頑張りすぎた過去の私に、いま伝えたいこと。「疲れる前に休む」という、勇気。
2018年1月。
初めて「うつ」と診断された頃、
私は通所介護事業所の管理者をしていました。
代わりの人材なんて、簡単には見つからない。
利用者さんも、
スタッフさんも待っている。
だから私は、薬を飲みながら、
必死に「いつも通り」の顔を作って働いていました。
朝、震える手でパンを口に運ぶ。
味なんて、ほとんど分からない。
でも、薬を飲むためだけに、
何かを胃に入れなきゃいけない。
そして、無理やり心にエンジンをかけて、
職場へ向かう。
今振り返ると、あの頃の私は、
もうとっくに
「休まなければいけない場所」を通り過ぎていました。
けれど当時の私は、そんなSOSにさえ、
気づくことができなかったのです。
「疲れてから休む」のが、当たり前だと思っていた
昔の私は、ずっとこう信じていました。
「倒れるまでは頑張るのが普通」
「休むのは、甘え」
「みんな我慢して働いている」。
特に福祉の現場は、誰かが休めば、
必ず他の誰かに負担がいきます。
だから私は、自分の不調よりも、
周囲の空気を優先していました。
「まだ動ける」
「これくらい大丈夫」
「私がやらなきゃ」。
そう自分に言い聞かせるほどに、
「自分の限界」が分からなくなっていきました。

壊れてからでは、回復に時間がかかる理由
心理学や脳科学の視点から見ると、
心や脳の疲労は、
限界まで削りきってから休んでも、
すぐには元に戻りません。
スマートフォンの充電がゼロになり、
強制終了したあと、
再び立ち上がるまでに時間がかかるのと同じです。
実際、あの頃の私は、
朝起きるだけでドキドキと鼓動が激しくなったり、
LINEの通知音に怯えたりしていました。
かつては得意だった管理者としての指示出しも、
「こはるさん、どうしましょうか?」と聞かれるだけで、
頭が真っ白になってテンパってしまう。
今思えば、あれは責任感というより、
「頑張れない自分には価値がない」という恐怖に
突き動かされていたのだと思います。
昔の私に、今ならこう言いたい
もし今、
あの頃の私に一言だけ声をかけられるなら、
私はきっとこう言います。
「こはる、疲れる前に休んでいいんだよ」
倒れるまで走り続けることより、
5分ぼーっとする、
お茶を飲む、
空を見上げるといった小さな「余白」を作ること。
それが、長く優しく、
誰かの隣に座り続けるための「知恵」だったのです。

今の私が、当時の私にそっと手渡してあげたい一冊があります。
ブレーキの踏み方がわからなくなっていた私に、
「休んでもいいんだよ」とこの本を読ませてあげたい。
そんな想いで選ぶなら、この一冊です。
#PR
『ラクに生きるための「心の地図」―セルフケアのメソッド100―』
(高井祐子 著)
この本は、
アンガーマネジメントや認知行動療法などの手法を、
やさしいイラストと共に教えてくれます。
「ちゃんと休まなきゃ」と力むのではなく、
まずは自分の心の反応をただ眺めてみる。
そんな「心の地図」の広げ方は、
今の私にとって欠かせないお守りになっています。
今、私が自分に許していること
最近の私は、
以前よりずっと「ちゃんとしていない」と思います。
5年日記が真っ白な日があってもいい。
洗濯物を畳めない日があってもいい。
愛犬と一緒に、
ただ日向ぼっこをして終わる午後を、
自分に許せるようになりました。

それは「サボり」ではなく、
自分という資本を守るための、
大切な充電時間。
頑張り続けて壊れるより、
少し余白を残しながら歩いていくほうが、
ずっと遠くまで行ける。
56歳になって、
ようやくそのことに丸をつけられるようになりました。
立ち止まることは、後ろに下がることじゃない
昔の私は、
「限界まで頑張れること」が誠実さだと思っていました。
けれど今は、
「壊れる前に立ち止まる力」も、
自分と誰かを大切にするための大切な強さなのだと思っています。
あなたは今日、疲れる前に、一呼吸置けましたか?
また明日を、心地よい歩幅で編んでいくために。
今日は少しだけ、その足を止めてみませんか。
次回予告:
56歳の今の私が、かつての私に贈る「休息の許可証」。
けれど、その歩幅が一番激しく乱れた現場が、35年前の夜にありました。
闇に消えた、私の担当寮の子どもたち。
「集団無断外泊」という小さな反乱が、新人保育士だった私に突きつけた、人間関係の正体とは…。
水彩画の記憶の続きを、一目ずつ解いていきます。
心をすり減らさない歩き方を探して、
12の職場を旅してきました。

このリンクからいただいた収益は、
新しい知恵や心安らぐ時間に
出会うための大切なお守りにさせていただきます。
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みくださり、ありがとうございます。いただいたサポートは、私がこれからも自分自身の「心地よい歩幅」で、誰かの足元を照らす言葉を綴り続けるための、小さなお守りとして大切にさせていただきます。