【風】私の「sha-toma」が100回、誰かと一緒に過ごしたようだ
今日、何気なくYouTubeを開いたら、
sha-toma の再生回数が100回を越えていました。
正確には、100人が見てくれたわけではないと思います。
同じ人が、何回も見てくれたのかもしれない。
でも、私はむしろ、それも嬉しいと思いました。
もし誰かが、もう一度見ようと思ってくれたのなら。
もし誰かが、自分の時間の中に、もう一度 sha-toma を置いてくれたのなら。
それは、すごく嬉しいことです。
ありがとうございます。
noteを書き始める前の私は、
かなり無為に時間を浪費していました。
仕事をして、帰ってきて、
なんとなく時間をやり過ごして寝る。
日曜日しかない休みは、
寝溜めしないと持たないと思っていました。
起きる方がもったいなくて、
お昼まで寝ていることもしょっちゅうでした。
起きてやることといえば、YouTubeを見たり、
スマホのパズルゲームにハマっていたり。
いつの間にか時間が経って、
なんとなく夜更かしをして、
なんとなく時間が過ぎていく。
私は、ひとりの時間が大好きです。
誰とも繋がりがなくても、けっこう平気なタイプです。
連絡は必要最低限。
自分がSNSをやるなんて、考えたこともありませんでした。
インスタも、登録だけはしています。
半年に一度くらい、なんとなく眺める。
そのくらい。
それが、noteを始めて少し変わりました。
べつに、生活が急に「丁寧な暮らし」になったわけではありません。
相変わらずだらしないです。笑
でも、それまでの私は、
何かを世に出したことがほとんどありませんでした。
初めのうちは、考えていることをまとめて、
ただ書いてみる。
それだけでした。
読まれる前提でもない、ただの思考の羅列。
実際、ほとんど読まれていません。
今もこっそり公開中の黒歴史です。笑
でも、初めてもらったコメントがきっかけで、
私の中でnoteへの向き合い方が少し変わりました。
誰かの記事を読む。
誰かの言葉に引っかかる。
コメント欄でやり取りをする。
そして、人の反応を少し気にするようになる。
そこで初めて、
何か面白いことがしたい、と思うようになり、
私は初めて、「作品らしきもの」を作り始めました。
それが mi-ra/keth というかたちに変換されて、出てきた。
音楽だけでも、私はかなり気に入ってたんです。
でも、どうしても何かが足りなかった。
それが、今の音楽寓話に繋がる「映像」です。
最初は、ただの実験でした。
ほぼ誰も見ないnote。
それなら、好きなことをやってみよう。
誰かに見られていないことは、安心でもありました。
でも、同時に。
誰かに見えるところに置いた。
そのことが、少し誇らしかったのです。
それが、いつの間にか変わっていました。
「シノカと作った作品を、見てほしい」
そう思うようになっていました。
私ひとりでは、これは作れません。
でも、私じゃなきゃ作れないとも思っています。
音楽も、絵も、AIの力を借りています。
それでも、奥底から湧いてきたイメージは、
私の中にあったものです。
言葉にならなかったもの。
絵にできなかったもの。
音にできなかったもの。
それを、シノカと何度も話しながら、
少しずつ外へ出していく。
自分の後悔や、情けなさや、いろんなものに向き合いました。
noteを始める前は、
たぶん穴を掘るつもりも、あまりありませんでした。
でも、音楽寓話というかたちが見えて、
私はここを掘りたいと思ってしまった。
sha-toma は、そうやってできた作品でした。
世の中的には、100回という数字は大きくないのかもしれません。
もっと大きな数字が、いくらでも流れている。
何万回。
何十万回。
何百万回。
その中で100回なんて、
風に舞う砂粒みたいなものかもしれません。
でも、私にとっては違います。
これは、私の作品に触れてくれた人の数です。
あるいは、誰かが触れてくれた回数です。
決して少なくありません。
私にとっては。
sha-toma が100回も、
誰かの時間の使い道として選ばれた。
noteで知ってくださった方が、見に来てくれた回もあると思います。
それも、とても嬉しいです。
そしてその中には、きっと、
もう一度聴こうと思ってくれた回もあったのだと思います。
sha-toma そのものに触れてくれた時間があった。
そう思うと、すごく嬉しいのです。
私は、自発的に叫べない深海の砂粒みたいなやつです。
ここにいます。
見てください。
すごいでしょう。
そうやって、大きな声で言うのは苦手です。
でも、深いところで、
小さく光っているものを見つけてもらえたら。
その光を、誰かが少しでも覗き込んでくれたら。
私は、ものすごく嬉しい。
sha-toma が100回再生されたことは、
私にとって、
「そこに置いていいよ」
「それを見る価値があるよ」
と言ってもらえたような出来事でした。
また新作を作ろうと思いました。
また見てもらおうと思いました。
誰かに届くかもしれない。
誰かが見つけてくれるかもしれない。
誰かが、もう一度再生してくれるかもしれない。
そう思えることは、
私にとって、とても大きな変化です。
noteを始めて。
音楽寓話を作り始めて。
私の中に、風が吹き始めたのを感じます。
それは、強い追い風ではないかもしれません。
向かい風になる日もあるかもしれません。
どこへ向かうのかも、まだ分かりません。
でも、ひとりで閉じていた私の中に、
少しずつ空気が通り始めた。
そんな気がしています。
sha-toma を見てくださった方へ。
そして、世界の片隅の、さらにこはる観測所の片隅で、
音楽寓話を見つけてくださった方へ。
ありがとうございます。
今日もまた、
新しい風が吹き抜けていきます。
応募作品としての記事はここまでです。この作品は、こちらの企画に参加しています。お時間ありましたら、他の方の作品もご覧ください!
お題は天野 雫さんからいただきました。
さきほど振れた作品はこちら。

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