脳トレの話。
最近仕事でAIばっかり使っているからか、脳みそがだんだんと腐っているような気がしていた。AIは非常に便利な反面、昔だったら数時間かけて考えて悩んで答えを出していたような問題も一瞬で解決してしまう。
おかげで仕事は爆速になる反面、自分の脳みその活用領域が見えないうちに削られているような、そんな気配を覚えた。
実は私は何度も就職や転職をしているくせに、まともに就活というものをしたことがない。本来なら大学3年生くらいで必死にSPIだのWebなんたらだのを一生懸命やるのだろうが、そういうものを受けずにここまで生きてきてしまった。
だからなのか、時折無性にそういう試験をやりたくなる。いわゆる適性検査と呼ばれるものだが、これがめちゃくちゃ面白い。
適性検査には色々な種類がある。例えば延々と足し算をしていくもの。また、小学校くらいの算数をやらされたり、なかにはこんなの1分半で解けないだろと言うような図表問題や、IQテストみたいなものもある。
面白いので、今日はChatGPTに例題を出してもらってひたすらそれを解いていた。やっているうちに自分が小学生くらいの頃にだんだんとトリップしていく。
小学校や中学校の勉強というのは、ぶっちゃけやればやるだけ結果が出る。解法も統一されてるし、ちょっとコツを掴めば時短技みたいなのも習得できる。だが、努力すれば目に見えるかたちで結果が出たあのころと違い、大人になったいま、自分の点数を定量的に知る方法というのはない。
それなのに、自分がバカになった感覚だけは明確に分かるのだ。こんな理不尽な話はないだろう。私は腹が立った。あまりに腹が立ったので、ムスメの自由画帳を一枚拝借し、計算問題を解くために気合を入れて久々に鉛筆を握った。
鉛筆というのはいい。あの匂いもいい。そういえば子どものころ、鉛筆の頭の部分を食べていた子がいた。一人じゃなく何人かいたので意外とそういうトレンドがあったのかもしれない。公文式の共用筆箱に入ってた鉛筆はどれも頭のところがガジャガジャだった。
そしてご多分に漏れず、私も子どものころ、その子たちの真似をして噛んでいた。じんわりと木の香りと共に、なんとも言えないエキスのようなものと、まるでサトウキビの繊維を齧るようなジャリっとした食感が妙にクセになった。
結局、私はシャーペンが解禁される小学校3年生までひたすら鉛筆を齧り続けていたような気がする。
久しぶりに握った鉛筆。思わず口に入れそうになって、やめた。だが、まだ机の上には転がっている。UNIの2B。私が一番好きだった味の鉛筆が。
まだピカピカの鉛筆。そこに歯を当てるのはなんだかとても悪いことをするようで、想像してはゾクっとする。どうやって噛もうか。まずは前歯で感触を確かめにいくか、それともいきなり奥歯で潰しにいくか。
妻は洗濯物を畳んでいる。もし鉛筆を噛んでる姿を見られたら、それが最期の景色になりかねない。そんな父親の背中を見せるわけにはいかないと、明日にでも早々に「田舎に帰らせてもらいます」と三行半が叩きつけられる可能性もある。
とりあえずひとしきり脳トレ代わりのnoteを書き終わったので、今日のところはこのくらいにしておきたいと思う。私の鉛筆が守られたのはこれを読んでくれるであろう皆様のおかげです。
いつも本当にありがとうございます。
ところで、
