チラシの話。
ペーパーレスだと言われても、チラシが無くならないのはなぜだろう。やはり大事なものは手に取りたい。そういう根本的な欲求が人間にはあるのかもしれない。
うちの妻はチラシが大好きだ。市が発行するフリーペーパーなどもよく見ている。とはいえ、私の前だとそんな素振りを見せることはない。
大体帰り際にポストを覗いて郵便物をガサッと取る。一緒に帰る時はそれを私が受け取るのだが、その時に私がグシャグシャにしようとすると、ちょっと嫌そうな顔をする。
私は基本的にチラシが好きじゃない。まず、別に頼んでいない。ただでさえ情報過多な世の中だ。欲しい情報なら自分から取りに行く。
もう一つの理由は単純に邪魔なのだ。
ゴミ袋も指定でわざわざカネを出さないと買えない時代、そのまま捨てるとかさばるが、圧縮するためにシュレッダーにかけるのも億劫だ。
だが、面倒くさがってその辺に放置しておくとムスメが興味津々に近づいてくる。だいたい4歳の少女がリニューアルした介護施設に何の用事があるというのか。文字通り、百年早い。
話が横道に逸れたが、今朝私はこの家に隠された重大な秘密に気づいてしまった。
私は普段リビングで仕事をしていて、すぐ横には冷蔵庫がある。その一つの側面、私の場所から見える所にだけチラシがこっそりと貼られている。
銀のさら、PIZZA-LA、ピザハット、近所のインドカレーのものもある。
私は気になってそのうちの一枚を手に取った。するとバサッと何枚かが落ちた。日付を見る。去年のクリスマスくらいから最近のものばかり。なんなら一昨日くらいのものもある。
一昨日というと、私が外出するので留守にしていた時だった。
つまり、妻はこのチラシをわざわざ私がいない時間を見計らって、私にだけ見えるように配置している。そして、それらはひそかにアップデートをされている。だが、いつからそこにあったのかも思い出せない。
サブリミナルメッセージだ。
どうりで最近やたら寿司を食べたくなったわけだ。出先の昼食に何を食べたか思い出す。吉野家でカレーを食べた。いつもは牛丼ばかり頼むはずなのに。
いま妻はムスメの看病疲れでぐったりと横になっている。昨日病院に行ったらインフルエンザB型の陽性だった。
妻は強い人だ。昨晩、洗い物と洗濯を私がやると提案したが、いらないと断られた。明日にすればいいのに、それは自分の仕事だからと震える手でやってくれた。
気づけば夜は更けていた。寝入りばな妻が小さく呟いた。
「いつもなんだかんだ本当に助かってるよ、元気になったら何か美味しいもの食べに行こうね」と。
妻の口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかった。
私はしばらく考えて、返事をする前に妻は寝息を立てていた。
本当は、先週の日曜日は妻の誕生日祝いも兼ね、温泉に行って鰻を食べる予定だった。
ムスメは快復したものの、妻はぐったりとして寝入っている。
いつもは元気にブチギレてくれるのに。
家族が元気じゃないと、せっかくの桜も見に行けない。
元気になったら、ピクニックにでも出かけたい。
その時はチラシを見ながら絶対に一番高いピザを買う。誰の意思でもなく、自分の意思で。
