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短編 ビイドロ玉。

みすぼらしい格好をした老婆がおりました。歳の頃は分かりません。曲がった背骨に張り付いた真っ黒い布は、どことなく魔女の佇まいを思わせておりました。ここは港町の田舎駅の目の前でございまして、理由は分かりませんが、私はその老婆の姿だけが妙に気になったのであります。私が老婆を後ろから見ておりますと、老婆はゆっくりと歩いたり、しゃがんだりしながら何かを探しているようでございました。老婆との距離はおよそ十尺ほどでございまして、私が少しずつ距離を近づけると、その輪郭が一層はっきりと見えてまいります。私はそそくさと歩きながら老婆の前にさりげなく回り込み、その様子を伺いました。老婆はこの暑い季節のなかで、やけに大ぶりの外套を羽織っておりまして、それはまるで、魔女がそのまま町へ紛れ込んだような有様でございました。老婆は青黒い静脈の浮き出た細い腕を外套から出し、左手で右手の袖を抑えながら何かを必死で探しているようで、私はその様子がどうにも気にかかりまして、その老婆についに声をかけてみることにいたしました。とはいえ、なんと声をかければよいのかも分からず、思わず「あの、なにかおさがしでございますか?」と尋ねますと、老婆はしわがれた声で答えたのでございます。

「んなたいしたもんじゃねえんだがね。ちょっとここでむかあし落としちまったもんがあってだね、それを今日は探しに来たって、まあそんなとこさね」

なんと申しましょうか、その声があまりにも私の知る声によく似ていたものでございますから、しばしの間、私は言葉を失ってしまったのでございます。昔落としたものを拾いに来るなんて、やっぱりこの人少しおかしいのかしらと思いながらも、私の目はその老婆に釘を打ち付けられたかのように張り付けられたまま動けなくなってしまったのでございます。手元の懐中を見ますと、時刻はもう正午を回ろうとしておりまして、お日様もだいぶ高くなっており、この時期特有の蒸し蒸しとした熱気が足元から立ち上ってまいります。老婆はそれっきり答えたまま、また地面の溝を長い爪でかりかりとこそいで何かを探しているのでございます。私もただ通りすがっただけの身ではありますが、こうして出会えたのも何かのご縁と思いますれば、ひとつその探し物を一緒に見つけようと思ったのでございます。

「では、私も一緒に探してもよろしいでしょうか。どんなものかを教えていただければ、私も少しはお役に立てるかとは思います。それにね、こんなにお日様も高くなって暑くなっておりますでしょう。あまり長く続けているとお体に障りますし、私にも手伝わせていただけないでしょうか」

日差しがどんどん強くなってまいりました。老婆は何かを呟いたようですが、私はうまく聞くことができず、ですが老婆には私を拒絶する意思もないようですので、私は何か分からないものを探すことになりました。地面に手を近づけますと、土の煙から立ち上る陽炎が手を灼きつけて大変熱く、この老婆は一体いつから、なんのためにこんなことをしているのかますます私は分からなくなりました。しかし、老婆は先ほど言葉を吐いたきり、私の方を見ることもなく黙々と手を動かしているものですから、私もそれを真似するように爪の先で土塊つちくれを穿っては何かそこにあるのかを探さざるを得ないのでございました。

老婆がふと顔を上げました。目は開いておりますが、白目は黄色く濁っており、小さな黒目は手に持った丸いビイドロ玉のようなものをじっと見つめてございました。ビイドロ玉は確かに珍しいものではございますが、この時代手に入らないものではございませんし、どこぞの行商に頼めば持ってきてくれるのにとその時の私は思ったものです。老婆はじいっとそのビイドロ玉を見た後に、深い皺の間を縫うような一縷の涙を垂らしまして、私にこう言ったのでございます。

「ゲンっていうな、うちで犬っころを飼ってたのさ。もうだいぶ昔のことさ。ありゃ冬の日だったかね。戦が終わってすぐのころじゃった。ゲンにはな、その頃ここで会った。ちっこくてなあ、白っ毛の犬っころで、どっかで飼い主とはぐれちまったんだろうなあ。こっちをじいっと見てたんだ。ここで。ほら、あそこに木があるだろ、あのあたりからよ、じいっとこっちを見てたんだ。ほんで、ちょっと手招きしたらな、もうそりゃキャンキャンキャンキャン言って駆けてきてな、あたしゃそれ見てもうこの子はうちの犬じゃ思うてな、それでから、ずっと一緒に暮らすことになったんじゃ。だがな、やっぱり体がそんなに強くなかったんじゃろうなあ。五年くらいか、そのくらいでついぞ伏せがちになってな、何を与えても食べやせん。こっちの食べる分の銀シャリまでやったってのにな。もう可哀想で可哀想で、それからみるみるうちに痩せ細ってな。最期は眠るように逝っちまったよ。わたしゃ独り身でな、こんな見た目だもんで好いてくれる男もおらんければ、ゲンと出会ったその日、本当はどうにかなっちまおうと思ってな、ここに来たんだ。でもな、ゲンのおかげであたしゃ結局生き延びた。本当にゲンにはなんて感謝してもしきれんのです」

蹌踉よろめく老婆を私は抱き抱えまして、その身の軽さに大変驚きました。まるで空気を掴んでいるように重さを感じないのでございます。老婆は言葉を続けました。

「うんと考えてからな、ゲンをやっぱりここに返してやりたくなって、燃やした後に残った喉骨を撒きに来たんじゃ。もう二十年以上前のこった。ゲンと会った時と同じく雪がしんしんと降っておってな、その積もった雪の真ん中にこんなふうにぽんと喉骨を投げ込んだ。でもな、投げ込んだ時にゲンの声が聞こえたんじゃ。嘘じゃない。はっきり聞こえた。いつものな、あの可愛い鳴き声でわたしにキャンと一声くれたんじゃ。その声をな、もう一度聴きたくて雪の中を漁ったんじゃが、雪があまりにも眩しいし、それに人集りがすごうてすごうて、わたしゃそれっきり諦めて涙を飲んで汽車に乗ったってわけよ。でもな、どうしても忘れられねえんだ。あの時の声をな、もう一度聞きてえってずっと思ってな、それで雪の降らねえ夏だったらもしかしたら見つかるかもしれねえだろ、そしたらどうだよ。あったじゃねえか、やっぱり。ああかわいいなあゲンは。あん時のまんまだあ。こんなにちっこくなっても変わんねえんだもんなあ」

「えらいよ、ゲン。ちゃあんとおっかあのこと待ってたんだもんなあ。ずうっとずうっと何年も何年も、寂しかっただろう、なあ。ごめんなあ、あん時わたしがあんたのことをここに放ったから、ずっと寂しい思いしとったろうに。おっかあのこと待ってたんだもんなあ。これからはお前のことは絶対に離さんからな。もうずうっと一緒じゃ、ずうっとずうっと一緒じゃ」

がちがちと歯を揺らしながら、老婆は私の腕の中で言葉をうわごとのように呟いてございます。私はそれをじっと聞いて頷くことしかできません。老婆はまるで私を透き抜けた何かに向かって話しかけるように、時折その枝のように細い腕をボロボロの外套から伸ばしながら言葉を繋いでいくのでありました。私は頬に何か熱いものを感じました。その熱は私が意図したものではなく、どこからか溢れて私の頬をゆっくりと伝いながら降りていくのでございます。私は両手でしっかりと老婆を抱き抱えておりますから、その熱いものを止めることもできず、ただ押し寄せる目の痛みを堪えることもできず、二人でわあわあと泣いたのでございます。

「おかえり、ゲンや。やっとこさ帰ってこれたねえ。さあ、そしたらうちに帰らんといかん。帰りの汽車賃は持ってきたからね。二人で帰ろうねえ。帰ったら何をしようかねえ。あんたが大好きだった白まんま、たんと食べさせてやるかね。それとも...」

喉元から出る声はだんだんと細くなりました。老婆を抱える腕に力を込め、私は頬を寄せて抱きしめたのでございます。その時、老婆の手がぼとりと垂れ、コトッという小さな音がしまして、あのビイドロ玉が落ちました。黄色く濁ったビイドロ玉はころころと転がって、そのうちゆっくりと動きを止めました。私は老婆をそっと地面に下ろしまして、そのビイドロ玉を拾い上げました。太陽に照らしますと、光の模様がぐるぐると渦巻いて、なんとも不思議な気持ちになりました。ふと、耳の奥から何かの音が聞こえたのでございます。いえ、それは決して幻聴などではなく、確かにはっきりと聴こえたのです。その時、老婆の手が微かに動いた気がしました。私は老婆の手のひらに握られた指の間を軽く開いて、そこにビイドロ玉を差し入れました。老婆の指が少し締まるのと同時に、それまで外套で隠れてあまりよく見えていなかった老婆の顔が、はっきりと見えました。その顔は私ととてもよく似ておりました。いえ、同じと言ってもいいかもしれません。今だから申し上げますが、私が今日ここへ来た理由も、この老婆と同じくどうにかなってしまいたいという一心でございました。失う物を失った私がふらふらと夜通し歩いて、いつの間にかたどり着いたのがこの港町だったのでございます。

私はそれから、駅前の屯所へ行きまして老婆のことをお任せし、いま、汽車の中で今日起きたことを考えながらこのようなことを日記に書いております。私があの老婆と会ったのは果たして偶然なのでしょうか。いま私の手には何も残ってございません。本当に何もありません。財産も無ければ家族もおりません。それでも、私の手のひらに残るあの温かさが私をこうして生かしたとしか思えないのでございます。





この短編、実は段落に仕掛けをしてあります。
気になった方はもう一度段落頭の文字だけ拾ってみてください。ある言葉が浮かんできます。

企画はみーさんの「みんなで広げよう笑顔の輪」からいただきました!
ぜひみなさんもチャレンジしてみてください。

みーさん、楽しい企画ありがとうございます。

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