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なぜワールドバザールではディズニーソングが流れないのか

東京ディズニーランドへ行くとき。


舞浜駅を降りて、ペデストリアンデッキを歩く。

あの道を歩いたことがある人なら、
一度は聞いたことがあるはずです。

少しずつ聞こえてくるディズニーの音楽たち

『カリブの海賊』
『ホーンテッドマンション』
『メリー・ポピンズ』


その時々で流れる曲は違いますが、
不思議とどれもワクワクする。

思わず足取りが軽くなる。

子どもたちは走り出したり、スキップしたりする。

私の子どももそうです。

あの坂道に入ると急にテンションが上がる。

きっとそれは、これから始まる一日への
期待が少しずつ膨らんでいくからなのでしょう。

私はディズニーランドが始まるのは
ゲートをくぐってからではなく、
舞浜駅を降りた瞬間からだと思っています。

そして

ワールドバザール

へ入ります。

ここで面白いことがあります。

ゲートを通るまでに聞こえていたディズニー映画の音楽が流れなくなるんです。

ディズニーランドなのに。

ディズニー映画の
音楽を流してもおかしくないのに。

でも実際には、ワールドバザールでは20世紀初頭のアメリカを感じさせるような音楽が流れています。

ラグタイム調の軽快な音楽。


トランペットやトロンボーンなどの
金管楽器が印象的な音楽。

街の賑わいを感じる音楽。
初めて聞く人にとっては知らない曲
ばかりかもしれません。


それなのに、何度も通っている人は、
その音楽を聞いただけで

「あ、ディズニーランドだ」

と思える。

不思議ですよね。
私はこれに意味があると思っています。

ワールドバザールは映画の世界ではありません。

ひとつの「街」なんです。

もしここでディズニー映画の音楽ばかり流れていたら、私たちは作品を思い浮かべてしまうでしょう。

アリエル。
ベル。
アラジン。


でもワールドバザールがやりたいことは、
それではない。

ここでの役割は、

ディズニーランドという世界に 
自然に入り込ませること。


なのではないでしょうか。


だから、あそこにはバイシクルピアノがいます。

ピアノを積んだ自転車で演奏するパフォーマー。

初めて見た時は、

「面白い演出だな」

くらいにしか思っていませんでした。

でも今は少し違います。

あの人はパフォーマーではなく、

ワールドバザールの住人なのかもしれない。
そう考えると妙にしっくりくるんです。

そしてもう一つ気づいたことがあります。

ワールドバザールでは、
しんみりした音楽がほとんど流れません。

明るい。
軽快。
賑やか。

そんな音楽ばかりです。

なぜなら、そこは街だから。

人が歩き、

買い物をし、

笑い声が飛び交う場所だから。

だから人が溢れていても違和感がない。

子どもの声が響いていても違和感がない。

むしろ心地いい。

音楽と街の賑わいが一つになっているんです。

さらに面白いのは、
同じ音楽なのに朝と夜で聞こえ方が違うこと。

朝はワクワクする。

「今日は何をしよう」
「早く遊びたい」
そんな気持ちになる。

でも帰り道。

同じ音楽を聞いているはずなのに、
少し寂しく聞こえる。

「ああ、もう帰る時間か」

「楽しかったな」

そんな気持ちになる。

音楽が変わったわけではありません。

変わったのは私たちです。

朝は期待を乗せて聞く。

夜は思い出を乗せて聞く。

だから同じ曲なのに違って聞こえる。

ワールドバザールは最初に通る場所であり、最後に通る場所でもあります。

つまり、ディズニーランドという一日の
プロローグであり、エピローグでもある。


私はワールドバザールの役割は、
買い物をすることではないと思っています。

もっと大切な役割がある。

それは、
ゲストの気持ちを切り替えること。

仕事のこと。
家事のこと。
育児のこと。
お金のこと。

私たちはいろんな現実を抱えながら
舞浜へやって来ます。

そしてペデストリアンデッキで
少しずつワクワクし、

ワールドバザールで気持ちを整える。

気づけば私たちは、

仕事帰りの自分でも、
育児中の自分でもなくなっている。

ディズニーランドを訪れた
ゲストになっているんです。

もしかするとワールドバザールとは、

現実と夢の境界線。


そして、

ゲストの気持ちを切り替えるために
作られた場所なのかもしれません。

だからワールドバザールでは、
あえてディズニーソングを流さない。


私はそんな気がしています。

※この記事は公式見解ではなく、
一人のディズニー好きによる考察です。

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