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睨んだつもりなのに

ヘッドフォンをつけたまま、チラリとも車道を見ることなく歩道から突然私の運転する車の前に飛び出して、横断歩道から離れた道路の途中で斜め横断をし始めたサラリーマン風のおっさんがいた。うわ!!危ない!!と咄嗟に急ブレーキをかけながらクラクションを鳴らしたら、逆ギレといった感じで睨まれた。

いやいや、さすがに悪いのは百パーお前だぁ!(ブチ切れ&冷や汗)と思いながら岩下志麻さんになったつもりで、相手を威嚇して反省を促すべく精一杯睨み返したけど、おっさんは逆ギレの顔のまま、まだ私を睨んでいた。

自分で自分の怒っている顔を見ることはなかなか無いから、実際のところ私の睨み顔がどんな顔なのか分からない。そもそも私はちゃんと睨めていたのだろうかと不安になってきて、過去の出産のときのことを思い出した。

(注意:生々しい描写とかは無いものの、出産の痛かった思い出を書いているので、「痛い」話が苦手な方はお気をつけください!)

三人目の出産のとき、陣痛の間隔が狭まってきたので産院に行って診察してもらうと、いい感じにお産が進んできているということで一旦入院になった。「でも、まだまだだと思いますよ。」と言われて、お産を促進するために院内を歩き回るよう指示されたので、院内の階段を上り下りしたり廊下をうろうろ歩き回ったりしていた。

院内を必死にお散歩中。
結局この二時間後には我が子とご対面。

そのうち、かなりの強い痛みに襲われ始めた。確かに初産のときに、「もしこのまま腹を掻っ捌いて赤ちゃんを取り出してもらったらこの痛みがなくなるならば、いっそそうしてもらった方が全然いいのに……痛すぎて死んじゃう……無理!!産むのやめる!!」と思った記憶がある。過去の二回の出産での痛みそのものは覚えていなかったけれど、死にそうだと感じる痛みであったということは覚えていたし、このとき既にそんな思いになるような痛みに襲われていたので、さすがにそろそろかな……とナースステーションの助産師さんに声をかけた。

私の顔を見たベテラン助産師さんは、「え?痛い?そんな余裕のある涼しい顔してる程度だったらまだまだ当分産まれないわよ!」と言い放ち、引き続き運動に勤しむよう促された。

いやぁ……さすがにもう歩くのも困難なくらいに痛いんだけどな……と思いながら数分後に改めて「やっぱもう無理です、死にそうに痛いです……」と訴えてみたものの、「いやいや、まだまだ余裕たっぷりね!産まれるときはそんな顔じゃいられないから!」と突き返された。

「とりあえず今どのくらいの感じか、診察してもらえませんか?」とお願いしてようやく、「はいはい、もしあまり進んでなさそうだったらこのあと一回帰宅してもらった方がいいかもね!」と言われながら診察してもらった。そしたら……

「え!!もうあと少しで全開!!産まれる!!分娩室に行くわよ!!」と助産師さんの慌てた声。突然周りもバタバタし始めて、ようやく私の訴えが聞き入れられたことにホッとした。そして、それから1時間半もかからず末っ子は産声を上げた。家に帰らなくてよかったじゃん!!

機能不全家庭で育ち、感情を殺す訓練(?)をしすぎてきたためか、感情を表に出すことがとても苦手であることは前々から自覚していたものの、まさか、「死にそうに痛い」という必死の訴えですらも相手からはそう見えず、下手したら助けてもらえず大変なことになっていたかもしれないという経験に直面したのは、かなりの衝撃だった。

自分では全然そんなつもりないのに、私ってそんなにポーカーフェイスなのか??そんなことないと思うんだけど、自分が100出しているつもりの感情も顔には10とかしか現れていないのだろうか??

おっさんを自分なりに睨みながら、事あるごとに思い出すそんな出産のときの思い出が、また頭の中をさーっと駆け抜けた。私はちゃんと感情を露わにして睨めていたのだろうか。怒って睨んでいたとはいえ、もちろん最大限の安全運転をする冷静さもキープしたままだったけどね!

なめ猫が「なめんなよ!」とツッパっていても可愛いのと同じように、私も、睨んでも睨んでも天性の優しさと内なる可愛さが滲み出ちゃって怖くないのかもしれないな…という設定を脳内で展開して自分を慰めつつも、"メンチ切る"的な練習(?)も頑張ろう…と思った今朝の出来事であった。(あれってなんでメンチっていうんだろう…)

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