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入院、手術、退院

みなさん、こんにちは。
前回の続きを綴っていきますね。


入院

入院する日がやってきました。
入院は子供を出産して以来。手術は初めてでした。

部屋に入ると年配の方々と一緒でした。
入るなり、お一人が認知症の方なのかなというのがうかがえました。

入院した日には特に何もすることもなかったので、本を読んだりインスタ投稿したり、たくさんメッセージをいただいたのでやり取りしたりして過ごしました。

夜、認知症の方がとにかく看護師さんを呼ばれる頻度が高く、しかもボタンを押すのもわからないのか、声を出して来るまで呼び続ける、そんな夜でした。

看護師さんたちの出入りも激しく、翌日手術を控えているのにもかかわらず一睡もできませんでした。
これも、どう捉えるか…
私は認知症について勉強していたので、仕方ないことだなという思いもありました。そして勉強はしたけど、実際の認知症の方と関わったことがなかったので、それを教えてくれる経験という風に捉えました。

ですが、私は明日初めての手術を控えていたので休みたい思いもありました。

手術当日。
眠れないまま、相変わらず看護師さんを呼ばれている声。
その前におられた別の患者さんは、その方の様子をわかっていらっしゃらないご様子で、なんでボタンを押して呼ばないのかものすごく怒っておられました。

私はそんな雰囲気が嫌で、認知症の方のところへ行き、ボタンのある場所をお伝えしてこれを押して呼ぶよう話しましたが、わからないご様子だったので私が押して呼んでおられることを看護師さんに話しました。

とにかく落ち着きのない部屋。
また、どうするか考えました。
手術終わってからまた同じ状況は辛いと判断して、悩みを看護師さんに話しました。これも、知り合いの元看護師さんから困ったことは遠慮せずきちんと伝えるよう教えていただいていたからです。
その方とも、入院中やり取りしていて親身になってくださっていたので、とても心強かったし、ありがたいことでした。

今回のことで、相手がどんな様子かを見て、声掛けや接し方を気をつけないとなと改めて学ぶ時間でもありました。

手術

予定の手術の時間より遅れました。
待っている間は何とも言えない気持ちでした。
全摘することに対して、五体満足に生んでくれた母に申し訳ない気持ち。
そして、子供が生まれたときに母乳をあげたことが思い出されて涙が止まりませんでした。
気にかけてくださる方々や、友人や家族からも温かいメッセージが届き、涙があふれました。

手術室。
なんだかひんやりした部屋でした。テレビでみる感じはこんな感じなのかな?なんて考えたりもしました。
とにかく慌ただしい様子で、次々私に説明されたけど何かの音が大きくてよく聞こえませんでした。ベットに横たわるとウォーターベットで気持ちいいな、こんな感じなんだぁと思ったのも束の間、「じゃー今から麻酔かけるよ」と言われたのが記憶として最後。

起きたら病室にいました。名前を呼ばれて目を開けた瞬間「えっ!?」て驚きました。もう既に手術は終わっていて、何時間も過ぎていました。

手術後からすぐに歩くよう説明で言われていたので、看護師さんと廊下を歩きました。管も背中にあったし、点滴もしていました。全部自分で持たないといけなくて、結構過酷でした。

その夜は、人によっては食事ができない人もいるからと言われていたので持参することになっていました。
手術したほうが利き手の右側だったので、箸が持てるかわからないという思いがあり、食べやすい米粉パンを持っていってました。
私は食欲は普通にあってお腹がすいていたので、一袋全部たいらげました(笑)それに、いただいていた鉄火味噌を挟んでいただきました。
もーめっちゃ美味しかったです。

事前に調べていたんですが、鉄火味噌はアルカリ性が強い食べ物なんです。
手術すると、思いっきり身体が酸性に傾くそうです。
なので、もってこいの食材でとてもありがたかったです。

ただ、手があがらないのでパンの袋を開けるとか挟むとかが本当にやりにくくて、鉄火味噌もぼろぼろ落ちました。
あぁ、こんなにも手があがらないんだなぁとしみじみ感じました。
もちろん、痛みもありました。
普段できていることが一瞬にしてできなくなることに、当たり前でなく、有難いことなんだなと改めて気がつきました。


翌日の夜

管をさしているところから余分な血液がたまっていくので、定期的に取り除かないといけないんです。その時担当だった看護師さんのやり方が私には合わず、激痛に変わりました。
痛み止めも効かず、ひとりでは動けず、寝返りもできない状況に何時間も苦しみました。
この時どうしたら痛みが和らぐのか、痛みに耐えながらものすごく考えました。私は大丈夫、ということも自分に言い聞かせてました。

そうだ、呼吸だとひらめき、ヨガもしていたのでその呼吸法を取り入れてみました。そうすることでだんだん気持ちは不思議と落ち着き、痛みはあるものの何とかベットの柵をもち寝返りが一回できました。

別の看護師さんの番になり、管の所がどうなっているのか写メを撮影してもらい、そして傷を見せてもらい説明をしていただきました。
そうすることで、私はやっと安心することができて痛み止めも飲むことなく落ち着くことができ、やっと寝ることができました。

笑いヨガ

手術して2日目の朝。
笑いヨガを教えてくださった先生やお仲間と笑いヨガをしようと入院前からお誘いを受けていたので、談話室に行きzoomで15分程笑いました。
手は上がらないけど、入院していることをご存知でのご提案でしたので、集まってくださった皆さんにはとても感謝しています。お陰さまで楽しい時間を過ごすこともできました。

一難去ってまた一難

笑いヨガをした日の夕方、今度はかゆみと息苦しさ、じんましんが出ました。どうやら痛み止めが原因かもということで、痛み止めは使えませんでした。ほんと次々と辛かったです。

退院

手術して4日目の朝、背中の管を抜くことができました。
その時はめっちゃ痛かったです。どこか治療室に行くと思いきや、病室で抜いたんですよ。

担当医の先生から手術中、大胸筋が見えるんだけど、もうひとりの先生とすごくきれいな筋肉だと話していたというエピソードを聞き、大胸筋をまさか褒めていただくことがあるなんてという驚きで笑っていました。
これはきっと、手術前までしていたスワイショウのお陰かな?と思いました。
そして、コロナも流行っていたことと、旦那が来る日でもあったので、先生が退院してもいいとおっしゃってくださり、早く帰りたくて家族に即連絡。
みんなびっくりしていました。
当初はもう少し入院の日数がかかると聞いていたそうです。
息子が帰ってきた時に私がいることに驚いた顔、今でも忘れることができません(笑)
入院前に家族のためでもありましたが、退院後の自分のためにたくさん作り置きや冷凍をして行っていたので、自宅で食べるご飯はほんとおいしかったです。

この続きはまた次回に…




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