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『さよならの伏線回収』


さよならの伏線回収

 あの別れの日から、半年が経とうとしている。
 それなのに、俺はまだ彼女の最後の言葉を思い出している。

 「気づいてた?」

 それが、彼女が俺に向けて発した最後の言葉だった。

 そのときの俺は、ただ「何が?」と聞き返すことしかできなかった。
 彼女は少し笑った。寂しさと、諦めと、それからほんの少しの優しさが混ざったような笑顔だった。

 「そっか。気づいてなかったんだね」

 そう言うと、彼女は「じゃあね」と軽く手を振り、駅の改札を抜けていった。

 俺はただ、彼女の後ろ姿を見つめていた。追いかけるべきなのか、それとも立ち尽くすべきなのか。答えが出せないまま、目の前の光景だけが遠ざかっていくのを見送っていた。

 気づいてた? 何に?

 ——半年経った今なら、少しだけわかる気がする。

 あの頃の俺は、「突然の別れ」に驚き、ただ取り乱していた。でも、本当は「突然」なんかじゃなかったのかもしれない。
 もしかしたら、彼女はずっと前から「別れの準備」をしていたのではないか。
 そのためのサインを、俺にいくつも残していたのではないか。
 だけど、俺はそれにまったく気づけていなかった。

 ——例えば、あの雨の日のこと。
 ——例えば、最後に二人で食べた夕食のこと。
 ——例えば、彼女が「最近、昔のことばかり話すね」と言ったあの瞬間。

 あれは、きっと全部「さよならの伏線」だった。

 俺が、それに気づかなかっただけだ。

 ***

 思い返せば、俺と彼女の関係はずいぶんと長かった。

 最初は、大学のサークルで知り合った。俺たちはすぐに仲良くなり、冗談を言い合いながら気楽に過ごす友人関係が続いた。でも、やがて俺は彼女のことを特別に思うようになり、告白して付き合い始めた。

 最初の頃は、何もかもが新鮮で、楽しかった。
 夜遅くまで電話をしたり、デートの行き先を真剣に悩んだり、些細なことで嫉妬したり、仲直りの方法を必死に探したり。

 俺は、彼女との関係を「ずっと続くもの」だと思っていた。

 でも、いつの間にか、その「ずっと」は少しずつ揺らいでいたのかもしれない。

 社会人になり、仕事が忙しくなり、連絡の頻度が減った。
 休日のデートも、いつの間にか「どこに行く?」と聞かれると面倒くさくなり、「どこでもいいよ」と適当に返すことが増えた。
 彼女が髪を切っても、すぐには気づかなかったし、気づいても「似合ってるね」と言うだけで終わらせていた。
 「会いたい」と言われても、「疲れてるから、また今度な」と軽く流すことが多くなった。

 それでも彼女は、何も言わなかった。

 むしろ、俺を責めるどころか、笑って「無理しないでね」と言ってくれていた。
 俺は、それを「理解してくれている」と思い込んでいた。

 ——でも、それは本当に「理解」だったのか?

 もしかすると、彼女はその頃からすでに、「さよならの伏線」を仕込んでいたのではないか。

 気づいてた?

 今、彼女の声が頭の中でリフレインする。

 もし、俺が本当に気づいていたら、何か変えられただろうか?

 いや、そもそも、俺は本当に気づかなかったのか?
 それとも、気づいていたのに、気づかないふりをしていたのか?

 俺は、自分が過ごした彼女との最後の数カ月を、もう一度丁寧に辿ることにした。

 そこに散らばる「さよならの伏線」を、一つずつ回収するために——。


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