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兄の最後のクリスマス

少し時系列通りには行きませんが、この時期になると思い出す事があるので、少し書き綴ってみたいと思います。
 
私には4歳上の兄がいました。大好きなお兄ちゃんは、20歳になった数週間後のクリスマス前、突然、この世を去りました。
 
小さい頃、お兄ちゃんと遊ぶ事が何よりも大好きで、いつも兄の友達の家などに付いて行っては足手まといになって喧嘩になったりしてました笑。
今思うと微笑ましい、兄と妹の姿そのものでした。
喧嘩になるといつも私はお母さんの背中に逃げ込んで、歳が上というだけで兄が怒られるという理不尽な光景が繰り広げられていたけど、それでも私はいつも「お兄ちゃんお兄ちゃん」と後をつけて回っていたのです。
そんな兄も口では付いてくるなと言いながらも、いつも自転車の後ろに乗せてあちこちに連れていってくれ、いざという時は兄はいつも一番に私を守ってくれる存在でした。
そんな兄と私の間には、本当に兄は心の優しい人だったんだろうな・・・と思うエピソードがいくつもあります。
 
しかし、兄が中学生になる頃から兄の様子がおかしくなってきたのです。
田舎の理不尽な長男教育で兄は苦しんだあげく、不登校になり、進学した高校も中退。
その後、あちこちに進学したり、働いたりと、兄も両親も一番つらい時期だっただろうと今なら良く分かります。
何故なら、両親も否応なしに自分と対峙させられる事になったのですから。
この状況をもってしても、両親にも気が付くべきことがあったのでしょう。

そこに認知症の祖母の看病、母の難病での入退院、私も学校ではイジメにあったり、今思うと家族皆が苦しい時期だったと思います。
 
この時期、兄はどんどん荒んでいき、家庭内暴力と呼べるような事態に発展する事も一度や二度ではありませんでした。
今でもよく覚えている事件があります。
私が初めて友達だけでディズニーランドに行く前日で、とてもウキウキしていたある日の出来事。
いつまでも学校に行けない、上手く生きれない兄に向けた家族の一言に対し兄がキレてしまい、兄は胸ぐらをつかみ、思いっきり殴りかかりました。「死んじゃう!!!」そう思って一緒にいたまだまだ小さかった私は、目の前の家族を守るために近くにあった雑誌を必死な想いで兄に投げた時の事でした。私は「やめてーーー!」と叫びながら、必死でした。
しかし、その矛先が私にも向かって、思い切り顔面を殴られ、唇から血が流れ出て、大きく腫れてしまい、とてつもない恐怖に身も心も深く傷つきました。
そのまま病院へ行き、ずっと楽しみにしていた明日のディズニーランド、行けるかな・・・お友達にこの顔をなんて嘘つこう・・・、そんな事を思った事を覚えています。
 
 いつ頃からか私はそんなお兄ちゃんの事を心のどこかで恥ずかしく思うようになってしまいました。ごめんね、お兄ちゃん。

今だったら兄の苦しみが理解できるし、全てを受け入れて抱きしめる事が出来たと思うのに、まだ幼かった私にはそんな事はとても不可能で、とにかく両親をこれ以上苦しめないように、必死に生きていたのだと思います。
だから私には反抗期という時期が一切ありませんでした。
 
それでも、私は心の底では兄が大好きだったのだと思います。
兄が安定している時は、兄の部屋でゲームを一緒にする事が大好きで、よく「おにぃちゃーんマリオしよー」とか言って、兄の部屋をコンコンしていたの覚えています。
 
そしてそんな苦しい時期が5,6年ほど続いた頃でしょうか、兄の反抗期も少しずつ落ち着いて、父や母を労わる言動も増えて、穏やかな日常がようやく戻ってきたなと思った矢先の事でした。
 
私の家族において、人生でも最大の悲劇が起こります。
 
大好きなお兄ちゃん。11月19日20歳になって、たった数週間後の1996年12月12日に突然帰らぬ人となりました。交通事故でした。
 
そんな兄は亡くなる数日前、クリスマスが近かったので家中にクリスマスの装飾をして、庭には煌びやかなイルミネーションまで施し、家の中にはあちこちにサンタさんの置物やツリーを出して、家にある全てのクリスマスグッズを出して、家中をクリスマス一色にしたのです。それはそれは笑顔で。
あぁ本当のお兄ちゃんが戻ってきたって、これでお母さんも安心する、あぁよかった、また安寧の日々が戻ってくる、と思えるようになってきたのです。そんな矢先に兄はあっという間にあちらに逝ってしまったのです。
 
亡くなる時、最後に家を出る時の、笑顔も今でも覚えています。
そして、兄の死後、もうこの世にいない兄が精一杯飾り付けた、笑顔いっぱいのサンタさん達を見るのが本当につらくてつらくて、今でも思い出すだけで、涙が止めどなく出てきてしまうのです。当時、お兄ちゃんがもう一度いなくなってしまう気がして、そのサンタさん達を片付けられなかったのです。
 
あれから25年。まだそんなに泣いたりするの?って思うかもしれないけど、それくらい私にとっては兄との死別が人生のおける筆舌に尽くしがたい悲劇だったのです。
 
あの時、学校に行けなくなった兄。あの時、理不尽な教育に苦しんでもがいていた兄。あの時、苦しくて私を殴ってしまった兄。あの時、苦しくて両親や姉を殴ってしまった兄。
 
 今は全てが愛おしいのです。そんな兄への想いが、今私が社会活動でご縁のある子ども達を愛おしいと思う原動力になっているのです。
 
でも、決して自分を責めたりしていないし、兄の人生も私の人生も全てを受け入れていますので、私の社会活動は罪悪感や義憤にかられてなどという負の感情に基づいているわけではなくて、幸せに活動をしているんですよ。
 
クリスマスを前に、笑顔いっぱいのサンタさんたちを街中で見かけては、そんな事を思うのでした。

昨日、息子とクリスマスの飾りつけをしたよ。


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