【第11章 ボクの死はエンディングじゃない】
♪ BGM:モーツァルト《レクイエム ニ短調 K.626》より
書きかけの五線譜。
ペン先が乾いていく。
焦っても、手が追いつかない。
息が苦しい。
なのに、音が頭の中だけでどんどん増えていく。
止まってくれない。止めたくない。
でも、身体のほうが先に“終わろうとしてる”。
「ボクが死んでも、この曲だけは、誰かに完成させてほしい──」
なんて、思ってない。
そんな綺麗ごと、言えるほど澄んじゃいない。
本当は……
ボクが書きたかったんだよ。全部。最期まで。
楽譜がボクの代わりになるなんて、思ってない。
代われるわけがないだろ。
この手で、この耳で、この胸で、
まだ音を鳴らしたいんだよ。
でも、誰もいない。
コンスタンツェも、いない。
机の上にある、かつて“希望”だった名前も、もう読めなくなってる。
ボクの指は、
かつては王女を笑わせて、
ホールを沸かせて、
でも今は、
ただ震えてるだけだ。
笑えなくなった。
誰かの前で、ふざけることもできない。
「ふふっはあと」なんて、
もう口に出す余裕すらない。
時間が、じりじりと迫ってくる。
まるで、休符を無視してやってくる不協和音みたいに。
カウントしてないのに、何かが終わる気配だけがしてる。
ベッドの脇に、譜面が散らばってる。
あのレクイエム。
誰の魂のためでもない。
あれは、ボクが“置いていかれたくない”から書いてるんだ。
「神のため」?
「誰かを弔うため」?
違うよ。
ボクが、まだここにいたいから。
……お願いだ。
まだ鳴らさせてくれ。
この一小節だけでいい。
この一音だけでいい。
もう少しだけ、生きさせてくれよ……
気がついたら、涙が頬に落ちてた。
指は止まっていた。
ペンは机から転がって落ちていた。
それでも、
耳の奥では、まだ音が鳴ってた。
誰かが、遠くで続きを弾いていた。
弱々しく、でも確かに。
ボクの死は、エンディングじゃない。
それだけは、ほんとうに思えた。
ふふっはあと。
言えた。やっと、また。
※この物語は一部フィクションを含みます。史実にインスピレーションを得ながらも、ピンク色の小部屋では、モーツァルトもまた、終わることのない音を信じていました。ふふっはあと。
