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比べてしまう日がある



比べてしまう日がある

比べたくて比べてるわけじゃないのに、
気づくと比べてしまう日がある。

友達の近況。
結婚の報告。
子どもの写真。
楽しそうな休日。
誰かと一緒にいる日常。

そういうものを見たときに、
わかりやすく落ち込むわけじゃなくても、
心のどこかが静かにざわつくことがある。

ちゃんとよかったねと思ってる。
幸せそうでよかったとも思う。
別に妬みたいわけでもない。

でもそのあと、
自分の方を見たときに少し苦しくなる。

自分だけ、何も変わってない気がする。
自分だけ、まだここにいる気がする。
そういう感じ。

比べるのって、
相手が羨ましいというより、
自分の今が急に心細くなることなんだと思う。

普段は普通に過ごしていても、
何かをきっかけに
今の自分の足りなさみたいなものが
急に目につく日がある。

恋愛のこと。
結婚のこと。
仕事のこと。
年齢のこと。
これからのこと。

別に毎日ずっと悩んでるわけじゃない。
でも、ふとした瞬間に
「自分はこのままで大丈夫なんだろうか」
みたいな気持ちになる。

比べてしまう日って、
たぶん自分に余裕がない日なんだと思う。

疲れてるとき。
うまくいってないとき。
頑張ってるのに変わらないとき。
少し自信がなくなってるとき。

そういう日に
人の幸せそうなものを見ると、
自分の中の不安が
少しだけ大きく見える。

比べるのをやめたい、
と思っても、
簡単にやめられるものでもない。

だって、
人の幸せが見えたときに
自分のことを考えてしまうのは
わりと自然なことだから。

問題なのは、
比べてしまったことより、
比べたあとに
自分をどんどん下げてしまうことなんだと思う。

あの人は進んでいるのに、
自分は進んでいない。

あの人は選ばれているのに、
自分は選ばれない。

あの人はちゃんと持っているのに、
自分には何もない。

そんなふうに考え始めると、
比べたことそのものより
そのあとがきつい。

人と比べてしまう日は、
自分のだめなところを探しやすい。

もっとちゃんとしてたら。
もっと可愛かったら。
もっと愛される感じだったら。
もっと要領がよかったら。
もっと若かったら。

そうやって
答えのない反省会みたいになる。

でも、
比べて落ち込んでいるときって
たいていちゃんと見えてない。

相手の全部が見えてるわけじゃないし、
自分の全部をちゃんと見られているわけでもない。

見えているのは
人のうまくいっているところと、
自分の足りない気がするところだけだったりする。

それで苦しくならない方がむずかしい。

比べてしまう日は、
たぶん前に進めていない日じゃなくて、
ただ自分にやさしくできない日なんだと思う。

本当は疲れているだけなのに、
何もできていない気がする。

本当はちゃんとやっているのに、
まだ足りない気がする。

そういう日に
誰かの幸せが目に入ると、
自分が置いていかれたみたいに感じる。

でも実際は、
人には人の流れがあるし、
自分には自分の流れがある。

そんなこと、頭ではわかっている。
でも、
わかっていても苦しい日はある。

だから、
比べてしまう自分を
すぐ悪いものみたいにしなくてもいいのかもしれない。

また比べてる、
またこんなふうに思ってる、
って責めると、
さらにきつくなる。

比べてしまうくらい、
今ちょっとしんどいんだな、
くらいで置いておける方が
たぶん少し楽になる。

比べない人になれたら楽なんだろうけど、
たぶん急にそうはならない。

でも、
比べたあとに
自分を雑に扱わないことなら
少しずつできるのかもしれない。

今日はそういう日なんだな、
くらいで終われる日が増えると、
それだけでもちょっと違う。

比べてしまう日がある。
置いていかれた感じがする日がある。
何も持っていない気がする日がある。

たぶんそれは、
自分がだめだからじゃなくて、
ちゃんと生きてるからなんだと思う。

何も感じなくなった人より、
ちゃんと傷つく人の方が、
たぶんずっとちゃんと生きてる。

今日は比べてしまったな、
と思う日があっても、
それで全部がだめになるわけじゃない。

そういう日もある、
くらいで終われたら
それで十分なのかもしれない。

こはる。

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