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上賀茂に宿るひかり

はじめに

京都の朝には独特の澄んだ空気が漂う。中でも上賀茂神社の朝は、静けさと気配に満ちている。社家町の小川を横目に歩き、鳥居をくぐり、立砂を仰ぎ、本殿、片岡社に頭を垂れるとき、外界の音が遠ざかり、自分の内奥が呼び覚まされるような感覚を覚える。その瞬間を和歌に託した。

和歌解説

朝日たつ
社家の小川
煌めきて
行く道照らす
光見るらむ

社家町を流れる小川は、上賀茂神社の「奈良の小川」から続いている。朝日に照らされ、きらきらと輝く光景は、ただ美しいという以上に、人生を導く神の光のように感じられた。日々の歩みに迷いがあっても、その小川が「正しい道はここにある」と照らしてくれるように思えたのだ。

立砂に
神籬見てし
賀茂の社
我が心にも
神宿りなむ

上賀茂神社を象徴する立砂は、神が降り立つ依り代である。古より続く祈りの形に向き合うとき、心が自然に鎮まり、清らかになる。私は今、人生の転機に差しかかっている。だからこそ、自らの心にも神が一瞬でも宿ってほしいという思いが強く湧き上がった。この歌には、その切実な願いが込められている。

片岡に
夫婦の歩み
思ひ出づ
頭垂れつつ
行く末思ふ

片岡社の前を通ると、いつも結婚式の日を思い出す。私と妻はこの神社で式を挙げ、その時すでに妻は長男を身ごもっていた。夫婦としての歩みを始めただけでなく、家族としての物語もここから始まったのである。今、その長男は大学受験を控えている。かつて芽吹いた小さな命が成長し、家族の未来を拓こうとしている姿を重ねながら、これまでの歩みと、これからの行く末に自然と心が向かっていった。

終わりに

上賀茂の朝は、ただ清々しい時間ではなく、自分自身の人生と深く響き合う場である。奈良の小川の煌めきに導きを見いだし、立砂に祈りを託し、片岡に家族の歩みを思う。和歌を通じて記したのは、その一瞬に差し込む「光」であり、未来を照らす心の支えでもある。これからも折に触れてここを訪れ、変わらぬ自然と社の気配の中で、新たな光を見出していきたい。

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