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過去20年で盛り上がっていたお坊さんたちのPOPな活動は、息絶えたのか?

風景にすぎなかった寺、20年間の盛り返し

ボーズビーアンビシャス!」
 クラーク博士じゃない。文化人類学者の上田紀行氏がこう言って、宗派を超えた若手僧侶たちのディスカッションの場を築いたのは、今からかれこれ20年以上前のこと。オウム真理教による一連の事件の影響で、「宗教って胡散臭い」という空気が日本列島を満たしてから、10年も経過していない頃だった。
 あれから四半世紀近くが経過した。『いいお坊さん ひどいお坊さん』(ベスト新書、2011年)著者であるわたしの体感からすると、吹き返された息の感触はたしかにあった、コロナ蔓延防止の前までは

《佐賀・龍華霊園。30年以上前から、檀家制度をうたわずゼロから信徒を集めた》

 東京新宿・東長寺。新潟・妙光寺の安穏廟。佐賀県鳥栖と福岡県大野城に展開する九州の龍華霊園など、檀家制度を脱却した〝継がなくてもいいお墓〟を擁する寺や、樹木葬墓地を持つ寺が全国各地に出現した。
 希死念慮者や自死遺族と往復書簡をかわす活動を続ける「自死自殺に向き合う僧侶の会」は、東京で最盛期には50名以上の僧侶が参加し、関西、広島、九州へもひろがりを見せた。ほかにも、「ひとさじの会」や「テラネット」など、災害支援、困窮者対策などの社会貢献活動にとりくむ僧侶やグループは、この20年の間にかなり増えた。
 回答者全員が僧侶である人生相談サイト「ハスノハ」も、毎月200万PVを記録して久しいし、経営状態が健全で住職の人柄もよい寺を探すことのできる「まいてら」といった紹介サイトも健在だ。
 地域で坐禅会や法話会、写仏や写経をできる寺を探したければ検索で簡単に複数の寺がヒットする。

 たしかに、20年前と較べ、寺の世界は檀信徒以外に向け〝開かれた〟といえる。だが、その勢いはどこかへ息を潜めてしまった。

コロナ蔓延防止のさなか、寺は何をしてくれたのだろう?

 そもそも伝統仏教寺院の中で、過去20年に目立った活動をしてきた突出した寺は、1%に満たない。宗派を超え、ときには他宗教の宗教者とも絡むようなPOPな活動を展開していたのは、ごくごくわずかな薄い層の僧侶たちだった。過去30年にわたり国家が衰退する気運のなか、不安・苦悩・苦難を抱えた多くの人々をメンタルの面で助けてきたのは新宗教団体であり、全国にコンビニの数よりも多く存在すると言われる伝統仏教寺院ではなかった。
 とりわけ顕著だったのは、コロナ蔓延防止期間中のことだ。新宗教団体では、その集団内に医師や看護師も、補助金申請などを担う士業者もちゃんと抱えていて、「われら信者のなかではクラスターを決して出さない」ということに多大な努力が費やされていた。
 アプリやメールマガジンで健康情報を流したり、罹患した場合に必要となる情報も一般社会よりも濃密にやりとりされ、ある新宗教集団では、信者の罹患率を一般的な国内罹患率の1割程度に抑えていたという情報まである。

 宗教って、生きること・死ぬことと向きあうものなのだから、全国民が罹患を恐れ、職場を追われることを恐れ、見えない不安と闘い続けていたあのときこそ、役に立ってもらわねば意味がない。何もせず、ただ門を閉めて法事をキャンセルしていた伝統仏教寺院を、人々はもう心のよりしろとはしなくなっていた。
 コロナが五類になったあと、わたしのYouTubeチャンネルで少しでもお寺や僧侶の肩を持つようなことを言えば、
「こいつは寺の回し者だから、言うこときかなくていいぞ」
といった酷評が10も20も並ぶようになった。コロナ前にはありえなかったことだ。もちろんコロナ流行以前も、寺をなじるコメントはあったが、1~2割だった。6割程度は、「そうはいっても、お寺は大事にしたい」、「お墓参りには行ってお世話になっています」といった平穏なコメントも来ていたはずだった。それが、みごとに反転した。ここ数年は、コメントの大半が酷評で埋め尽くされている。

 ふりかえれば1995年、地下鉄サリン事件のあと。
「なぜ、一般の仏教寺院ではなくそんなわけのわからない新宗教に入ったのですか?」
と問われた信者の青年が言った。「寺は、風景にすぎなかった」と。
 風景にすぎなかった寺は、ひととき宗派を超えて輝いた。そしてまた、風景のなかへ溶けこんでいった。

期待できる余地

 自死自殺に向き合う僧侶の会の面々と親交をあたためて、かれこれ20年近くになる。みな年齢は重ねたもののまだまだお元気で、日々いろんな人々の相談に応じている。保護司をしていたり、警察で講演をする人もいたり。
 でも、ひとりまたひとりと、住職の座を子息に譲って引退モードに入っていることは否めない。そして子息がともにこの場へ顔を出しているかというと……そうでもないのだ。「寺を継ぐ」という重荷を課して応じてもらうだけで精一杯で、寺の外での自主的な活動までをも強制するのははばかられるのかもしれない。そもそもボランティア活動は自発的におこなってこそ続くものであり、強制されては意味がないともいえる。

10年後、ゲートキーパーの候補に「寺」と言ってもらえるよう

 自殺対策基本法ができた2006年当時。対策会議で「ゲートキーパーになれるのはどんな場所?」という話題が出たとき、放課後学級やコンビニエンスストア、児童館などが挙がるなかで、教会や寺といった宗教施設が話題にのぼることはなかったという。50年前……たとえばドラマ「海に眠るダイヤモンド」の時代だったら、当然に候補に挙がっていたと思う。
 この会議の当時、まだ40~50代で現役バリバリだった自死自殺に向き合う僧侶の会の面々はこころに強く誓ったと聞く。
「10年後、かならずこの候補に〝寺〟と挙がるようにする!」
と。
 以来、「自死自殺に向き合う僧侶の会」の活動は、20年近く続いてきた。僧侶がたからの何千通もの書簡が、生きづらさを感じる人々をたすけた事実はある。尊い活動ではある。だが、一般市民が「頼れる場」として寺社を挙げるまでには、なっていない。

そして寺は、少しずつ活用される場所になった!?

 20年前と較べ、伝統仏教寺院に起こった変化。

  1. 全国各地の寺でヨガが行われるようになった。

  2. 観光寺院へ行くと、日本が好景気な頃にはそんな人はいなかったのに、深々と頭を下げて熱心にお参りする人が増えた。

  3. 御朱印をもらう人が急増した。

  4. SNSで活躍する僧侶も増え、いっときはゴールデンタイムにTV番組「ぶっちゃけ寺」が放映された

  5. 臨床宗教師や臨床仏教師、社会貢献する宗教者のNGO(JNEB)などが出現し、グリーフケア活動にとりくむ僧侶が増えた

  6. ホログラムで演出する儀礼やドローン仏など、最新技術をもちいた賑やかしが、稀に行われるようになった

  7. 全国的に永代供養墓が流行し、先祖代々のイエの墓をしまって、回忌法要をせずに永代供養をする人が急増中

  8. 自民党によるインバウンド政策で、観光寺院に人がひしめくようになった

 こうしてみると、どうだろう?
 2、3は純粋に信仰心の顕れと考えられる。景気が低迷しているので、真剣に神仏にすがりたい人が増えている結果ともいえるだろう。そして5が、前段でお話しした社会貢献活動の話。
 それ以外は??? というと……伝統仏教はむしろ衰退する一歩手前で、線香花火のように一瞬の輝きを放っている状態なのかもしれない。遺憾ながらわたしには、そんなふうにみえなくもない。
 7は、あからさまに寺離れの結果。利便性の高い駅至近などの納骨堂や永代供養墓に改葬すれば、墓参りの機会は増えるが、「先祖と対話したいだけであって、法要などの僧侶の話は不要」と考える人が大多数である。
 8は、真摯に仏教寺院をお参りしたいと考える人にとってはむしろマイナス要因。寺院という静謐な環境でじっとこころを鎮めたいという人を、追い出してしまう結果につながってる。
 1は、住職もともにヨガをたしなみ、終わってからも茶話会などを開けば意味はある。が、多くは布教とは関係のない場所貸しになっており、ほんらい収益事業としておこなうべき状態を、「場所代をとっていないから」という理由で、非収益で通している。
 定額の部屋代をとると収益事業とみなされ、規則変更やら会計帳簿を分けるやら、いろいろと面倒なことが起こるから、「賽銭箱に入れていって」とか、「お気持ちでいいから、電気代程度をおさめていって」とお話しなさっている。ヨガ講師にとってはありがたい話だろう。場所代は数百円のお布施で済み、緑多く、静かで気持ちの整いやすい絶妙な環境でヨガを教えることができる。
 でも、別の寺の催し~たとえば法話会とか写経会~にも参加するようになる人というのは、寺ヨガ体験者のなかでもごくごく少数だ。はたして布教につながっているのか? といえば疑問がわく。つまり、「実情はたんなる場所貸しになっている」と推察される。
 4や6は一時的な賑やかしであって、仏教思想を理解してもらうための要素があるかといえば...…、皆無だろう。

POPな宗教活動とは?

 ではタイトルに掲げたPOPな宗教活動とは、なんだろう?

 いまはお盆の直前期だが、盆踊りはわが敬愛する一遍智眞上人一行が鎌倉時代にはじめた踊念仏が起源であるとも言われている。「一遍上人といえば踊念仏」というくらい、時宗は踊る宗教のハシリとして認識されていると思うが、どうだろう。
 数少ない一遍に関する史料『一遍聖絵』によれば、最初の踊念仏が起こったのは、弘安2(1279)年のこと。信濃の佐久郡伴野(一遍の叔父が承久の変で流された地)あたりで、上人の亡叔父への供養の意味で、自然発生的に踊りがはじまったとされている。
 しかしながら、一遍が師とあおいだ空也上人も踊りながら念仏したともいわれているから、盆踊りの起源が一遍なのかというと、ちょっと疑問に思えたりもする。
 個人的には、盆踊りのほんとうの起源はもっと古の時代と思う。たとえば巫女舞など、大自然をつかさどる神々と一体となるよろこびを、われわれ日本人は全身で舞うことによって表現してきたのではないだろうか。

 とはいえ、踊る宗教(時宗とはまったく別で、戦後もそういうの流行ったことがあります)や、日蓮宗系の激しくリズミカルに鐘を打ち鳴らす行列、浄土宗で50人100人が小さな木魚を一斉に叩いて高揚していくさまなど、宗教集団で行われがちな集団行動は、なにか不透明な時代を突破し楽に生きたいという救済を求めるとんでもない気運を感じさせる。
 周辺で見物している人びとも、その高揚感に惹かれて思わず輪のなかへ飛び込み、そうすると表情もガラリと変貌して恍惚となってゆく――宗教が信仰を集める時期には、こうした光景がひろがることが少なくない。

 宗教は、とりわけ在家の一般民衆をとりこもうとするときには厳かなものでも静謐であるべきものでもなく、芸能的な要素を伴い、賑やかで、老若男女に「思わずその輪のなかへ飛び込んでみたい!」と衝動させる、POPであったりパンクであったりする、つまり〝けったいな要素〟がなければひろまってゆかないものであるともいえるのだ。

人生をPOPに転換するのが、仏教

 さきほど列挙したここ20〜30年のあいだにみられた伝統仏教界の動き。そのなかで仏の教えを真摯にひろめることに貢献している要素は、ほとんどなかった。
 他方、グリーフケアや自死対策をする僧侶は割合としては1%に満たないわずかな層かもしれないが、それらの活動に邁進されている僧侶がたはそれを「苦の仕入れ」のように感じていらっしゃるようにも思う。お寺に住んで土日に法要の読経をするだけでは、世間に充満する「苦」の実態にふれることがないのだから。仏教は、生老病死苦を苦でなくしていくための教えなので、苦の現場をみなければ教えをひろめることも難しい。だから、「苦の仕入れ」に費やすことは間違っていない。

《社会貢献活動によって僧侶がたは何を見出したのか》

 だが、彼らは〝清貧であろうとしすぎた〟と感じる。
 なんというか、社会貢献活動をなさる僧侶がたの集いは、地味でまじめで質素であるべきで、POPになりえない。だから、つぎの代の若手僧侶が追随することにはつながらなかったのではあるまいか。
 彼らを〝清貧〟にさせている根源は、彼ら以外の99%以上の伝統仏教寺院が、あまりにも経営に走りすぎた背景がある。昭和の高度経済成長以降、バブルがはじけ飛ぶまでの間に、戒名を売る寺がどんどん増えた。「お金を積めば、院号などの上位の戒名がもらえる」といった話が流布し、そのときに伝統仏教宗派のどこも、「上位の戒名を金銭と交換に与えるようなことはしてはならない」と言った歯止めをかけなかった。
 宗派という巨大な組織、コンビニより多いと言われる寺院ネットワークがありながら、彼らがやっているのは人々の苦しみの救済ではなく、自らの組織維持のための「戒名のビジネス化」であり、令和に至っては「永代供養ビジネスのフランチャイズ化」という、資本主義への加担にすぎない。社会のクソゲーを終わらせる側に立つべき仏教が、クソゲーのプレイヤー(利権側)に成り下がってきたのだ。
 それに反旗を翻し、地道に活動してきたのが、1%に満たない〝社会貢献する僧侶たち〟である。しかし多くの市民は、被災地の避難所で「無償で読経ボランティアをしてきました」と語る彼らに、感銘を受けることはなかった。
「宗教者でしょ。困っている人に読経するのは当たり前。なんでわざわざ〝無償でやってきました〟と言うの?」
と、当然のことのように受け取った。しかも悪いことに、大量消費社会システムにすっかり呑み込まれている大半の市民は、地道な貢献活動をする住職の小さな寺より、テレビCMやネット広告を打っている大型納骨堂のほうに信頼を寄せ、「つぶれたら困るから、広告料を払えるような立派なお寺がいいわ」と言って、骨壺がベルトコンベアで流れてくる、最新鋭の搬送式納骨堂に飛びついていったのだった。

正しい宗教者を〝選ぶ〟市民の側が
社会の入れ子構造から脱出しないと、
クソゲーは終わらない

 さて、経済が停滞していることを大きな要因として、この30年間は戦後日本でもっとも苦が充満している時代だともいえる。
 苦をなんとかする仏教があるのに、そしていまも9割近い人は仏教寺院に墓を持っているのに、なぜわたしたちの生きづらさはなんともならないのだろう?

 要因のひとつは、多くの人が社会のなかで飼い殺しにされていることに気づいておらず、「お金の手放しかたを知らない」ということだ。
 いま現役社会人の多くは、自分の人生の時間を切り売りして、それをお金に換え、そのお金をショッピングや飲食やネットゲームに散財することでストレスをどうにかしようとしている。
 営業電話をかける仕事を与えられ、それが大半の相手にとっては迷惑でしかないことを知りながらも、生活を考えると仕事を辞めることができない人がいる。
 上司からは、
「迷惑がられたら謝れ。そのうえで即座に〝それでですね〟と話を続けろ」
と教え込まれ、自分のしている仕事が誰の役にも立っていないと感じ、こころを疲弊させながらも、家賃を払い続けるためだけに、それを続けている。

 これは、かなり複雑かつ効率のよくない生きかたなんだと思う。端から見ていたら「そんなブラック企業を辞めて、日雇いでもコンビニでも、なにか別の仕事をしたらいい」とわかる。でも、渦中にいる当人にはそこへ至るまでの人の縁やら、いろいろなしがらみがあって、すべてを手放すなんて選択は到底選択範囲外。二重三重の入れ子構造で飼い殺しにされているから、外からの声が届かない。命を絶ってしまった知人の多くはこの状態で、真剣に考え抜いた挙句に、「ここではないどこか」へ至る道を選んでいる。

 放っておいても果物がたわわに生る南国で、暑い日中は海へ潜って貝や魚を採っていたら。お腹が空くから食料を調達する――人生はじつにシンプルで、村の掟以外になんらの命令も強制もされることはなかっただろう。
 余った時間で木の実を蓄えるツボにさまざまな細工を施し、うたを歌い、皆で踊り、自由に時間を謳歌できたかもしれない。
 われわれは文明を発展させ、自分で魚や貝を採らなくてもお金を出して買えば済む生活をしている。貨幣をはさんだぶん、社会の仕組みは複雑になった。

 さらにネットで顔の見えない相手からモノを換える時代になり、クリックひとつで遠くのものもなんでも手に入れ、中世の王様より利便性の高い生活をしているといえる。
 どんな国の誰がつくってくれたものかわからない幾多のモノに囲まれて生活している――そして、貨幣を渡してそれらのモノを受け取るときに、「つくってくれて、ありがとう」とお礼を述べることができなくなった。
 当たり前だが、買うばかりでは破産してしまうから、あなた自身もなんらかの企業に所属し、なんらかのサービスを生み出すことに協力していかないといけない。しかし提供したサービスも、どこの誰に届くのやらさっぱり想像がつかない。当然ながら、貨幣を得るとき「ありがとう」の言葉が返されることも滅多にない。

 貨幣のうえにネットを挟むことで社会は多層化し、わたしたちは、仕事をしても感謝を得る機会を喪失した
 その結果われわれは今、どんな人びとのために仕事をしているのかもわからないし、なんのために働いているのかも、感じづらくなっている。

ライフタイムを切り売りして苦しくなったら、財を手放せ

 そのため人々は、感謝されやりがいを感じながら仕事をすることもないまま、自分の時間(イノチ)を切り売りしながら給与に換えている状態だ。
 ここで寺へと思考を戻せば、亡くなる人の数が右肩上がりであるために、檀家制度に乗っかっていれば黙っていても通夜葬儀と回忌法要のお布施が入ってくる伝統仏教寺院は、新たな努力をすることを怠り、すっかり時代にとりのこされることとなった。

 その意味を伝えていないから回忌法要も三回忌とか七回忌でやめる人が増え、お布施の実入りも激減。永代供養墓や樹木葬墓地をつくって〝資本主義的に〟それをフランチャイズ化して粗利を稼ぐ宗教法人が出現している。いっとき儲かったかのようにみえるけれども、これは宗教者までもが資本の奴隷に成り下がったことにほかならない。

 はたして令和の伝統仏教界に活路はあるのか? 積もりゆくわれらの生老病死苦は矛先をどこへ向けるべきなのか。

 資本主義の消費に散財しても癒えないなら、わたしたちは本来の「喜捨」、つまり権威を買うために布施を包むのではなく、尊いと感じる行為に対し喜んで財を手放す行為によって、お金の呪縛から脱出するべきなのだ。
 しかし、いま喜捨をしようにも、肝心の伝統仏教寺院は日中にすら門を閉ざし、営業電話を恐れて「檀家以外はガチャン」と受話器を切る。 20年前に「ゲートキーパーに寺を!」と誓った志ある1%の僧侶たちの活動を、なぜ伝統仏教の「宗派(本部)」は組織をあげてシステム化し、全国7万ヶ寺のセーフティネットにしなかったのか。 ここに伝統仏教宗派の最大の怠慢と機能不全がある。
 だが、拙著刊行以来15年間、いろいろな宗門組織というものを見てきたわたしは、組織になんの期待もすべきでないと感じている。そこは堅固なピラミッド構造でできており、崩すことも改革することも及ばない。
 窒息しそうなほど苦が充満したこの社会をなんとかするため仏教のPOPを活用できると信じるならば。選ぶべき、変わるべきは、ひとりひとりの一般市民のほうなのだ。

POPを担う巨星が去った荒野で、いま

 本来、仏教が持つ〝POPさ〟とは、お寺でヨガをやることでも、ドローンを飛ばすことでもない。資本主義という名の「社会の入れ子構造(クソゲー)」に囚われ、時間の切り売りと記号の消費で窒息しかけているわれわれに、「そんなクソゲー、いつでも降りていいんだよ」と、人生の前提をひっくり返してみせる圧倒的なパンク精神のことだ。
 いまだ仏教書やお釈迦様の教えについて書かれた書籍や動画は、そこそこの人気を博している。ならば市民の側がもっと自発的に、POPな僧侶を選んでくるべきだったのだ。資本の奴隷となり、命の時間を切り売りして得た財を、消費社会へ散財しても癒えることはない。マトモな僧侶と対話し、高級車やご馳走にではなく被災地支援や社会貢献活動に必ずまわしてくれそうな寺へ賽銭を運んでみること。それこそが、「ありがとう」の届かない虚無的な労働の柵から外へ這い出し、確実に誰かに力を貸したと実感できるマトモな世界へいたる第一歩に違いない。
 そうやって入れ子の支配構造から自力で抜け出し、投げたら感謝が返ってくる環境へ飛び出してゆく。そうすれば人生はもっとシンプルに、軽やかになる。この転換こそ、仏教が2500年培ってきた智慧であり、究極のPOPであるに違いない。

 真に求めるべきなのは、観光地として消費される静謐な景観でも、ベルトコンベアの納骨堂でもない。いや、本当のことを言えば、かつて社会の枠組みを笑い飛ばしてくれた忌野清志郎や坂本龍一、美輪明宏のような、あの圧倒的でけったいな〝POPの権化であった巨星たち〟は、今の日本社会からはもうほとんど消え失せてしまった。それは仏教界とて同じだ。20年前に死に物狂いで汗をかいた1%の僧侶たちもまた、ひとり、またひとりと引退の時期を迎えている。

 それでも、わたしたちは選ばなければならない。
 商業主義に呑まれてしまった寺社を見分け、そうではない寺社を応援する市民の数が少しでも増えることが、消えかかったPOPにふたたび火を灯すことにつながると確信している。
 お寺がただの風景に逆戻りし、誰もが資本主義のクソゲーのなかで飼い殺しにされていくこの荒野のような時代だからこそ、市民のひとりひとりがいま、ベルトコンベアの納骨堂へ散財するのをやめるべきだ。墓をしまう前に、10代、20代の孫や親戚に、ほんとうにしまってよいと考えているか意見をきくべき。そして、いまなおどこかの街で、地味に、孤独に、誰かの「苦」を引き受けようともがいている、名もなき泥臭いお坊さんたちの活動へ、自らの意思で財を流し、義務感にかられて布施をするのではなく、文字通り喜んで捨てる=喜捨をするべきなのだ。

 巨星たちが去ったあとの世界で、お金の呪縛を笑い飛ばし、この生きづらい現代を共に踊って突破していくため、POPの火種を絶やさないこと。それこそが、いまを生きるわれわれ市民の側に残された、最後の、そして最大のパンク精神であるに違いない。

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オケイ|苦楽の彼岸 by J-FLEC認定アドバイザー 🌟ご喜捨で経済を巡らせよう(^^♪🌟 noteの収益は、相談サイト「ハスノミ」の運営や葬祭カウンセラーの普及に役立てさせていただきます🙏 寺社を地域の核=「みとりステーション」として、誰もが不安なく年齢を重ねてゆけるよう活動しています。