国宝が近所にあると、こうなる
私は22歳まで、松本で育った。
家は安曇野寄りで、
周りは田んぼ。
その向こうには山。
母の実家は大町だったので、
ことあるごとに遊びに行った。
当然、北アルプスの山並みも、
何度も見ている。
今なら、
「雄大な北アルプス」
なんて言える。
でも当時は、
山。
以上。
見ようとしなくてもある。
晴れていればある。
大町に行けば、もっとある。
ありがたみなどない。
安曇野の田園風景も同じだ。
今なら、
「のどかで素敵」
「こんなところで暮らしてみたい」
と言う人の気持ちもわからないでもない。
でも当時の私にとっては、
田んぼ。
また田んぼ。
その向こうに山。
それだけだった。
そして松本には、
松本城がある。
これも特に何とも思っていなかった。
黒い。
古い。
以上。
そんな私が、
小学校の修学旅行で名古屋城へ行った。
中に入って驚いた。
エレベーターがある。
え。
城にエレベーター。
すごい。
一方、松本城。
階段。しかも急。
狭い。暗い。
ひたすら自力。
負けてるやん。
私は迷いなく、
名古屋城に軍配を上げた。
歴史的価値。
建築的価値。
文化財としての希少性。
そんなものは知らない。
エレベーターがある。
名古屋城の勝ち。
ない。
松本城の負け。
城をショッピングモールと同じ基準で評価していた。
その後、
大人になって知った。
松本城は現存天守。
しかも国宝。
私はずっと、
黒くて古くて階段が急な城、
くらいに思っていた。
エレベーターがないのは、
松本が名古屋に負けていたからではなかった。
古いものが、
古いまま残っていたからだった。
私は国宝に対して、
設備が悪いと思っていたのである。
しかも、
約400年前からそこに立っている城に対して、
である。
400年前。
電気もない。
水道もない。
そんな時代に造られた城に入って、
私は思った。
階段が急。
エレベーターもない。
今なら口コミ、
星二つ。
最低の地元民である。
考えてみれば、
北アルプスも、
安曇野も、松本城も、
ずいぶん雑に扱ってきた。
22年間、
山。田んぼ。古い城。
で処理していたものが、
実は全部、
とんでもなく贅沢だった。
今ならわかる。
ただ、
「じゃあ、また住みたい?」
と聞かれたら、
それは別の話である。
たまに帰る。
「うわあ、山の雪きれい」
「やっぱり安曇野っていいなあ」
「松本城、貫禄あるなあ」
昔は一度も思わなかったことを、
今ではちゃんと思う。
そして、
満足して帰る。
どうやら私は、
22年かけて地元民を卒業し、
30年後にようやく、
観光客になれたらしい。
