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ohana_hsp087
無痛分娩の時代に思うこと
娘は妊娠する前から宣言していた。
「私、無痛分娩で産むから」
時代だな、と思った。
私が出産した頃も、
無痛分娩はあった。
でも、周りで選ぶ人はほとんどいなかった。
当時は、
「陣痛の痛みは母親の勲章」
そんな空気があった。
そして同じくらい、
こんなことも言われた。
「陣痛の痛みなんて、産んだら忘れるから」
……どっちなんだ。
勲章なのか。
忘れるのか。
勲章なら、
忘れちゃいけないじゃないか。
私は娘を出産したとき、
陣痛を経験したあと、
緊急帝王切開になった。
理由は単純。
娘の頭が大きすぎて、
出てこなかったのである。
陣痛も経験した。
手術も経験した。
痛みの欲張りセットである。
もし痛みが勲章なら、
私は少しくらい多めにもらっていてもよさそうだ。
でも、
そんなものはどこにもなかった。
あったのは、
無事に生まれてきてくれた娘だけだった。
そして今、
その娘が迷いなく言う。
「私は無痛分娩で産む」
それでいいと思う。
痛みを減らせるなら、
減らせばいい。
昔は、
痛みに耐えるしかなかった。
だから、
「痛みは母親の勲章」
という言葉が、
誰かを支える役割を果たしていたのかもしれない。
でも今は違う。
痛みを減らせるという選択肢がある。
だったら、
その選択を喜べばいい。
母親であることは、
痛みの量で決まるものではない。
子どもを迎えようとする気持ちも、
生まれてから育てていく毎日も、
麻酔では軽くならない。
だから私は、
「痛みは母親の勲章」
という言葉は、
もう十分に役目を終えたのだと思っている。
