凡才が挑み続ける理由。ラグビー選手と経営者、2つの顔を持つ「喜連航平」の現在地

初めまして。喜連 航平(きれ こうへい)です。
現在は、九州電力キューデンヴォルテクスでプロラグビー選手としてプレーしながら、一般社団法人Joyntの代表理事として活動しています。
Joyntでは、”「今」に きっかけ を。”をテーマに、スポーツを『競技』から『きっかけとなるツール』へ転用する活動として、おとなラグビーコミュニティ「おとラグ」の運営や、アスリートに向けたキャリア支援、企業・団体向けのチームビルディング研修などを行っています。
実はnoteを初めて書いたのは5年前。当時はまだ20代半ばで、記事の内容も「過去の挫折」を羅列しただけのものでした。
30歳になった今、プレーヤーとして、そして事業家として活動の幅が広がった「現在の自分」について、改めて自己紹介をさせてください。
1. リーダーシップの失敗と、そこから得た「武器」
これまでの競技人生で最も大きな学びとなったのは、大学時代の「リーダーシップの失敗」です。
当時の私は、チーム内で勝利への熱量や価値観に温度差がある中、「環境に合わせるか、自分を貫くか」という葛藤の狭間にいました。そこで私が選んだのは、後者でした。「嫌われる勇気」という言葉を美学のように捉え、チームメイトに対して「勝利に直結する事実(正論)」を厳しく伝え続けました。
しかし、結果は惨敗でした。
チームは一つになれず、私自身のパフォーマンスも低下。数人の理解者と後輩が支えてくれましたが、目標には届きませんでした。
今振り返って思うのは、「あの時の自分は、単純に『ラグビー』ができていなかった」ということです。
ラグビーは一人ではできません。どれだけ情熱や正解を持っていても、仲間とビジョンを共有し、互いの価値観を認め合う「余裕」がなければ、そのビジョンが現実になることはないのです。当時の私には、行動で示す力(率先垂範)や、他者を活かす共感力が決定的に欠けていました。
■「弱さ」を知って初めて見えたもの
この痛烈な失敗の意味に気づけたのは、社会人になり、怪我による長期離脱や、関西から東京へ出て「誰も自分を知らない環境」に身を置いた時でした。
自分が承認されない場所、試合に出られない立場になったことで、初めて「学生時代の、私についてこなかった仲間たち」の気持ちが理解できました。リーダーの言葉がどう響くのか。組織の中で「認められない」ことがどれほど辛いか。
その痛みを知ったことで、以前の自分にはなかった「共感力」や「仲間の大切さ」を本当の意味で学ぶことができました。この経験が、現在私が企業や団体に向けてチームビルディングや組織作りをお伝えする際の、最大の原動力になっています。
2. 「ラグビー」を競技からきっかけとなるツールへ。Joyntの挑戦

現在、私は「一般社団法人Joynt」の代表として、スポーツを「競技」から「きっかけとなるツール」へ転用する活動に力を入れています。その中心となるのが、おとなラグビーコミュニティ『おとラグ』です。
なぜ、現役選手である私が「競技としてのラグビー」以外の形を模索するのか。
それは、ラグビーW杯に熱狂した日本においても、ラグビーがまだ「観るだけのスポーツ」に留まっていると感じたからです。
ラグビーは本来、多様性を受け入れ、ノーサイドの精神で相手を称え合う、世界平和の象徴とも言えるスポーツです。しかし、競技として実践するには、人数(15人)、コンタクトの激しさ、ルールの複雑さなど、あまりにハードルが高い。「痛そう」「危ない」というイメージが先行し、プレーヤーと同じ温度感でその魅力を語れる人は多くありません。
■「技術」ではなく「コアバリュー」を届ける
私が伝えたかったのは、タックルの強さやパスの技術ではありません。ラグビー憲章に定められた「5つのコアバリュー(品位・情熱・結束・規律・尊重)」です。
仲間と一致団結する友情、スマートに相手を思いやる精神、仲間のための犠牲心。これらは現代社会にこそ必要不可欠な価値観ですが、従来の簡単な体験会では、その本質的な「熱」までは伝わりませんでした。
■「楕縁(だえん)」で社会課題を解決する
そこで私は、あえて「ラグビー」という言葉が持つハードルを下げ、ラグビーボール(楕円球)が繋ぐご縁=「楕縁(だえん)」を軸にしたコミュニティ作りを2022年からスタートしました。
『おとラグ』は、単なるスポーツサークルではありません。ラグビーというツールを使って、大人だからこそ、イキイキと何かに挑戦したり、失敗を楽しんだり、人のつながりを大切に青春してほしいと思っています。最終的には孤独の解消、働き世代の健康増進、防災意識の啓発、そして家庭でも職場でもないサードプレイスとなりえる大人の「社交場」の創出を目指しています。
3. ラグビー選手としての現在地と、亡き母への想い

ビジネスとしての活動を広げる一方で、私の根幹にあるのは常に「ラグビー選手としての成長」です。
実は2024年、私は一度ラグビーを辞めようとしていました。
ずっとラグビーを続ける理由だった母が他界し、当時所属していた横浜キヤノンイーグルスを退団。「新しく人生を歩もう」と身辺整理をしていたのです。
しかし、自問自答を繰り返す中で湧き上がってきたのは、「支えてもらった多くの人へ恩返しはできたのか」「公式戦でもっと活躍した姿を見せなくていいのか」という想いでした。
そんな中、九州電力キューデンヴォルテクスとのご縁をいただき、私はもう一度挑戦することを決意しました。
■遅咲きの再スタート
2024-2025シーズン、私はリーグワン開幕戦でスタートメンバー「10番」としてデビューしました。シーズン14試合中8試合に先発出場。同世代の同ポジションのライバルはほとんどが引退し、若い選手もどんどんデビューする中で遅咲きながら、これまでの我慢がようやく報われた瞬間でした。
今シーズンは、より多くの出場機会を求め、本職のスタンドオフだけでなくフルバック(15番)にも挑戦しています。
■準備とコミュニケーションの質
私が選手として今、最も大切にしているのは「準備」と「コミュニケーション」です。
これまで、国内外のスター選手たちと切磋琢磨する中で見てきたのは、「準備を惜しまず、最後まで残って練習する姿」でした。彼らは質だけでなく、圧倒的な「量」もこなしていました。
私も、分析を怠らず、チームメイトとはラグビー以外の会話からも共通点を見つけ、意図的にコミュニケーションを図るようにしています。チームの変化に敏感であり、何か違うことがあればすぐに声をかける。スタッフと選手の間に入り、円滑に事が進むよう調整役を担う。
それが、今の私がチームに貢献できる「在り方」だと信じています。
■次世代へ「チーム愛」を繋ぐ
そして何より、若い選手たちに伝えたいことがあります。
かつての私のように、環境に馴染めず、孤独を感じている選手がいるかもしれない。そんな選手には、できるだけ声をかけ、承認し、「チーム愛」の体現方法を共有したい。過去の自分が欲していたリーダー像を、今の自分が体現することで、チームをより強固なものにしていきたいのです。
最後に
「天才」でも「秀才」でもなかった私が、ここまで走り続けてこれたのは、たくさんの失敗と、それを支えてくれた人たちがいたからです。
ラグビーができる喜び、そして今後の人生のかけがえのない時間を噛み締めながら、「行動し続ける凡才」として、これからもピッチの内外で挑戦を続けていきます。
このnoteでは、以下を「マガジン機能」を参考にカテゴリー分けして発信していきます。
• 1. 【RUGBY】楕円球の学びと気づき
• 2. 【CORE】原点と羅針盤 - 行動の「なぜ」を紐解く
• 3. 【VISION】これからの航海図
• 4. 【SOCIAL】スポーツ×社会の景色 - 競技からツールに
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