大学教授定年前2年になると科研費に出せる項目がなくなり、研究費に四苦八苦
(はじめに)
大学の先生方、特に国立大学の理系の先生方は、昨今の文科省からの校費の激減により、多額の外部資金を稼がないと研究が出来なくなりました。そのため、外部資金として毎年科学研究費(科研費)の申請が欠かせません。今(平成29年(2017年)8月下旬)、知合いのN大のK先生が、業務山積みの上に科研費の申請書書きで、大変お疲れのご様子をFacebookの記事で吐露されていて、私も大いに同感しました。今の時期、みんなK先生のような不安と焦燥感の入り混じった気持ちになりますよね。
1. 定年前2年になると科研費に出せる項目がなくなる!
私は、今年(2017年)の3月末で、今貰っていた科研費が切れたのですが、今年、来年度用の科研費を申請することが制度上できないということが分かり、困ってしまいました。あと1年半で、定年退職ですが、定年前2年になると科研費に出せる項目がないということに、はじめて気づかされました。有力な外部資金申請先がなくなるのです。
2. 4年前から有力な新規テーマで、科研費項目「基盤研究B」で申請し続けているが・・・
私は4年前から有力な新規テーマ「Flying-seed型○○」で科研費項目基盤研究Bに申請し続けており、4年前は評価Aを受け、でも採択されませんでした。しかしながら、評価が最高位のAなので、「あともう少しでだ:来年は、きっと採択されるのではないか!」と期待しました。
そこで、次の年の3年前は学内のアドバイザーを使えと言われアドバスを受け入れてその通り書いたのですがどうもインパクトが半減していると思ったら、評価はBに格下げになり採択されませんでした。ええい、アドバイザーなんか役に立たないと思い、また次の年の今から2年前はアドバイザーに意見なんぞ聞かずに思いっきり書いたら評価はAに戻りましたが、やはり採択されませんでした。理由は、研究組織が弱いということでしたが、今地方大学の教授は、部下は全くおらず、私は准教授も助教もいないたった一人なのに、組織を作れといったって困ってしまいました。今の地方大学じゃあ、きわめて斬新な個人のユニークなアイデアに、メインの仕事として一緒にやってくれる他人などいるわけがなく、研究室に准教授や助教もそろっている旧制帝大出身者らしい審査委員の意見で落とされた理由に納得いきませんでした。
それで1年前の昨年は、今度こそ何とか通るようにと、さらにもう一度に基盤研究Bに出そうとしましたら、制度上3年以上でないと受け付けてもらえない。基盤研究A-Cはどれも、1年や2年の短期は受け付けない。定年まで2年というのはだめらしい。それで、出せるところを探したら、萌芽的研究しかない。これは1年でも2年でも受け付けると書いてあった。そこへ申請したら、今度は申請内容が変わらないのに、評価が、なんとCになって、またまた採択されなかった。世界初のことをやろうとしているのに、審査委員はちゃんと読んどるのか?!昔、萌芽研究の審査をやったことのある知り合いの先生に聞くと、萌芽研究は自分の専門以外の申請もわんさか来るので、専門外で読んでもわからない申請はみんなCになるだという。独創性を重視した今までにない研究を申請してほしいとうたって萌芽研究は募集しているのとちゃうんか!評価体制がおかしいんちゃうか?!と怒っても、制度上出すところが他になかったので仕方がない。
そういうわけで、これまでこの有力な新規テーマの研究提案の4年間の評価はA→B→A→C。こんなに独創的な研究を提案しても、どうしてもこんな具合で通らない。今年は、このような事情を大学の科研費担当の事務方に聞くと、「先生、萌芽研究は来年から2年以上になりましたので、もう1年では出せません。」万事休す。もう、科研費は出すところがなくなった。落胆する私を見て事務方は、「しかし、定年後どこかで雇ってもらえることが決まっていたら、基盤研究出せますよ。」と同情しながら言ってくれた。しかし定年2年前から定年後雇ってあげると正式に内定してくれるというところなんかあるわけないので、もう科研費は、書けん!ということになりました。
3. それで、定年までの今年と来年は、大学からの1年間の運営交付金の35万円とそれまで稼いだ委任経理金でやることになった
学生一人あたり30万円位の消耗品代がかかるのですが、学生院生が8人いるので全部で一年間250万円くらいかかります。やっていけるか、不安で仕方がない昨今です。ただ、計算してみると、以前残しておいた企業から頂いた寄付金 (= 委任経理金)で何とかやっていけそうです。正直、この委任経理金が安心感になっています。戦後、「こんな女に誰がした」という歌がはやりましたが、今大学の先生方は、「こんな大学に誰がした」と思っています。
4. 2003~2007年の小泉首相や竹中平蔵氏提唱の路線が、国立大学の財政状況の逼迫の原因
当時の小泉首相や竹中平蔵氏が提唱した路線は、「大学も規制緩和して多くの大学に競争させて生き残る大学だけ生き残ればいいんだ、そうすればよりよい大学だけが残る。」というものでした。こんなに、現在の国立大学が疲弊してしまったのは、このサバイバルゲーム路線の間違いじゃないでしょうかね。大学の数は15年(30年)くらい前までは400だったのに、今じゃ800もあるのです。嘘800ではない、現在本当に800に大学が増えたのです。そこで、そのすべてに、文科省から交付金出していたら、そりゃあ、大学の先生一人当たりの交付金は雀の涙になるでしょう。高等教育の国の経営戦略の失敗じゃないかと思いますね、私学は、それでも新聞に、国立大は恵まれている、私立大は、こんなに貧乏していると言っていますが、それは実態をよくしらないからです。もう地方の国立大学は貧乏です。それも極貧です。皆さん、よくわかっていないみたいです。元文部大臣だった田中真紀子さんじゃないですが、正直、大学の数多すぎないでしょうか。
(おわりに)
N大のK先生、研究費に対する悩みは多いですね。私はあと1年半で定年で、研究費の逼迫に苦しむのはあとわずかですが、先生はずっとお若いので、まだまだ外部資金獲得に全身全霊を注がないといけませんよね。何卒、心身ともにご健康で、サバイバルゲームに生き残ってください。
平成29年(2017年)8月24日 随筆
令和5年 (2023年)10月9日 加筆
*なお、冒頭の国立大学のイラストは、下記のURLからフリー画像を使用させて頂きました。
https://www.ac-illust.com/main/search_result.php?word=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%A4%A7%E5%AD%A6
