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「東北大学の門戸開放と私」

東北大学は、その前身である東北帝国大学時代から、「門戸開放」を学是の一つに掲げています。能力さえあれば誰でも受け入れるのです。その象徴としてよく挙げられるのが、1913年(大正2年)に東北帝国大学理科大学に入学した黒田チカ、丹下ウメ、牧田ラクという三名の女性です。実に彼女らは、日本初の女性の大学生となったのです。大正モダンとか言いますが、しかし当時女性が大学に進学するというのは「あり得ない」現象で、東北大は当時の文科省から「問い合わせ」を受けたそうです。

実は私も、東北大の「門戸開放」の恩恵を受けた一人です。なぜなら私は東北大開闢来初の「漢方の研究で医学博士を授与された人間」だからです。

私が医学博士を授与されたのは1997年でした。その当時、少なくとも旧帝大レベルで漢方薬の研究で学位(医学博士)を取った人間は日本中誰もいませんでした。私は清肺湯という漢方薬が誤嚥性肺炎のモデルマウスで炎症と死亡率を抑制するというデータを英論文にし、それを基礎論文として東北大で学位(医学博士)を取りました。今では多くの人が漢方の研究で学位を取っていますが、少なくとも旧帝大レベルで漢方で学位を取ったのはおそらく私が最初です。

その学位審査は相当揉めたのですが、結局東北大の「門戸開放」と「研究第一主義」に照らし、その学位論文は充分に科学的な研究成果に値すると判断され、学位を取得しました。

今だから分かるのですが、初めて帝大クラスで漢方の研究で学位を取った私も大変でしたが、学位を認めた大学も相当困ったはずです。何しろ

「前例がない」。

前例がないことは、やる方も認める方も勇気が要ります。もしこれを東北大の医学博士と認めてしまって後で何か問題が起こったら東北大の恥になるのではないか。そんな懸念は、大学側にもあったと思います。

無論それは、恩師佐々木教授がその実験方法をしっかりと専門家の元に私を派遣して身につけさせ、その専門家にも散々チェックして貰って、当時の水準では明らかに科学的に妥当なデータだという事を示して学位審査に臨んだから、東北大としてもそれを拒む理由はなかったのですが、しかしそこに「いかがなものか」的な横やりが入るような大学でであれば、私の学位は理論や実験の正確性とは別の観点からお蔵入りになったかもしれません。そう言う大学って、今でも掃いて捨てるほどあります。でも東北大はまだ20世紀だったとき、それはやらなかったという事です。きちんと実験を検証してちゃんと出したデータで英論文になっておれば、それは東北大として拒む理由はない、と言うのは、まさに「門戸開放」の東北大だからだったと言えます。

私はそのようにして東北大の学位を取得したから、自分はなにもしないのに地方の大学に金積んで教授をたらし込んで怪しげな学位を取りました、と言うような「東京のメディアやネットで有名な医者」は大嫌いです。

例えば、和田秀樹とかね。

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岩崎鋼 チップありがとうございます。と言うか、実はnoteのチップがどういうものか分かっていないんですが・・・。