【第7章:即興とは“予定調和”を破壊する行為である】
♪ BGM:モーツァルト《幻想曲 ニ短調 K.397》より
──楽譜は、予定だ。
でも音楽は、生きてる。
「ヴォルフィ、また楽譜と違うことを……」
父が言う。でも、止まらない。
だって、いま鳴ってる音が、
ボクの“ほんとうの考え”なんだ。
即興ってね、魔法みたいに思われがちだけど──
ちょっと違う。
魔法じゃなくて、“事故”に近い。
そのとき、そこにあった音が、
ちょっと間違えて、
でも、すっごく素敵になっちゃっただけ。
それをボクは、「うん、いいね」って言って、続けるだけ。
予定通りに弾けるのも、大事。
でもそれって、誰かの“お手紙”をなぞってるだけでしょ?
ボクは、自分の“いま”を書きたいんだ。
それが、即興。
「なあ、ヴォルフィ。即興って、どこから来るんだ?」
ある日、誰かがそう聞いた。
ボクは答えた。
「来ないよ。生えるんだ。」
“ぱっ”と浮かぶんじゃない。
指の下に、音が根を張るように生まれてくるんだ。
ボクの感情が、鍵盤に芽を出すみたいにね。
たとえば、ある晩。
ボクはf-moll(ヘ短調)に手を置いた。
なにかに怒ってたわけじゃない。
でも、心のどこかがザワザワしてた。
言葉も、音も、うまくはまらなかった。
だから、鍵盤の上に手を置いて、
そっと音を鳴らした。
静かなアルペッジョ。
ちょっと震えて、ちょっとずれてて、
でも、ボクの“なにか”にちゃんと触れてくれた音。
即興ってさ、
たぶん、“よくわからない気持ち”を
とりあえず出しておくための逃げ道なのかもしれない。
怒ってたのか、泣きたかったのか、
いまでも、よくわかんない。
でも、音にはできたんだよ。
それだけは、ちゃんと覚えてる。
ボクたちの時代はね、まだ調性から逃げられなかった。
鍵盤の数も、選べる色も、いまよりずっと少なかった。
だからボクは、
その限られた中に、“今の気持ち”をねじ込むように、即興してた。
音が多すぎたのは──
たぶん、自由になりたかったからだと思う。
予定調和を壊すって、ちょっと怖い。
でもボクは、音楽にだって“サプライズ”してみたかったんだ。
ふふっはあと。
※この物語は一部フィクションを含みます。史実にインスピレーションを得ながらも、ピンク色の小部屋ではモーツァルトも、よくわからない気持ちをこぼしていました。即興という名前のままに。ふふっはあと。
