「残りもの」から始まった、おにぎり狂騒曲
我が家のお弁当は、至ってシンプルだ。
ラップでくるんだおにぎりか、手近なパンに具を挟んだサンドイッチ。これが意外とバリエーション豊かで、侮れない楽しみがあるのだ。
ベースとなるのは、たいてい晩御飯の残りや、冷蔵庫の隅っこで出番を待っていた面々だ。
例えば、ひじきの煮物が少しだけ余った翌日は、それを混ぜ込んだ分厚い卵焼きを焼いてサンドイッチにする。
あるいは、ガパオライスの残りに、食感のアクセントとして刻んだ筍を放り込んだ混ぜご飯のおにぎり。
その場の思いつきで生み出した「リメイク・レシピ」が予想以上に美味しく仕上がると、「よし、今日は当たりだ🎯」と、心の中でガッツポーズをしながらニヤニヤとランチを頬張ることになる。
この「当たり」の喜びを分かち合う相棒として、一緒に作っている旦那の分も、もちろん同じメニューを持たせている。
ところが最近、この効率重視だったはずのランチ作りが、少しばかり「手間のかかる仕事」へと変貌してしまった。
きっかけは、本当に些細なことだった。
ある晩、ひとつだけポツンと余ってしまったシャケの切り身。
翌日は可燃ゴミの日だ。
「今日のうちに処理してしまいたい」という、主婦ならではの切実な片付け本能が働いた。
私はそれをレンジで加熱し、骨を丁寧に抜き取って、身を細かく解して「自家製シャケフレーク」に仕立てた。
そして翌朝、それをたっぷりとおにぎりの具に詰め込んだのだ。
その日の夜、帰宅した旦那が開口一番こう言った。
「今日のおにぎり、シャケフレークがやたら美味しかったんだけど!」
そりゃあそうだろう、と私は鼻を高くした。
市販のものとはわけが違う。
なんたって焼きたての切り身から作った自家製なのだ。
骨を抜く手間だってかかっている。
「そーだろう、そーだろう。手間暇かかってるからね」
上機嫌で応えた私だったが、続いて放たれた一言に、思わず動きが固まってしまった。
「明日も、あのシャケのおにぎりがいいな」
……いや、ちょっと待ってほしい。
そもそもこのおにぎりライフのコンセプトは「手間を省くこと」にある。
晩御飯の余りや冷蔵庫の残りものを有効活用し、朝の時間をショートカットするための手段だったはずだ。わざわざ具材を指名買いして、ゼロから仕込むのは本末転倒ではないか。
「いやぁ、元々は残りものを使ってるからさ。シャケが余った時じゃないと作れないんだよ」
私はやんわりと、しかし確実に拒絶の意思を示した。
あくまで「偶然の産物」であることを強調したのだ。
ところが、数日後のこと。
冷蔵庫を開けると、そこには見慣れないパックが鎮座していた。
立派なシャケの切り身だ。
しかもよく見ると、ラベルには誇らしげに「骨抜き処理済み」の文字が躍っている。
旦那、である。
「これなら手間、減るでしょ?」と言わんばかりの無言のプレッシャーが、チルド室からひしひしと伝わってくる。
こうなると、もう逃げ場はない。
晩御飯の片付けを終え、ようやく一息つこうというタイミングで、私は再び炊飯器のスイッチを入れ直す。そして、わたしは「指名された」シャケに日本酒と塩をふり、丁寧に解してフレークを作っていく。
シャケの皮は、ハサミで細かくカット。
しっとりさせたままラップして冷蔵庫に保存したものを、使う分だけアルミホイルにのせてトースターで焼きを入れるのだ。
かつての「偶然の当たり🎯」は、今や「義務のルーティン」へと昇格してしまった。
昨今の物価高、特に魚の値段を考えれば、これはなかなかの贅沢品だ。
それでも、トースターの中でパチパチと音を立てるシャケを見つめていると、まんまと作戦を成功させた旦那の顔が浮かんでくる。
リクエストするほど美味しいと思ってくれたのなら、まあ、仕方ない。
この「自家製シャケフレークおにぎり」を食べて喜んでいるのは、私も同じ。
明日のランチも、きっとニヤニヤしながらラップを剥がすことになるだろう。
それが「残りもの」ではなく「狙い撃ちのシャケ」だったとしても、美味しいおにぎりには勝てないのだ。
さて、そろそろご飯が炊き上がる。
熱々のうちに、あの絶品フレークをたっぷり詰め込むとしよう。
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