【第1章 アマデオ、扉を開ける】
──この世界に生まれてしまったことに、まだ気づいていない僕へ
※第1章にはBGMはありません。まだ“音楽が始まる前”の物語だからです。
ザルツブルクの空はまだ灰色で、
教会の塔がいちばん高く見える季節だった。
空気は冷たく、でも、どこか柔らかかった。
ぼんやりとした光のなかで、
ちいさな手が、ゆっくりと開いた。
「産声」というより、「ひとさし指」だった。
音を探すように、
目に見えない鍵盤を、空中でなぞっていたらしい。
それが、ボクの“最初の表現”だったらしい。
母は笑った。
父は目を見開いた。
そして助産婦は「やめてくれ」と言ったらしい。
「この子、指が止まらない!」
「名前は、ヴォルフガング」
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」
母が愛を込めて呼んだのは、ただの“ヴォルフィ”だったけれど、
父が祈るように書いたのは、アマデウスまできっちり含めた“芸名”だった。
つまり、生まれながらにして、ボクは“舞台用の名前”をもらったわけだ。
ちょっとした役者みたいだよね。
ふふっはあと。
でもね、ボクは知らなかったんだよ。
この世界に音楽という名の魔法があって、
それが時に人を救い、時に人を壊すなんて。
まして、自分がその“扉”を開ける鍵になるなんて、
そんなの、生まれたてのボクにわかるわけないじゃん。
ふふっはあと。
泣かなかったボクの代わりに、
産室の隅でパイプオルガンが鳴っていた。
教会音楽のあの巨匠だったかもしれないし、
ただの風の音だったかもしれない。
でも、それは確かにボクに言ったんだ。
「ようこそ、アマデオ。
お前がこれから壊すものと、奏でるものを、
ここに全部用意しておいたよ」
扉が、ほんの少しだけ開いた。
まだ誰も気づかないけど、
この世でいちばんピンクな“革命”が、始まろうとしていた。
※この物語は一部フィクションを含みます。
史実にインスピレーションを得ながらも、
ピンク色の小部屋ではモーツァルトも、ちょっと自由におしゃべりしています。ふふっはあと。
