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28歳で原発不明がんになっても諦めなかった男 Part6

2024年4~5月 がんセンター⑤ 開腹したのにまた感染
 無事外来を迎えニボルマブ(3回目)も投与することができた。しかしまたしても投与から10日後(4月末)に発熱。CRP20で緊急入院となった。

がんの怖さを痛感した。そんな甘くないと。奇跡的にCT上転移は無かった。しかし、開腹という辛い手術を乗り越えたにもかかわらず、1か月経たずの再入院で絶望した。

ここでもかなりメンタルが落ちたが、5月に第二子誕生を控えていたので諦めなかった。残念ながら入院中に産まれたので立ち会いはできなかったが、新たな心の支えができて嬉しかった。
 
 治療は抗生剤と腫瘍ドレナージを行い、CRPが下がり始めた折、主治医から急遽家族を交えた面談を提案された。こういう時は大体悪い話だ。

 開始とともにこれまでの治療経過を話し始めた。そして唐突に「がん治療は終了です。今後はニボルマブを投与しません」と言われた。

何故このタイミング?CRPは高いけど初期よりは低いのに?自力でトイレもお風呂もいけるようになったのに?色々言ったが、「皆で話し合った結果ですので」と言われてしまった。

現状、感染を何度もぶり返しコントロールがついていない、特にニボルマブを投与したタイミングで毎回感染が悪化していることから、抗がん剤がトリガーになっている可能性も考慮していると言われた。

 唯一の治療が絶たれてしまった。「全責任を自分たちが負うから治療を希望してもダメなのか」と言ったがNGだった。体調は上向きだっただけに感染が憎く歯がゆかった。

同時に「今後はがんの症状がどんどん出てくる。症状が出ても対処療法のみ。抗がん剤を再開するには感染が収まる事が条件。

しかし、完全なコントロールには半年~1年以上はかかるので、(最期を見据えて)地元に帰る事を改めて考えて」と言われた。

 がんは甘くない。それだけ薬を使用することもリスキーなのだ。妻はかなり動揺して泣きながら話を聞いていた。

再び余命宣告をされたような、あまり長く生きられない現実を突きつけられたようだった。
 

 5月中旬、入院2週間で退院できたが将来のことが全く想像できず不安しかなかった。そしてまた2週間待たず感染がぶり返し緊急入院したのだった。


・余談 第二子誕生について
 ちょうど自覚症状が出たころは妻のつわりが終わったばかりだった。その後、がんと診断され余命宣告されたわけだが、その間もお腹の子はすくすく成長していた。

出産も病院についてから約2時間のスピード出産。当時の妻のストレスはかなりのものだったはずだが、それとは裏腹に赤ちゃんはいつも元気いっぱいだった。

まるで迷惑をかけないように空気を読んでいたかのよう。

特別な事は望まないのでこれからも健康で元気でいてほしいと願う。


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