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母の手作りスタンプラリー

前回は、長野で暮らしていた小学1年生の頃、私が初めて「学校に行きたくない」と思うようになった理由を書きました。

山道を登って通う学校。

慣れない土地。

迷子になったこと。

野良犬に噛まれてしまったこと。

今振り返ると、一つひとつは小さな出来事だったのかもしれません。

でも、小さな私にとっては、毎日が不安でいっぱいでした。

ある朝、私は母に言いました。

「学校に行きたくない」

その一言を聞いた母は、私を叱りませんでした。

「行きなさい」と無理に背中を押すこともありませんでした。

ただ、私の気持ちを受け止めてくれました。

そして母は、私が少しでも学校へ行くのを楽しみにできるように、あるものを作ってくれました。

それが、手作りのスタンプラリーでした。

紙にマスを書いて、学校へ行けた日にスタンプを押していく。

そんな小さなカードです。

今思えば、とてもシンプルなものでした。

でも当時の私には、それがとても嬉しかったのです。

「今日はどこにスタンプを押せるかな」

「全部たまったらどうなるのかな」

学校へ行くことそのものは、まだ怖かったと思います。

でも、家に帰ってからスタンプを押す時間があると思うと、少しだけ気持ちが前を向きました。

母は、私の不安をなくそうとしたのではなく、

不安なままでも一歩進めるようにしてくれたのだと思います。

それが、子どもの私にはとても大きな支えでした。

学校に行けた日。

泣かずに帰ってこられた日。

少しだけ頑張れた日。

その一つひとつを、母はちゃんと見てくれていました。

スタンプが増えていくたびに、私の中にも小さな自信が増えていきました。

「今日も行けた」

「明日も行けるかもしれない」

そんなふうに、少しずつ学校へ向かう気持ちを取り戻していったのだと思います。

大人になった今でも、そのスタンプラリーのことを覚えています。

紙の形やスタンプの細かい絵柄までは、はっきり覚えていません。

でも、母が私のために考えてくれたこと。

私の気持ちを否定せず、寄り添ってくれたこと。

その温かさは、今でも心に残っています。

子どもの頃の私は、うまく言葉にできませんでした。

怖い。

不安。

行きたくない。

そんな気持ちをどう伝えればいいのか分からなかったのだと思います。

それでも母は、私の小さなサインに気付いてくれました。

そして、私が自分のペースで進める方法を一緒に探してくれました。

この経験は、今の私にもつながっています。

人は、強い言葉で励まされるより、そっと寄り添ってもらうことで前に進めることがあります。

無理に変えようとされるより、今の気持ちを受け止めてもらうことで、少しだけ勇気が出ることがあります。

母の手作りスタンプラリーは、私にとってただの遊びではありませんでした。

「大丈夫、ちゃんと見ているよ」

そんな母からのメッセージだったのだと思います。

次回は、その後の転校生活の中で感じた、人との距離や別れについて書いてみたいと思います。

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