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28歳で原発不明がんになっても諦めなかった男 Part3

 定日通り受診日を迎えられたが、身体はギリギリだった。熱は続いていたため、すぐ処置室に通され採血を行った。数値は非常に悪く、

CRP:40>mg/dL(0~0.3)パニック値
アルブミン:2.2g/dL(3.8~5.2)
WBC:23.3*10^3/u1(3.9~9.8)

であった(括弧内は基準値)。CRPは測定不能。

主治医からはいつ急変するかも分からない状況と言われた。もちろん緊急入院で次の日には腹水穿刺、腫瘍内感染も起こしていたため腫瘍ドレナージ穿刺を行った。

 腫瘍が感染を起こしたのは明確ではないが、血液培養で陰性だったこと・腫瘍ドレナージから採取した膿から胃の常在菌が検出されたことから前病院の生検が疑われた。

生検後発熱が出たのもこの感染が原因と思われる。

生検後は予防として抗生剤を内服したらまた違ったのだろうか。もしくは施行した医者のテクニックにもよるのだろうか。結局腫瘍内の膿は300ml、腹水は3Lほど排出された。

 そしてようやく生検から1か月弱(最初のクリニックから2か月弱)で「原発不明がん、低分化がん」と診断が出た。ステージは不明。分かったところで治療方針は変わらないと言われた。

感染のコントロールが付いたタイミングでチェックポイント阻害薬:ニボルマブ(オプジーボ)を投与する方針となった。ここでも原発不明がんの怖さが見える。

がんの治療法の一つである抗がん剤はがん種ごとに使い分ける。胃がんなら胃がんの抗がん剤・肝臓がんなら肝臓がんの抗がん剤など。

原発巣が特定できている人にとってニボルマブは4,5番目の候補になることも珍しくない。

しかし、原発不明がんには基本的に使用できる抗がん剤は無い。あるにはあるが原発巣を特定できていないため、使っても効きが悪く、寧ろ副作用で悪化する可能性がある。

このように原発不明がんの治療法の候補は少なく、生き残る確率が低い。

 一方、私は容態が悪すぎて、一般的な抗がん剤は使用すらできないと言われ、比較的副作用の少ないニボルマブを最初から使うとのことだった。

残念ながらニボルマブの効く割合は20%。

医師からは「原発不明がんの平均的予後は半年程度。ニボルマブが良く効けば数か月延命できる、効かなければ副作用や体力低下で死期を早めるだけになる可能性もある。それでも治療を希望するか」と言われた。

また「5月誕生予定の第二子の誕生を見ることは厳しいかもしれない」とも言われた。

薬が効いても数ヶ月延命できる程度。絶望したがその治療しかない。とりあえず私は治療を開始できれば20%には入るだろうと考えていた。

今思うと楽観的すぎてアホである。がんに対して知識が浅いからか謎の自信はあった。しかし症状は着実に進行しており、1週間前は痛みをこらえつつ出歩くことはできていたが、この時点ではほぼベッド上であった。

 トイレは尿瓶とベッド横の簡易トイレ。人によっては精神を削られるだろう。トイレまでの数十mでさえ自分には不可能だった。PS(パフォーマンスステータス)4相当である。

医療用麻薬のナルベインは常時点滴、ナルラピドは1日に十数回使用していた。

一度、夜中に急激な腹痛に襲われ、痛みが強すぎたあまり涙が出てしまったことがあった。いつ急変してもおかしくない状況だった。

10日前まではアンパンマンミュージアムに行っていたのに病状の進行が速すぎたのがとても怖かった。


 このような容態だったため、主治医から最期を見据えた帰省とDNAR(蘇生措置拒否)の話が出た。

私の場合は
・帰省
→地元は田舎なので、がんセンターよりも高度な治療を行うことは難しい。生き残る可能性を考慮して転院しない。最後の死を地元で迎えたいとは特に思っていなかった。側に家族がいれば十分。

最後に寝たきりで付きっきりになって迷惑かけちゃうのは了承してほしい。

・DNAR
→ここから回復するのは難しい状況なのは理解していた。無理に生きるのも違うのではとなるべく自然の形をとりたいと希望

ここの考えは人それぞれだと思う。

私を除いて家族内(妻・母)で葬式の話も出ていたそう。家族の葬式の話を考えるなんて想像もしたくない。がん患者だけでなくがん家族も当事者で辛い状況なのは変わりない。

家族も辛い中、毎日明るく面会に来てくれたことを感謝している。


<補足>当時の体調

・解熱剤を使用していても常に38℃以上。ひどいと39℃台
・腹水・胸水・息苦しさ・腫瘍熱・腫瘍の痛み・腫瘍内感染・悪寒・吐き気・発汗
・PS(パフォーマンスステータス)4。トイレ移動不可。数m先の洗面台移動不可
・腹部の膨満感・痛みで仰向けで寝られない。常に背中を丸めたり頭を上げる必要あり。仰向けができたのは4か月後

・食事
入院して数日は病院食を頑張って食べていたが、吐き気で無理に。しばらくすると味覚障害も強くなり食事を全く受け付けなくなった。

塩味を数倍強く感じ、ほとんどの味付けに不快感を生じるようになった。食べられる品目はわずかで、スープ・ジュース・果物だけで3か月過ごすことになる。

経口摂取では一日500kcalが限界

・吐き気
常にあり。食べるスピードが少しでも速いと嘔吐。痰を吐く動作をするだけで嘔吐。ひどいと身体を右に寝返りすると嘔吐(おそらく重力で腫瘍が内臓を圧迫していた)。これも3か月続いた。

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