父の話。①|摂食障害克服中|同棲準備
こんにちは、こんばんは、おはようございます。
かにぱんです。
昨日に引き続き家族について、自分の考えをまとめるために書いていこうと思います。
摂食障害罹患者は、母親との関係に問題を抱えているケースが多いとよく言われます。
私も例に漏れず母との関係はあまり良くないですが、それについては過去の投稿でお話してきました。
しかし、父について詳しく書いてことがなかったなと思い、今回は父について書くことにしました。
思っていたより長くなってしまったので、前後編で分けます。
時代錯誤な昭和親父
私の父を簡潔に言い表すなら『時代錯誤な昭和親父』としか言いようがありません。
多様性の時代と謳われて久しい昨今、父は未だに同性愛のことを精神疾患だと思っています。
マイノリティーとされる事柄にはとりわけ理解がなく、批判的です。
その批判内容は全くもって的を射ておらず、「気持ち悪い」など感情的で、反論すれば「頭の悪い奴にはわからない」など、自分と異なる意見には耳を傾けません。
意地が悪くて攻撃的なことを言っているのではなく、本気で理解が及ばない頭の作りをしているようです。
時代は令和だというのに、自身が生まれ育った昭和から未だにアップデートできないままでいるのです。
ちなみに精神疾患のほとんどが脳の病気であることも理解できず、「弱いから」「甘えているから」などの無知全開な批判をします。
理解できない、する気もないなら関わらなければいいのに、なぜか自ら首を突っ込んできて人を傷付ける発言をします。
姉贔屓
父は姉が大好きです。
長子で女の子なら当然ですね。
私が生まれた後も優先順位は変わらず、車の助手席に座るのも、歩く時に隣に並んで手を繋ぐのも全部姉でした。
私は父に構ってほしかったけど、姉に阻まれるのでいつも父の後ろ姿ばかり眺めていました。
姉が不在なときも、父は母にべったりで私を構うことは酔っぱらった時だけでした。
しかし、当時は父方の祖父母と叔母家族(叔母と10歳くらい年の離れた2人姉妹)の三世帯で暮らしていたため、誰にも面倒を見てもらえなかったかと言われるとそうではありませんでした。
母や父は常に批判的で、やることなすこと全てに関する自信を削ぎ落されましたが、叔母達は優しかったです。
絵を描けば、母は「ここが変だね」「ここは違う色じゃない?」など粗捜しをしてきましたが、叔母達は「すごいね!上手だね!」と褒めてくれたし、一緒に遊んでもくれました。
しかし、叔母達と遊んでいると姉が割って入ってきて居場所を奪われました。
家族が寝静まった後、リビングでテレビを観ている父の元へ行き、毎日のように同じ質問をしてたのを今でもはっきりと覚えています。
「ママと○○ちゃん(姉)と私、誰が1番好き?」
すると、父は決まって「みんな1番だよ」と答えました。
私はそれが大変不服でした。
なぜなら、1番はどう見ても姉で、2番ですら母だったからです。
父を嘘吐きだと思う一方で、嘘でいいから1度だけでいいから私が1番だと言ってほしかったです。
ついにそれが叶う日は来ませんでした。
中間子の宿命か
父は私に無関心でした。
そう思う瞬間は日常生活の中にたくさん潜んでいましたが、特に「本当に私のことはどうでもいいんだな」と感じたエピソードがあります。
1つ目は、大学に進学するため奨学金を借りることになった時、申請書類に両親の署名をもらう必要がありました。
姉も奨学金を借りていたので、2年前に全く同じ書類に同じことを書いたことがあり、書き方はわかっていたはずです。
姉の時は書類を渡された瞬間にすぐに記入していましたが、「後で書くから」と言われ、放置されていました。
提出期限の日までには書いておいてと頼んでおきました。
そして、期限当日の朝、父の署名の欄が空欄のままでした。
この時、父は既に出勤していて家にいませんでした。
こんな大事なものでさえ忘れられてしまうのかと絶望したのを覚えています。
2つ目は、県外の大学へ進学をしたので引っ越しを予定していましたが、父は私が何県に引っ越すのか、何日に引っ越すのかを知りませんでした。
「いつ行くんだ?」と引っ越しの前日に聞かれたので「明日だよ」と言うと父は驚きならが、「○○県だっけ?」と全然違う県名を言いました。
「○○県だよ」と答えると「そんな遠くなのか!もっと近くでもよかったんじゃないか?」と超絶今更なことを口走ったのでした。
ちなみに進学する大学名ももちろん知りませんでした。
ただ、専攻が美術なことだけなぜか知っており、「絵なんか描いて何になるんだ」と嫌味は一生言われ続けていました。
酒癖の悪さ
父が私に構うのは酔っぱらった時だけと先述しましたが、これが今でも心に傷として根差しています。
父は仕事から帰ってくるとすぐにお酒を飲み始めました。
飲まない日は1日もありません。
極度の絡み酒なので面倒でしたが、アルコール依存症ではなく、ただ酒癖が悪いだけでした。
酔うと批判的な態度が更に尊大になり、目につく全てに対してご高説を垂れておられました。
私も「使えない」「だからお前はダメなんだ」などと叱責されることがままありました。
めちゃくちゃ途中ですが、2,000字を超えたので前編はこのへんで。
後編は明日公開します。
それではまた。
