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私は「John Frusciante OS」で生きている

──そして、それはフィラデルフィアで完成した

最近になって、長年の違和感に名前が付いた。それが「John Frusciante OS」だ。

これは単に音楽の話ではない。John Frusciante のギタリストとしての成功や、レッドホットチリペッパーズの話でもない。もっと根っこの、世界との接続の仕方の話だ。

■John Fruscianteという人間

John Fruscianteは極端な人間だ。彼は世界的なロックバンド、Red Hot Chili Peppersの伝説的なギタリスト。今でこそ在籍しているが、彼はこのバンドを2回も脱退している。

表舞台から突然消える。成功や評価に執着しない。流行にも、社会的期待にも従わない。音楽制作ですら「目的」にしない。

彼は一貫してこう語ってきた。「自分が音楽をやるのは、世界と正しく距離を取るためだ」と。彼にとって表現は承認を得るための手段ではない。精神のバランスを保つための装置なのだ。

だから彼は、売れている時ほど壊れ、姿を消し、いきなり何年も音沙汰がなくなる。それでも、誰にも説明しない。理解されなくても、気にしない。

John Frusciante OSとは、社会から一歩引いた位置で、自分の内部を最優先に保つOSなのだ。

■社会から少し距離がある感覚


私は所謂 ASD。そしてINTJでもある。

私は昔から、流行に強い関心が無い。皆が盛り上がるものに乗らない。集団行動を「面倒」と感じる。こう書くと、協調性がない人間に見えるかもしれない。でも実際は違う。

分かっている。でも、やらないのだ。

私は空気は読める。日本社会の文脈も理解している。ただ、それを「実践しない」という選択をしているだけだ。これは反抗ではないし、否定でもない。単に、自分のOSがそこを要求していないのだ。

これはJohn Fruscianteと似ている。彼も社会の文脈を理解していない訳ではない。ただ、従う理由を感じていないのだ。

■フィラデルフィアでは、私は「普通」だった


この性質が最もはっきりしたのが、フィラデルフィアでの生活だった。日本では「冷たい」「何を考えているか分からない」と受け取られがちな振る舞いが、フィラデルフィアではただの“one of them” だった

誘いを断っても、理由を詮索されない。群れなくても、人格を疑われない。興味がないものに参加しなくても、評価は変わらない。

つまり、中立だった。

因みに、私はアメリカで「適応」した訳ではない。私は、日米で行動パターンを一切変えていない。

ただ、日本では異物化し、フィラデルフィアでは風景に溶けただけだ。

John Fruscianteがロサンゼルスの社交から離れても、「変人」と断罪されないのと同じだ。誘いを断っても、理由を詮索されない。群れなくても、人格を疑われない。興味が無いものに参加しなくても、評価は変わらない。

■表現は「目的」ではなく「調整」

私にとって音楽、特にベースを弾くことは単なる「趣味」ではない。逃避でも、遊びでもない。思考を単純化し、身体を整え、抽象化し過ぎた頭を冷ます、認知のバランサーなのだ

だから毎日弾く。だから発表を前提としないデモが山ほどある。完成させることにも、評価されることにも、余り興味がない。

フィラデルフィアでも地元でも夜にベースを弾き、翌日また同じように街を歩く。そのリズムが、私のOSを最も安定させていた。

これはJohn Fruscianteが、アルバムを出すことよりも1人で音を鳴らす時間を選び続けた理由と同じだ。

表現は「発表」ではない。内部調整なのだ。

■社会的成功に向いていないOS


正直に言うと、このOSは社会的成功に向いていない。承認に動かされないし、競争でも燃えないし、勝ち負けへの関心が薄い。

John Fruscianteも、バンドという巨大な成功装置の中で、何度も壊れ、離脱した。

私も同じだ。

だから、最初は軽く見られ、途中で「よく分からない人」になり、最後に「一目置かれる」人間になる。

この順番を、人生で何度も経験してきた。

日本ではこのプロセスが摩擦になる。フィラデルフィアでは、ほぼ発生しなかった。

■それでも私は現実に適応してきた


John Fruscianteと私の決定的な違いはここにある。彼は音楽・演奏・表現に全振りした。私は、現実 (経営・生活)も同時に運用している。

好きではないが、必要なことはやる。向いていない環境でも、最低限は回す。その上で、自分のOSが壊れない場所にだけ、全力を出す。

これは妥協ではない。最適化だ。

■なぜ今、英語に戻ろうとしているのか?

最近、英語脳を本気で復活させている。オンライン英会話やアメリカ人の旧友との会話し、The Economistを毎日読み、Lakers Nationのポッドキャストを聴き込む。

その理由は単純だ。

この言語の方が、摩擦が少ない。この言語の方が、John Frusciante OSに優しいからだ。

日本語は便利だが、常に「空気」と「感情」と「文脈」を背負う。

英語は距離を保ったまま存在出来る。John Fruscianteがメディアから距離を取り続けるのと同じ構造だ。


人生や可能性を諦めた訳ではない。

むしろ逆で、

自分が最もパフォーマンスを出せる領域にリソースを再配分している。

これは感情ではなく、経営者的判断だ。

■結論:私は変わっている。でも、間違っていない

John Frusciante OSの人間は、世界的に見ても少数派だ。日本では、更に珍しい。だから誤解される。だから扱いづらいと思われる。だから「日本人じゃないみたい」と言われる。

でも今は分かる。

これは欠陥ではない。構造だ。

私はこのOSで、フィラデルフィアでは普通に生き、日本では異物として生き、それでも現実を回し、音楽を弾き続けてきた。

それでいい。それが、私だ。

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