思い出のガンプラ BEST10
思い出のガンプラBEST10の前に――あの頃、ガンプラは少年たちの人生そのものだった
当時、ガンプラはお金があっても買えませんでした。
今の子供たちには信じられないかもしれませんが、ガンプラは「見つけたら奇跡」の時代がありました。
当時、おもちゃ屋に入った瞬間の高揚感は、今でも忘れられません。
店内に並ぶプラモデルの箱を見ただけで胸が高鳴り、今日は何か入荷しているかもしれないと期待に胸を膨らませていました。
私はいわゆる「ファーストガンダム世代」です。
正直なところ、Ζ(ゼータ)や、その後のシリーズはよく分かりません。
私のガンダムはあくまで最初の『機動戦士ガンダム』だけです。

デビューは映画『めぐりあい宇宙』
実は私がガンダムと出会ったのはテレビではなく映画でした。
それも、いきなり劇場版第3作『めぐりあい宇宙(そら)』から。
当時、テレビ放送はすでに終了しており、ガンダムをテレビで一度も見たことがありませんでした。友達がガンダムの話で盛り上がっていても何を言っているのかさっぱり分かりません。
「8時だョ!全員集合」
「オレたちひょうきん族」
「ザ・ベストテン」
「トップテン」
そんな話題なら参加できるのに、ガンダムだけは完全に蚊帳の外でした。
しかもそれまでの趣味は「切手集め」。
国際文通週間シリーズならいっぱい持ってるぞ。見返り美人や月に雁をカタログで見ながらいつかは手にしたいと溜息をつきながら切手を集めていました。
そんなある日、隣り街の映画館でガンダムを上映していることを知り、親に頼み込んで電車に乗って観に行ったのが『めぐりあい宇宙』でした。

第1部も第2部も見ていないのに、第3部の『めぐりあい宇宙』、いきなりクライマックスから入るという無謀さ。それでもスクリーンいっぱいに広がる宇宙での戦いのスケール感に圧倒されました。
「何だかよく分からない。でも凄い。」
それがガンダムの第一印象でした。
その後、テレビで再放送が始まると夢中になって見ました。
当時、我が家にはベータ方式のビデオデッキがあり、録画して何度も繰り返し視聴できました。自宅にビデオデッキというのがまだ少数派の時代、優越感にひたりながら見ていました。その後、ベータ方式はVHS方式に大敗して姿を消すことになりますが…

「抱き合わせ販売」で社会の不条理を知る
そして当然、ガンプラ(今更ですがガンダムのプラモデルのことです)にも夢中になりました。
当時は今のようにインターネットなどありません。だからガンプラに関する情報は友達同士の口コミが全てでした。
「アッガイはもう生産中止らしい」
「モビルアーマーはもう二度と入荷しない」
「ビグザムは関東だけでしか売っていない」
今思えば出所不明の都市伝説ばかりですが、当時の少年たちは真剣そのものでした。
そんなある日曜日の朝。
町に2軒しかないおもちゃ屋のひとつで、なんとアッガイのガンプラが積まれているのを発見したのです。
「えっ!? アッガイって生産中止じゃなかったのかよ!」
もちろん後から考えれば完全なデマです。
しかし当時の私は大事件だと思い、自転車を全力で漕いで親友の家へ向かいました。
「大変!大変! アッガイ売ってるぞ!」そう叫びながら。

そして再び親友と二人でおもちゃ屋へ。
2人とも少ないお小遣いを握りしめて。
ところが、ここで予想外の展開が待っていました。
おばさんがニコニコしながら言ったのです。
「良かったね。でもね、このゴムボールも一緒に買わないと売れないのよ」
なんと、まさかの抱き合わせ販売。
しかも即席ルール。
月1,000円のお小遣いでやりくりしていた少年たちには大打撃です。
結局、アッガイ330円に少し大きめのピンク色半透明のゴムボール200円を追加して合計530円を支払い、私はアッガイとゴムボールを抱えて帰宅したのでした。
今なら問題になりそうな話ですが、当時はそれすら思い出のひとつです。

渾身のじゃんけん大会でお宝GET!?
祭りの日になると、子どもたちは示し合わせたようにおもちゃ屋へ集まりました。
その日、新しく入荷したガンプラはわずか5個。しかし購入希望者は12人。
おもちゃ屋に入った瞬間、誰かが「じゃんけんだ!」と叫び、いきなり購入権争奪のじゃんけん大会が始まりました。

結果は、なんと私は5番目の購入権を獲得。当時の私にとっては会心の大勝利です。
ところが、喜びも束の間。
4人が次々選び去ったあとに最後に残されていたのは「ジム」でした。
ジム。

ガンダムでもない。シャア専用でもない。敵のモビルスーツでもない。何か特別な必殺技もなければ、強烈な個性もない。よくやられている存在。
良く言えば「主役を支えた名もなき量産機」、本音で語るなら微妙なモビルスーツ。
それが私が激闘の末つかみ取った戦利品でした。
「えっ、ジム?」
せっかくじゃんけんに勝ったのに、心の中では複雑な気持ちが渦巻いていました。
祭りで買ったりんご飴を舐めて帰る道すがら、箱を抱えた私は何度も自分に問いかけました。
僕は、本当にこのジムが欲しかったのだろうか。
それでも不思議なもので、何十年経った今でも、その日のことだけは鮮明に覚えています。

そして時代は流れ、私の興味はダグラム、マクロス、ボトムズへ。
中学生になる頃にはラジコンのマイティフロッグに夢中になっていました。
気がつけば、我が家にガンプラは一体も残っていませんでした。自分で捨てた記憶はないのですが、影も形もなくなっていました。
それでも、ガンプラを探して自転車で町中を走り回ったあの日々の思い出だけは特別です。
今振り返れば、ガンプラそのものよりも、
友達と走り回ったこと、じゃんけんで一喜一憂したこと、おもちゃ屋のおばさんとのやりとりで社会の不条理を知ったことこそが、宝物だったのかもしれません。
あの頃の熱狂やワクワク感を一緒に思い出していただけたら嬉しいですね。

思い出のガンプラ BEST10
とっても前置きが長くなりました。
今更ですが、思い出のガンプラBEST10のランキング発表です。GETした時のうれしさ順です。
1位:ドム
2位:ギャン
3位:グフ
4位:ズゴック
5位:アッガイ
6位:ガンダム情景模型 ジャブローに散る
7位:ジオング
8位:ガンダム
9位:ガウ
10位:ホワイトベース

ほとんどが1/144スケール330円でしたが、ドムは1/100の880円でした。
マラソン大会で頑張ったので父に買ってもらいました。
880円…今では何も考えずに出せる金額ですが、当時は夢のように高価なプレゼントでしたね。
人間万事塞翁が馬 2026年6月 小立野聡
