【家族史】ご先祖さまの暮らしは、私たちが思うよりずっと違っていた
ご先祖さまの暮らしは、私たちが思うよりずっと違っていた
私たちは、どうしても「今」を基準にして物事を考えてしまいます。
それ以外の基準を持つことは、案外むずかしいものです。
けれど、祖先の暮らしを考えるときに、その癖をそのまま持ち込んでしまうと、思いもよらない誤解をしてしまうのだろうと思います。
今の生活と、たとえば江戸時代の生活とでは、前提そのものがまったく違っていたからです。
象徴的なのが、長屋の暮らしです。
時代劇を見ていると、井戸端で母親たちが洗濯や野菜を洗い、その脇を子どもたちが走り回っている――そんな光景がよく描かれています。
もちろん、そうした場面がまったくなかったわけではないでしょう。
ただ、実際の江戸の町は女性が少なく、圧倒的に「男やもめ」の住まいが多かったといいます。
そもそも多くの長屋は、煮炊きをすることを前提とした構造ではありませんでした。
竈を設けようと思えば不可能ではなかったようですが、それはあくまで特注。
そう考えると、私たちが思い描く長屋の風景とは、ずいぶん違うものだったのではないかと感じます。
蕎麦屋についても、現代の感覚とはかなり違います。
江戸時代の蕎麦屋は、注文してから蕎麦が出てくるまで四十分ほどかかるのが普通だったそうです。
その間、酒を飲み、つまみを口にしながら待つ。
考えてみれば、「注文してから気長に待つ」という点では、鰻屋と似たような存在だったともいえます。
しかも、腹を満たすことが目的ではなかったため、蕎麦の量はほんのわずか。
今の江戸前の蕎麦屋が盛りを控えめにしているのも、そうした伝統の名残なのかもしれません。
では、蕎麦屋の役割は何だったのか。
それは、ちょっと話をするための場所だったようです。
実は当時の江戸では、お茶よりも酒の方が安く、打ち合わせをするなら茶屋ではなく蕎麦屋、というのが一般的だったとか。
そう考えると、時代劇で蕎麦屋が人々の会話の場として描かれる場面は、意外と忠実なのかもしれません。
江戸時代ともなると、私たちの常識とは大きく異なることが数多くあります。
当時のご先祖さまの暮らしや生き方を知ろうとするなら、そうした背景を学ばずには見えてこないものがあるのでしょう。
明治時代も、すでに私たちにとっては遠い世界になりつつあります。
こちらもまた、学ばなければ分からないことが、きっと多いのだろうと思います。
