「国宝」を継いでゆく菊(キク)の重さ
(映画『国宝』を観てこころに留まった「菊」の意味について、解説しております。あらすじにふれる部分がございますので、映画未見で知識を入れたくないかたはお読みにならないようお願いします。なおわたしは原作未読ですが、いろいろなかたのブログ等から原作のエピソードにもふれています。)
血脈か、芸か
ストーリー中盤まで「血脈か、芸か」で、ふたりの主役はせめぎ合います。
若いころは「東半コンビ」。それぞれに歌舞伎界を離れた試練のときを経て、終盤では「半半コンビ」として歌舞伎舞台に華を咲かせます。
血脈を継ぐべき俊介(横浜流星)は糖尿病を原因とする足指の壊死から早逝し、喜久雄(吉沢亮)は人間国宝に。
俊介の子息も、歌舞伎の稽古よりも学校での部活動を優先。親である俊介もそれを許容し「女形に向かないかも」と囁いていたので、血脈を継ぐ重荷を背負わせることをしない様子は、時代が変わったことを示唆していました。
けっきょく血脈を継がない喜久雄が国宝になったのだから、この映画のテーマは「血ではない、芸だ」なのかと思わせた直後、喜久雄がほとんど世話をしないできた実娘との対話が挿しはさまれ、「美しいものを美しいとみる血の力はある」と揺さぶられます。
任侠映画好きのわたしなどは、ふたりが東半コンビだった若い頃、プリンスたる俊介は舞台本番寸前まで二日酔い、喜久雄は遊び歩くこともせず舞台一筋だったところにも、血脈の色濃さを感じてしまいました。
任侠の家に育った喜久雄は、昭和臭い「義理と人情」を刷り込まれていたために、赤の他人の自分を拾い育ててくれた花井半二郎への恩義から芸の道一筋を通せたということなのではないかと。
市松人形が見守る、血でも芸でもない「菊」の力とは?
この映画は血脈と芸の技術のどちらかに軍配をあげたのか、あげなかったのか。こたえはそのどちらでもないと、わたしは感じました。
落ちぶれて地方巡業の末ボロボロになっていた喜久雄を、90歳代になった人間国宝の小野川万菊(田中泯)が呼びつけます。1980年代終盤ながらバブルの喧騒とも無縁その質素な畳部屋で、万菊は喜久雄の芸の本質を見抜いていると伝えるかのよう振舞います。
その枕元には、万菊さんの楽屋にも置かれていた市松人形。これは、原作にはなかった演出であると聞きます。
市松人形といえば、多くの人が想いうかべるのはあの髪が伸びるを言われた「お菊人形」です。もちろん、お菊人形とは北海道の萬年寺にあった市松人形だけを指しており、すべての市松人形がお菊というわけではありませんが、言霊学をかじったことのあるわたしはこのシーンでハッとしました。
【お菊(を彷彿とさせる市松人形)ー万菊ー喜久雄】
国宝と、国宝を継ぐ者とがキクという言霊で串刺しにされていた、と。
要するに、菊の紋章を持つものは誰しも、国の宝になる資格を持つ~血脈ではない~という主張が、この映画にはあったのではないかと感じたのです。
血脈に軍配を上げなかったけれど、かといって才能があり、誰よりも芸を磨けば到達できるのかといえば、そうでもありません。
菊の紋章を持つ者とは、菊のマークがついたパスポートを発給される権利を持つ者のこと。言霊学的に説明するならば、その資格を持つ者のなかでも、「言霊を正しく扱える者」=日本語を母語として話し、他人を貶めるような毒を吐けば自分に還ってくることをわきまえ、自然法則のすべてに感謝できる者だけが、菊のご利益にあやかることができる(国宝に値する)という隠されたメッセージがあったのではないかと。
悪魔との取引から、「なんかおる」ものとの邂逅へ
そのあと、10代から互いに切磋琢磨しあった俊介との半半コンビとしての復活、そして互いにそれぞれの半身であった半半コンビの相方・俊介の病気と早逝を乗り越えた先。完全体としての喜久雄が、任侠家出身であること、刺青を背負っていること、数々のスキャンダルもなかったことのように、国宝となります――その取材の場で、捨てるようにしてきた娘と再会しますが微動だにせず「おぼえているよ、綾乃」と即答。忘れてはいなかったのですね。
綾乃が幼かったころに神社で、歌舞伎の上達以外、なぁんもいらんと誓ったシーンでの喜久雄の心情は、「血脈を超えて、歌舞伎で一流になりたい」という悪魔との取引でした。
ほんとうに一流になるためには、その覚悟は、太古から日本人に脈々と受け継がれてきた自然の美を愛でるこころだけを抱き、世捨て人となった俳人のように、家族や恋人といった世俗の関係を断ち切る覚悟であり、悪魔との取引ではなく神への誓いであるべきだったのかもしれません。
取引した悪魔の効力は、すぐに訪れます。
役柄ほしさに彰子(の父の権力)を利用ようとして、逆に歌舞伎の世界を追われ地を這うほど落ちぶれます。その昔、俊介の父が、芸に熱心さの欠ける俊介に本気を出させるため、ケガをした自分の代役を実子の俊介にではなく喜久雄に任せたように、血脈(親の愛)からの試練が与えられないならばと、喜久雄は悪魔にその役割をお願いしたのかもしれません。
物語の終盤、半半コンビとして復活したあとのふたりが舞台の斜め上を見上げ「あそこいつもなんかおる」と言います。
取り引きした悪魔の幻影という解釈をしているかたも、多いと思います。でもわたしは、あのシーン以降、喜久雄が美の追究に邁進し国宝へと到達するためには、悪魔の力から脱却し、神の声を聴く必要があったように感じます。
悪魔の力で、藤駒や綾乃や彰子、病に倒れた俊介や何人もの人を踏み台にした先の国宝ではなく、世間との一般的な関係を絶ち、俳人のようにただ自然のなかにある美を追究する姿にこそ、人間国宝は与えられると信じたい。
それがたんなるわたしの思い過ごしではなく、おそらくこの映画のつくり手の思いでもあったことを印象づけるのが、あの万菊さんから呼ばれた和畳のシーンでの「菊の連鎖」でした。
血脈を受け継ぐ俊介にも、「それ」(自然法則の美を追い求める者にのみみえるなにか)は、見えていました。
ただのし上がったのではないという証
もうひとつ、喜久雄がたんに悪魔の力で周囲の人びとを犠牲にして国宝にまでのぼりつめたというストーリーではない、と思える理由があります。
喜久雄が背中に刺青したふくろうの意味は、「恩返し」。映画にはなかったエピソードですが、原作では、親を失った喜久雄の預かり先を半次郎に口利きしたり、歌舞伎役者になった後も巡業支援をした極道が登場するそうです。その極道は死ぬ寸前、喜久雄の父を殺したのが自分である事を告白します。 しかし喜久雄はその告白を受けても、受けた恩に感謝したのだと。
あらゆる因縁は自然法則のなせるものであり、ひとつひとつの事象を恨んでも意味はないということを、物語後半の喜久雄はさとっていたはずです。
すなわち「なんかおる」とふたりが語ったものは、人間界のいざこざや恨み妬みといった欲望を超越した先の、達観されたなにかであったと感じます。
それは喜久雄が父の死の際にみた雪景色であり、「鷺姫」に舞う桜吹雪であり、日のひかりであり雨に濡れる木々の葉、すなわちこの国の人びとが古来から愛でてきた原風景のようななにか。それをときおり愛でるのではなく、追究することに命を賭したひとだけにゆるされる菊の証。「国宝」となった喜久雄が「うまく言えません」と語った風景とは、それだったのではないかと思えてきます。
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