『詩』あの頃私は風を知らなかった
あの頃私は風を知らなかった
世界は今よりずっと健康で
私はどこへも行くことができた
私は空になり 海になり
波消し防波堤になり
外国航路の貨物船になり
鴎になり
波止場の小さなパブになり
ギター弾きのギターになって
町から町へと旅して回った
思うまま
私はどこへも偏在できた
病院の大きな桜の木になって
とある少女の命を見つめた
競り市場のある漁港の雉猫になって
漁を終えて帰ってくる漁船を迎えた
あるいは重油の臭いのする鐵工所で
飛び散る火花となって石を焦がした
宵闇があたりを包み込むようになると
私は電信柱の裸電球になって
寄ってくる虫たちと言葉を交わした
私は光になって暗闇を照らし
雨になって煤煙や
憤懣や鬱憤、それに悲哀を洗い流し
歌になって
切ない心に忍び込んだ
私自身は何も知らなかったけれど 行く先々で
町は熱気に溢れていて 夢や希望で
言葉はダイヤのように煌めいていた
一日が 一ヵ月が 一年が
果てのない
決して越えることのない
遥かな峰のように私にはおもえた
一度期に私はあらゆる場所へ
日差しのように 雨のように偏在したが
すべての場所はあの人に似て
それ自体が永遠だと 幾たびも
繰り返し生まれ続けるものだろうと
ずっと私はおもっていた
私はその境目を
いつ跨いでしまったのだろう?
数えきれないほどの夢や希望を あの頃は
誰もが同じように抱えていたと
無邪気に言うつもりはないけれど
偏在することがなくなったあの日
私は初めて風を知った
私はどこへも行けるようになり
私はどこへも行けなくなった
風は自由に満ちていて
大洋をゆくヨットのように
誰もがそれに身を任せようとしたけれど
思えば風はどこにも行かず
そこに吹いているだけなのだ それに気づいたとき
世界は俯きがちになっていった
あの日私は風を知ったが
私が風になることはなかった
誰もが風になることはなかった
雲よりも遥かに高い尖塔を建てて その突端から
風を眺めることはするが 誰も
どこへ行こうともしないのだ
あらゆるものに偏在していた あの記憶が
たぶん 心に空しさを呼び起こすのだ
幼い人たちへ 君たちは
いま偏在しているだろうか
この世界のあらゆる場所で 思うさま
あらゆるものを見ているだろうか?
いまなら君たちはどこへでも
自由に行くことができるだろう
何にでもなることだってできるだろう
なぜならあの頃の私のように 君たちも
いまはまだ
風を知らないはずだから
ちょっと無理矢理感があるな・・・と、読み返してみておもっていますが。ま、これはこれでよしとしましょう(誰も言ってくれないので)。
新聞を開くたび、ネットやテレビでニュースを見るたび、世界は不健康になったな、とおもってしまいます。毎日書いているとどうも初めの頃とは変わってきて、こんな感じのことも書いてしまうのですが、やはり何か・・・軌道修正しなければな、とおもっている自分がいます・・・
あ、そうそう、「なんの花? 詩? ですか」を書かねば。
ちなみにタイトル画像はうちの近くのススキ。もう随分前の写真ですが。
今回もお読みいただきありがとうございます。
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