あほう老士、二世帯住宅の生活音について教えを垂れる
「あほうじゃのう……」
縁側で湯呑みを揺らしながら、
あほう老士がぽつりと言った。
「二世帯住宅で一番壊れるのは、
壁でも柱でもない」
相談に来た若夫婦が首をかしげる。
「じゃあ何が壊れるんですか?」
老士は、ふう、と茶をすすった。
「静けさじゃ」
__________
「老士様、それどういう意味ですか?」
「おぬしら、夜中に上の階を
ドタドタ歩かれたことはあるか?」
「あります! アパートの時!
めちゃくちゃ気になりました!」
「うむ。
人はのう、“聞こえんはず”と思うとる音ほど、
聞こえた時に腹が立つんじゃ」
亭主は少し考えてから言った。
「でも家族同士のことでしょ?」
「最初はの」
老士は静かにうなずいた。
「最初は、
上の階で孫が走る音すら嬉しい。
“今日も元気じゃのう”
とな」
「ほほえましいじゃないですか」
「じゃが人は慣れる」
「ダメなんですか?」
「慣れると今度は、音だけが残るんじゃ」
__________
老士は、遠くを見るような目をした。
「昔、医者をしとる友人から
相談を受けたことがあっての」
「ほうほう」
「新築したばかりの二世帯住宅じゃった」
「いい家だったんでしょうね?」
「本人は大満足じゃったろうな」
老士は苦笑した。
「ある日、近い将来に同居予定の
嫁さんの両親を泊めたそうじゃ」
楽しい夕食が終わり、
さて寝ましょうとなった。
そして翌朝。
嫁さんが、
母親に小さく耳打ちされたそうじゃ。
『この家は2階の声がよく聞こえるから、
気を付けなさい』
若夫婦の顔が固まった。
「……うわ」
「うむ」
「それ、
夜のアレまで……?」
「これ、想像するでない」
「いや想像してしまいますよ!」
老士は肩を揺らして笑った。
「じゃが本人は、
それを聞くまで全く気付いておらなんだ」
「キツいなあ……」
「その後、
何とも言えん空気になったそうじゃ」
__________
「でも老士様、
そんな聞こえるもんなん?」
「聞こえる」
老士は即答した。
「特に軽い建物ほどの」
「木造とか?」
「木造が悪いわけではない」
老士は指を一本立てた。
「じゃが、
“知らずに建てる”のが怖いんじゃ」
__________
「音はのう、
空気だけを伝わるわけではない」
「え?」
「床も、
柱も、
家具も揺れる」
老士は机を指で軽く叩いた。
コン、と小さな音が響いた。
「例えば、
歯をカチカチ鳴らすと、
耳ではなく頭に響く感じがあるじゃろ」
「あー、あります」
「個体伝播音というが、あれに近い」
「へえ……」
「2階を歩く音も、
家具を引く音も、
家全体を震わせながら伝わる」
若夫婦は少し真面目な顔になった。
「じゃあ、
二世帯住宅って難しいんですね」
「難しい」
老士はうなずいた。
「じゃが、
怖がる必要はない」
「えッ?」
「最初から“音”を設計に入れておけば、
かなり防げる」
__________
「多くの者は、
間取りばかり気にする」
・玄関を分けるか
・風呂を共有するか
・キッチンはどうするか
「じゃが本当に人間関係を削るのは、
毎日の小さなストレスじゃ」
老士は湯呑みを置いた。
「夜中の足音」
「引き戸の音」
「椅子を引く音」
「洗濯機」
「孫の走る音」
「それが毎日、
積もる」
若夫婦は黙って聞いていた。
__________
「老士様――」
「なんじゃ」
「二世帯住宅って、
失敗すること多いんですか?」
老士は少し考えてから答えた。
「設計より先に、
“遠慮”が壊れる家は多いの」
「遠慮?」
「人は家族ほど、
言いにくい場合もある」
『うるさい』
その一言が飲み込まれ続ける。
「だから、
音は小さいうちに対策せねばならん」
老士は立ち上がりながら言った。
「家はのう、
雨風だけ防げば良いわけではない」
「はい――」
「人間関係を守れねば、
良い家とは言えんのじゃ」
縁側に、
夕方の風が静かに吹き抜けた。
亭主はしばらく黙ったあと、
小さくつぶやいた。
「……なんか、家って深いですね」
老士は笑った。
「あほう。
じゃから面白いんじゃ」
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こちらの記事 では
解説調で書いています。
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