高野秀行さんは、現代の間宮林蔵、菅江真澄、松浦武四郎だ!
(はじめに)
最近の1か月、高野秀行さんの本を11冊も集中して読みました。とにかく、面白い!
高野さんは、現代の間宮林蔵、菅江真澄、松浦武四郎だと、思いました。
以下の11冊のタイトル[1-11]を見て、すぐわかるのは、高野さんはとにかく辺境に行って、そこの人々と交流して、未知の生物や言語、風俗習慣を、とことん、調べて身に付けていく。我々の知らない、誰もいったことのない辺境に地を渡り歩く、ということです。
1. 江戸時代の間宮林蔵
探検家というと、なんか違う、民俗学者とも違う、考古学者とも違う。何だこの人!? この人の本は、本屋のどこの棚にも分類されない不思議な魅力があります。11冊読み終えて、こんなジャンルの本ってないよなぁと…反芻しながら寝ました。朝起きたら、そういえば、40年位昔、間宮林蔵が書いた東韃紀行と、高野さんの本と雰囲気がそっくりだったことに、はっと気がつきました。そうだ、この高野秀幸さんは、現代の間宮林蔵、菅江真澄、松浦武四郎だと、思ったのです。
皆さんご存知のように、間宮林蔵は、樺太が島であることを発見した人として知られていますよね。間宮林蔵は、蝦夷地探索のため、北樺太に赴きそこでオロチョン人だったかギリヤーク人の酋長と懇意になりました。きっと原住民の言葉も覚えたのでしょう。そして、そこの人々の信頼を得て、その酋長が納税(毛皮)の為、黒竜江中流にある清の出先機関に出向く機会をとらえて、いっしょに、大陸に渡ってデーレンまで行きました。江戸時代外国への出国はご法度だったのに、すごい勇気です。早い話、密航ですね。そして、間宮は清の役人とは漢文で筆談しました。清朝の役人からは、お前は、字が読めるのかと驚かれたといいます。
2. 現代、高野秀行さんのコンゴでの探検活動
高野さんも、アフリカのコンゴで、未知生物がいるという噂を確かめようと、コンゴ政府に入国とその噂の地域への立ち入りの許可を得ようと、フランス語で交渉を頑張りました。ほとんど不可能と思われたのですがコンゴ政府は、未知生物を発見したら、それはコンゴ政府のものという約束で、ようやく許可が下りたのです。このような難しい交渉をフランス語で何とかこなして、ようやく立ち入り禁止地帯の入る事が出来ました。でも、そこの民族の共通語はリンガラ語で、奥地に入ったら、今度はそこの部族はまた別の言語を話しているのです。何と、コンゴは、言語が3重の階層社会だったのです。そのため高野さんは、最上階のフランス語の他に中2階のリンガラ語と、最下層の部族語も習得しました。語学の天才ですね[2]。それらの言語を習得し情報収集しても、なお、未知の生物は、結果的には見つからず、むなしく日本に帰国しました。いろんなマスコミからは、「しょせん、大学生の探検ごっこだ。」と揶揄され、大変落ち込んだそうです。
3. 高野秀行さんの黄金の三角地帯での探検活動
これではならじと、次は、東南アジアの秘境、タイ、ビルマ、中国の3国国境付近、いわゆる黄金の三角地帯、世界最大の阿片栽培地域に、潜入して、その地域に住むワ族と生活しながら、阿片の栽培がどう行われて、どうゆうふうにシャン軍事政府に税金として納めているのか現地潜入捜査をすることにしました。そこで、大変な努力の後、ワ族の村に7ヶ月も滞在してルポルタージュを敢行します。そのために必要な、中国語、タイ語、ビルマ語、シャン語、ワ語を習得しました。現地の言葉を習得しなければ、心を許して話してもらえないからです。すごい。語学の天才ですね[2]。こんな事が出来るのは、世界中で高野さんだけでした。帰国後に書いた本[4]は、日本ではほとんど評価されませんでしたが、この英語版は、世界中から称賛されました。その潜入して長期滞在した村はあまりも貧しいのですが、シャン軍事政府への税金は、唯一の換金作物の阿片でしか賄えないということがわかりました。村人は、阿片を吸うために作っているのではなく、軍事政権に税金を納めるためにこの換金農業作物の阿片を作っているだけなのでした。ビルマ(ミャンマー)政府からもシャン軍事政府からも、2重の政治的な支配を受けており、それでも村民は、何とか生きていることがわかりました。素晴らしいルポルタージュだと思いました。
(おわりに)
高野秀行さんの本を、一気に11冊読んで、大変感銘を受けました。これらの本から、高野さんを今までの分類に当てはめようとしても、全然当てはまらないのです。この人を、たんなる探検家というと、なんか違う、民俗学者とも違う、考古学者とも違う。類例が、見当たらないので、本屋に行っても図書館に行っても、高野さんの本はバラバラの本棚に置かれています。そこで、私は、今朝はっと気が付いたのです「この人、現代の間宮林蔵、菅江真澄[12]、松浦武四郎[13]だ!」と。
参考文献
1. 高野 秀行、恋するソマリア、2015/1/26
2. 高野 秀行、語学の天才まで1億光年、2022/9/5
3. 高野秀行、移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活 、2012年11月
4. 高野 秀行、ビルマ・アヘン王国潜入記 – 1998/10/1
5. 高野秀行 、アジア未知動物紀行 ベトナム・奄美・アフガニスタン、2009年9月
6. 高野秀行、世にも奇妙なマラソン大会、2011/2/2
7. 高野 秀行、世界のシワに夢を見ろ!– 2005年9月
8. 高野秀行 、間違う力 オンリーワンになるための10か条– 2010/3/17
9. 高野秀行 、幻のアフリカ納豆を追え! : そして現れた– 2020/8/27
10. 高野 秀行 (著), スケラッコ (イラスト) 、世界の納豆をめぐる探検– 2024/10/11
11. 高野 秀行 、 角幡 唯介、地図のない場所で眠りたい、2014年4月
12. 菅江真澄(すがえますみ)(1754〔宝暦4〕年~1829〔文政12〕年)は、江戸時代後期、現在の愛知県を出立し、長野、新潟、そして東北地方や北海道を旅して歩き、様々な民俗学的な記録を残した人物。諏訪大社の御頭祭の記録、秋田の今はなき八郎潟の漁業など秋田地域の民俗の記録が有名、秋田県立博物館に菅江真澄資料センターがある。
13. 松浦 武四郎(まつうら たけしろう、文化15年2月6日〈1818年3月12日〉 - 明治21年〈1888年〉2月10日)は、江戸時代末期(幕末)から明治にかけての探検家・浮世絵師・著述家・好古家。蝦夷地を探査し、北海道という名前を考案し、アイヌ民族・アイヌ文化の研究・記録を残した。著書:近世蝦夷人物誌ほか。
令和7年(2025年)4月11日 随筆
令和7年(2025年)4月25日 加筆
*なお、冒頭の高野秀行さんのお写真は、下記のXから引用させて頂きました。
https://x.com/daruma1021?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor
