愛する人・友人をも無理なくより大切にできると思います。
思った時がチャンスです。
一度しかない人生です。自分に正直に素直になって、最高にhappyでワクワクで楽しい人生を生きてみませんか?
私はこれまでの自分の人生振り返ってみて、まだ前半ですが悪くない冒険だったと思えるようになり、今とても幸せでいっぱいです。
最後に
いかがでしたでしょうか?
長文になってしまいましたが、これでもかなり抜粋して書きました。
たぶん、本気で書いたら小説になると思います。(笑)
次回は人生の軌道修正から目的をみつけて奮闘したお話をしようかな。
最後まで読んで下さり心より感謝申し上げます。
また次回の記事でお会いしましょう。
ありがとうございました。

