28歳で原発不明がんになっても諦めなかった男 Part7
2024年6~12月 がんセンター⑥ 再入院だけど怒涛の追い上げ
6月
やることは同じで抗生剤とドレナージ。ただし前回と変わった点が一つあった。
CT上で腫瘍が小さくなっていたのだ。
治療はしておらず、原因不明だったがすごく嬉しかった。これはもしかしたらいけるのではと思った。
入院自体は2週間でCRPが落ち着き、退院することができた。
経過は良好だったががんの悪化を想定して、主治医から訪問看護と往診を提案された。
「がんセンターにはがん治療を行う患者が来るところで、本来あなたのような(感染の治療目的)人が来る場所ではない」と言われた。
完全に見放されたわけではないと思うが少し悲しかった。がん治療が果てしなく遠く感じた。しかし既に幾つもの修羅場を乗り越えているので、私の気持ちは落ちず淡々としていた。できることをやるだけである。
一方、体調は6月の入退院以降安定していた。最低でも半年は続くと言われていた感染のぶり返しが無くなった。主治医も不思議がっていた。
7~9月
月1の診察だったがCRPは落ち着いており感染のぶり返しも無くなった。体力もどんどん回復し旅行や帰省もできるように。
9月に入り炎症反応も正常値に入り、CT画像上腫瘍がさらに縮小傾向になっていたため、遂に「治療再開しましょう」と言われた。
嬉しかった。
そして次回から抗がん剤の再開だなと思っていたら、まさかの腫瘍の摘出の提案をされた。ただし転移が無いことが条件だった。
10月
転移確認のためPET-CTを実施したところ、4月以降治療できていないのにPET-CT上転移無しだった。驚いた。
当初ニボルマブの効果は横ばいとのことだったが、このことから著効していると判断された。
ただやはり腫瘍自体は光っているので摘出はしたほうが良いとのこと。
腫瘍の摘出に合わせ、癒着している胃を全摘、膵臓と肝臓を2/3切除する可能性が高いと言われた。3つの臓器を切除するため最高リスクの手術との事。
私は摘出するか迷った。抗がん剤を再開し更に腫瘍を縮小させてから手術する方が、切除範囲も小さく後遺症も軽減されるのではと思ったからだ。
しかし、治療中に抗がん剤の効きが鈍くなり転移して切除不可になる可能性もある。
摘出できるのは今しかないかもしれない。その場で悩んでいた時、隣にいた妻は私に
「手術しなさい」と一言。スパルタである。しかし決定権は妻。私は即「手術してください」と主治医に頭を下げた。
真面目な話、抗がん剤を再開できたとしても腫瘍(爆弾)は常に抱えたままである。安心はできない。
一方、腫瘍内のがん細胞はすでに死んでおり、内臓の摘出は無駄になる可能性もある。頑張って手術しても重い後遺症を抱えたまま今後生きていくかもしれない。
それでも最終的に私は手術し後遺症を受け入れる事を選択した。後遺症がどのくらい辛いか想像できないが、生きていればそれでいいじゃないかと。また内臓を切除しても元気な人は世の中にいくらでもいる。
他の人が乗り越えているのだから自分にできないわけがない。
11月
無事手術を迎え、胃は全摘となったものの膵臓と肝臓は無事だった。2回目の開腹も辛かったが術後8日で退院することができた。頑丈な体で良かったと思う。

胃が無い後遺症は辛い。流動食ですら1食食べ終わるのに2時間かかる有様だった。それでも悲観的になる事は無かった。いっぱいは食べられなくても味が正常に分かるだけで充分嬉しいものだ。
自宅療養しつつ食事トレーニングを開始した。ちょうど第二子の離乳食も開始し、一緒に食事トレーニングだなと自虐しつつのんびり訓練した。
12月
手術から1か月後、診察で摘出した腫瘍・胃・胃周辺のリンパにがん細胞は認められなかったとのことだった。
この段階でがん細胞は体に無く、健康な人と変わらないとのことで経過観察に移行することとなった。
現在は胃全摘の後遺症と闘ってはいるものの元気に過ごしている。一時は自力でトイレにも行けず、胸水も腹水もあり寝たきりだったが、発病前と変わらずに過ごせている。
健康な体に感謝するとともに私の心の支えとなった家族に頭が上がらない。
今思い返すとがん治療で大事なのはメンタルと運だと個人的には思う。
■メンタル
① がんについて調べてもネガティブな物・エビデンスに欠ける情報が溢れているので、必要以上に目を通さない→過度に恐れない
② 医者は常に最悪を想定して話す。当初、「CT上腹膜播種は明らか」や「余命1-2か月」「緩和ケア移行」「ニボルマブの効きが横ばい」と言われてもメンタルが腐らなかった。最終的にはニボルマブも著効していたと見解を変えてくれた
③ (性格もあるが)思考の切り替えが大事。未来を考えると暗くなったので、その日その瞬間だけに集中した。先の事はなるべく考えないようにした
■運
④ 転院先が国立がんセンターだったら、緩和ケア移行で抗がん剤は出来なかった。
⑤ 容態が悪い中、抗がん剤治療を決断してくれた主治医に出会えた事。
⑥ 薬の効果と体質がマッチした
⑦ 主治医とは二人三脚で治療にあたっている。外来のたびに治療再開したい熱意を伝えて実現することができた。自分がどうしたいかアピールするのがとても大事
自分の場合はニボルマブが著効したおかげで、腹膜播種以上の転移もなく運が良かった。もしかするとこの運の一部は、できるだけ前向きに取り組んだ結果かもしれない。
病気と長く付き合っていくためにも自分のメンタルを良い方向にコントロールする事が大事だと思う。病気の都合上、ポジティブに考える事は困難でメンタルが病むのも当然だが、それでも前向きな気持ちを忘れないでほしいと思う。
何でも良いので心の支えが多くあるのが精神衛生上良いのではないかと思う。
原発不明がんで無治療だと余命1か月とも言われたが、ここまで回復することができる。がん治療は先が見えないし苦労が報われない可能性もある。寛解というゴールが見えない中で、がんの症状や副作用に立ち向かう事は勇気がいるし、諦めるのも無理はない。
それだけこの病気は過酷である。しかし、この体験談が治療への原動力・心の支えになればこれ以上の喜びはない。書いた意味が少しでもあると嬉しい。
