光の根源を「拡張」するピンホール写真:岡本明才「Pinhole Camera Extended」展@Kanzan Gallery レビュー / に、かこつけてのピンホールやカメラオブスキュラなどに関わる作家などのあれこれ
現在、東京・東神田のKanzan Galleryでは、写真家・岡本明才(おかもと めいさい、1971年生まれ、高知市在住)の個展「Pinhole Camera Extended(ピンホールカメラ・エクステンデッド)」が開催されている。2025年6月7日(土)から7月13日(日)まで開催される本展は、キュレーターの菊田樹子による企画で、岡本が19年間にわたり探求し続けてきたピンホールカメラの表現の「拡張」を辿る貴重な機会となる。
Kanzan Gallery

岡本明才が問いかける「見える」とは何か
岡本明才とピンホールカメラとの出会いは2006年である。複数の時間を1枚の写真に表現しようと試みる中で、Google検索を通じて「ピンホールカメラ」の存在を知った。半信半疑ながらも軽トラックの荷台に幅・高さ約190cmもの巨大なピンホールカメラを自作し、成功を収めたことから、彼のユニークな創作活動は始まった。

岡本は、「私の制作は『写す』ことから始まるのではなく、装置を作ること、つまり『写る仕組み』そのものを構築する行為から始まる」と語る。この徹底した実践主義は、彼が高知の「九龍城」とも呼ばれる(良く言えば)セルフビルドマンション「沢田マンション」(日本一の不法建築として名高いらしい)で暮らした経験に裏打ちされている。「思いついたらまず手を動かしてみる」という姿勢が個人的には非常に好ましい。部屋や段ボールをカメラにする試みから、5m四方の超巨大カメラ、自転車に付属した移動式カメラ、さらには建物の既存の開口部を利用した撮影へと、その挑戦は多岐にわたる。いいですね〜。こういう人好きだな〜。
この辺りのことは上の岡本のYoutube チャンネルに詳しい。

(あの時代は平和でよかったな〜/そんな時代はない)。
彼の関心は単なる優れた装置の開発にとどまらない。カメラを「光の現象を観察し、再構成するための実験装置」と捉え、その現象を写真として可視化することで、「『見えるとは何か』『写るとは何か』」という根源的な問いを投げかける。作品の中にピンホールカメラの「穴」そのものを含めることで、風景を写す構造を可視化し、写す者と写される者の関係性にも示唆を与えている。また、岡本にとってピンホールカメラでの制作は、古典技法への回帰とは一線を画す。デジタルカメラも積極的に活用し、双方の特性を活かすことで、シンプルな構造を多様な方向に「エクステンド(拡張)」させ、「見えること」「写ること」への問いかけを深化させている。
先行作家との対話:光の装置が織りなす現代写真の潮流
ピンホールカメラは、暗箱の片面に小さな針穴をあけ、そこから入り込む光によって像を得るレンズを用いないカメラのことである。箱の内側の、穴をあけた側面の反対側に感光素材を設置し、穴から入った光が結ぶ倒立像を定着させる。レンズを用いるカメラよりも光量が少ないため長い露光時間が必要で、得られる像のディテールには限界があるが、その素朴な描写力が魅力となり、多くの愛好者を生み出してきた。特に1960年代以降は、現代美術の分野において、この原初的なカメラをあえて用いる作家が数多く登場している。2001年からは、毎年4月の最終日曜日にイベント「世界ピンホール写真デー(Worldwide Pinhole Photography Day)」が開催されており、また、2005年には「日本針穴写真協会(Japan Pinhole Photographic Society)」が、2006年には「ピンホール写真芸術学会(Pinhole Photographic Art Society)」が創設されるなど、その活動は広がりを見せているそうだ。
岡本の作品は、こうしたピンホールカメラを用いた先行例を意識はしていないかもしれないが、必然的に組み込まれ、それらとの対話の中に位置づけられる。
日本における先行者:山中信夫のまなざしを越えて
日本のコンテンポラリー写真において、カメラそのものの存在、視覚の仕組み、写真におけるリアリティといったテーマを深く探求した重要な作家として、山中信夫(やまなか のぶお、1948-1982)が挙げられる。山中信夫は、わずか12年という短い活動期間の中で、映像、イヴェント、パフォーマンス、インスタレーション、ランド・アートなど様々な表現形式を横断しながら、写真というメディアの根源的な問いと格闘した。
彼のキャリアは、1971年の《川を写したフィルムを川に映す》から幕を開ける。この作品は、多摩川上流で撮影した16mmフィルムの映像を、二子玉川近くの堤から実際の川面に投影するというものであった。美術館や画廊といった既存の枠組みの外で発表するという当時の「第一次美共闘REVOLUTION委員会」の取り決めに沿ったものであり(当事者の証言によると取り決めw真面目に守った作家は少ないようだが…)、クリストやロバート・スミッソン、アラン・カプローといった当時のランド・アートやオフ・ミュージアムといった動向からの影響がうかがえる。また、ジョセフ・コスースや高松次郎に見られるような、自己言及的に芸術の存立根拠を問うコンセプチュアル・アートの文脈からも評価されている。山中自身が「川やってたらピンホールになって、同じ感じなわけである」と語るように、この「ムービー」としてのデビュー作からピンホールを用いた表現へと自然な形で展開していった。
翌1972年には、「第5回 現代の造形〈映像表現 ’72〉もの、場、時間、空間-Equivalent Cinema-」(京都市美術館)にて、2×2×4mの巨大な暗箱《ピンホール・カメラ》を発表した。観客は暗闇の箱(カメラ・オブスクラ)の中に入り、小さな穴から投影される縮小反転した展覧会場全体をリアルタイムで眺めるという、体験型の「ムービー」作品であった。山中は《川を写したフィルムを川に映す》も《ピンホール・カメラ》も共にムービーであったと指摘しており、彼の活動全体を貫く「時間」への関心が伺える。
「映像表現 ’72」は、劇場での映画上映ではなく、美術館での映像展示の可能性を探ることをコンセプトにしていた。映画がスクリーン「内部」におけるイリュージョンとしての時間や空間を問題にするのに対し、この展覧会はフィルム、プロジェクター、スクリーンといった物理的な装置、そしてそれらが織りなす空間といったスクリーン「外部」をも等価(equivalent)に作品として扱う「美術としての映像」を標榜した。山中はこれに参加しつつも、美術としての映像の自律性や、現実と虚構、美術と映画の二項対立といった考えからは距離を置き、「普通の映画のスタイルでも美術として考えていくとか、そっちの方がいいと思うのである」と述べている。美術館の映画館化ではなく、展覧会を上映する映画館のような「箱」を展示室に入れ子状に設置した山中の作品は、1970年前後に美術家が直面したミニマル・アート(物体性)とコンセプチュアル・アート(観念性)双方の問題意識に鋭く反応していた。さらに、これらの作品の固有性や自律性が、美術館という場と制度に依存した自足でしかない点を乗り越えようとするものでもあった。
体験型ムービー作品の発表翌年、1973年にはピンホールを用いた取り組みが多角的に展開する。一つは、手持ちカメラを改造したピンホール・カメラで東京の街を撮影したシリーズである。もう一つは「第6回 現代の造形〈映像表現’73〉―写真・フィルム・ビデオ―」(京都市美術館、1973年9月)に出品された《ピンホール・ルーム REVOLUTION 1》に始まる、自宅の部屋を丸ごとピンホール・カメラに仕立てたシリーズである。壁に開けた穴から投影される外部の風景を、対向する壁の全面にリスフィルムを貼り付けて撮影した。

これらの作品に共通するのは、《ピンホール・カメラ》のように現在時の鑑賞体験に主眼を置いたムービーではなく、イメージが印画紙へ定着された「写真」となったことである。ピンホールカメラでの撮影は、ファインダーを覗いて瞬間的にシャッターを押す通常の写真とは異なり、長時間露光を要するため、数時間から時には48時間にも及ぶ「待ち」の時間が発生する。この特性によって、写真=イメージは、箱の中で見ている主体/主観から半ば切り離される事態が生じる。山中はこれを「幽体離脱のように二重化した主体/主観の一方が、箱の外へと出ていくような事態」と表現している。ポータブルなカメラで撮影されたシリーズでは文字通り実践され、「部屋型」のシリーズでは室内にいる山中自身が影として像化される形で、この「箱の外へ出る」行為が示唆される。

ピンホールカメラで撮影した初めての作品。
一つの風景に複数の時間を入れたいと考え、大きなカメラを自作。
後略(出品リストにはもっとご説明が…)

山中にとって、ピンホールカメラの長時間露光と印画紙への定着は、時間と空間の切断という作品の外延決定を前景化させるものでもあった。「川に川を映す」とピンホールが「ムービー」でつながっているのは、作品化をめぐる時間と空間への山中の認識が両者をつないでいるからにほかならない。そして、この時間と空間の切断の方法として、主体の「切り離しと二重化/箱から外へ出ること」がある。山中は、カメラ・オブスクラが箱の中の主体がその外に広がる世界を穴を通して受け取るという視覚モデルとして解釈されてきたことを踏まえつつも、自身が考える時間と空間の切断は、暗箱の「内」に立った主体の位置でも、その構造自体を俯瞰する「外」に立って為されるのでもないと述べる。彼の言う「内側から切る」とは、箱の内外やフレームの内外といった意味ではなく、「世界内において」世界を切り取ること、すなわち切断が世界との接続を失わないために、彼は箱から外へ出たのだと解釈できる。

1980年から81年にかけて展開された《マチュピチュの太陽》《ニューヨークの太陽》《東京の太陽》の3部作には、この「箱から外へ出る」ことで「内側から切る」感覚が顕著に表れている。《東京の太陽》の一枚では、山中自身の姿が露光中に座っていた場所に半透明の状態で写り込んでいる。これは、世界と山中との関係が「主体-壁(穴)-世界」という直線的、二項対立的、静的なものではなく、山中が世界の内を移動する中で生成されたイメージであることを示す。
また、1977年にパリの画廊「Liliane & Michel Durand-Dessert」の空間をピンホール・カメラに仕立てた展示では、遠くの丘から画廊の映り具合を見ていたエピソードが残されている。これは、見ることはできないが、一人の人間のまなざしが「こちら側とあちら側両方に、そして同時にある」という幻影のようなイメージが立ち上がってくる興味深い事例である。1973年のピンホール写真シリーズが、どちらかといえば穴を内側から開ける、箱(暗闇)から恐る恐る外に出ていくような印象だったのに対し、80年代のシリーズでは、半透明のイメージ、太陽そのもののイメージ、そして穴を縁取る輝かしい光の環などによって、むしろ「あちらからこちらへ向かってくる」印象を強く感じさせる。そこに「溶け込んで」世界の内からまなざしてくる山中が存在するのだ。

近代において作品は、世界から切り取られ、そのフレームの内で自律、完結すべきものとされてきた。しかし、山中の作品における時間と空間の切り取り=作品化は、自足したモノとして作品を残すことを主要な問題にしていなかった。彼の写真は、むしろモノとしての対象化や固定化を拒み、作品がその切り閉じの外へ川のように流出し、太陽光のように拡散していることを示す。そしてその流出と拡散の向こうに、作品の内側とはまったく異なる原理に司られた事象がいくつも存在することこそを示唆しているのだ。
山中信夫の写真は、わずか10cmほどの円形に眼を凝らすとき、観者は風景へ向けられた山中のまなざしに半ば同化しつつも、同時に、風景に溶け込み、こちらをまなざしてくる山中をも知覚する。ありふれた風景に思われたそのイメージに、見えるはずのない/見たことのない出来事が確かに見えてしまっている。その驚きに、写真を見ている私たちが立脚すると信じて疑わなかった「いま、ここ」という場の揺るぎなさは不安定なものとなるだろう。彼の作品は、世界そのものの豊饒さと複雑さ、そしてその確かさを祝福し、私たちの知覚を揺さぶる力を持っている。
今回岡本氏は山中信夫の栃木県立美術館での回顧展の表紙に開いた穴(もちろん山中のシンボルとしてのピンホールを想起させる穴)を用いた作品を制作し展示するなど、先達としての山中信夫への敬愛の念を隠していない。

学芸員さんもさぞかしお慶びのことであろう。

アベラルド・モレルとの共通点と相違点
大規模なカメラオブスクラやピンホールカメラを用いた作品で世界的に知られる作家としては、キューバ出身の現代写真家、アベラルド・モレル(Abelardo Morell、1948年生まれ)の存在が不可欠である。
モレルは1962年にキューバからニューヨークへ移住し、ボウディン大学で学士号を、イェール大学美術学部で修士号を取得した。彼は、部屋全体をカメラオブスクラに変え、外部の風景を室内に投影する作品「Camera Obscura」で特に知られている。

また、自身が考案した「テントカメラ」を用いて、風景と地面のテクスチャーを融合させる作品「Tent-Camera」も制作している。モレルの作品タイトルは率直でリテラルである。初期作品からレンズや光学現象への関心が高く、そこからの作品化や言及が多い。マサチューセッツ美術大学の教授(現在は名誉教授)を務め、1992年にはシンタス財団フェローシップ、1993年にはグッゲンハイム財団フェローシップを受賞するなど、数々の栄誉に輝いている。彼の作品は、2013年にシカゴ美術館で開催された「Abelardo Morell: The Universe Next Door」で大々的な回顧展が開催されるなど、高く評価されている。
岡本明才の制作とアベラルド・モレルの作品には、以下のような共通点と相違点が見られる。
共通点:
• 大規模なカメラオブスクラ/ピンホールカメラの利用: どちらの作家も、建物や部屋全体をカメラに変えるという大規模な試みを行い、その場でしか体験できない視覚の変容を追求している。
• 「見る」行為への問いかけ: レンズを通さない、あるいは空間そのものをカメラとすることで、私たちが普段いかに「見慣れた」世界を見ているか、そしてその見え方がいかに構築されているかを問い直そうとしている。
• 現実の変容: 日常的な風景が、カメラオブスクラやピンホールを通して投影されることで、詩的、あるいは哲学的な意味合いを帯びたイメージへと変容する点。
• 内部空間と外部空間の融合または多重化、合成:ピンホール現象により屋外の光景が室内あるいは地面などに投影され、両者が現実にはありえない融合を見せる。
• 投影面の再撮影:ピンホール現象によって得られた像を直接見せるのではなく、カメラによる再撮影によって、写真作品としてリプリゼンテーションする。
相違点
目的とアプローチ
◦ モレル: 主に既存の室内空間を暗室化し、その壁に外部の風景が投影される「現象」そのものを捉え、日常の風景が持つ潜在的な神秘性や詩情を浮き彫りにすることに焦点を当てる。彼のテントカメラの最大の特徴は、撮影地(被写体)の風景と、足場である(通常は映らない)カメラを構えた撮影地が同時にかつ多重に映像化されることである。 テント内部の地面に投影された風景と、その地面自体の質感(土、石、草など)が、一枚の写真の中で融合し、新たな視覚的レイヤーを生み出している。これにより、単なる風景の記録に留まらず、撮影者がその場に「いる」ことの身体性や、風景を構成する最小単位の要素(地面)への意識が強く喚起される。
◦ 岡本: モレルが既成の空間に「光を招き入れる」のに対し、岡本は自ら「写る仕組み」を構築する行為、すなわち「装置を作る」ことそのものから制作を始める。軽トラックの荷台、段ボール、移動式カメラ、そして建物の既存の開口部など、彼が作り出すカメラは、モレルの作品が持つ「部屋の中に外の世界が映し出される」という視覚的な驚きに加え、その構築プロセス」と「身体性」が強く意識される。
日本におけるピンホール表現の新たな地平:作家たちの時系列と光の探求
日本の現代写真におけるピンホール表現は、山中信夫がその先鞭をつけ、早世した彼の死後に本格的な活躍を始めた宮本隆司(1947年生まれ)、鈴鹿芳康(1947年生まれ)、そしてその後の世代の佐藤時啓(1957年生まれ)、畠山直哉(1958年生まれ)、ホンマタカシ(1962年生まれ)、山本渉(1986年生まれ)、今回の岡本明才(1971年生まれ)へと続く、ある種の系譜を形成している。山中と宮本、鈴鹿はほぼ同年代かつ同じ多摩美術大学に在学していたことから、日本の現代写真における光と視覚の探求の土壌が、共通の学術的あるいは時代的背景を持つ作家たちの間で育まれたことが伺える。
宮本隆司:廃墟に刻まれた時間の痕跡と「箱の時間」
建築写真家として知られる宮本隆司(1947年東京生まれ)は、中野刑務所や日比谷映画劇場、香港の九龍城砦など、解体される運命にある歴史的建造物を静謐なモノクローム写真で捉えたシリーズ『建築の黙示録』(1988年)でその名を一躍知られ、第14回木村伊兵衛写真賞を受賞した。1995年には阪神淡路大震災直後の被災地を撮影した写真集『Kobe1995: After the Earthquake』を上梓し、翌年のヴェネチア・ビエンナーレ建築展では「震災の亀裂」で金獅子賞を受賞するなど、一貫して都市の崩壊と再生の光景を撮り続ける「廃墟の写真家」として世界的な注目を集め続けている。
宮本は1990年代より、自身が「ピンホールの家」と呼ぶシリーズを展開した。これは、厚紙や段ボールで大型のピンホールカメラを自作し、その内部に自身が入り込んで撮影を行うという独特なスタイルである。ホームレスが居住するダンボール・ハウスに着目した「CARDBOARD HOUSES」シリーズ(『ダンボールの家』)から派生したこの試みは、2005年の「宮本隆司写真展|箱の時間」展で未公開作品が紹介されるなど、宮本のキャリアを語る上で重要なキーワードとなっている。宮本は、残飯や廃材を求めて都市を徘徊するホームレスを「都市の狩猟採集民」と呼び、彼らが構築したダンボール製の家を「現代社会の諸問題により構築された最小単位の建築物」と捉えた。

宮本にとってピンホールカメラは、ピントを合わせる操作やフレームを切り取るといった、通常のカメラが持つ機能を極限まで取り去った、「不自由なカメラのように思われがちだが、実は制約がないとも言える」メディアである。ファインダーが存在しないため、「いいかげんに画面を設定することしか出来ない」という不確かさや、露光時間の長さから「不鮮明でつかみどころのない不確かな世界」が写し出される。しかし、それはレンズ、フォーカス、フレーム、シャッター・スピードなどカメラの基本的な機能を極限まで取り去った果てに、「それでもなお見えてくる世界の光景」であり、「すべてを受け入れ、ありのままを写す」ことで、思わぬものが写り込む、原初的な視覚体験を提示する。宮本自身がカメラの中に入り込み、寝そべって撮影するスタイルは、「見ていたはずなのに憶えていない光景」、すなわち「初源の光景」を呼び覚ます試みであり、「赤ん坊が初源の光景を見ることと同じ」ような、純粋な「写る」ことへの感動を追求している。「ピンホールの家」では、ピンホールカメラ内部にこもる撮影者の呼吸や体温といった要素が、写り込む画像にダイレクトに影響を与え、身体と太陽光との根源的な関係が印画紙に刻印されるという。

宮本の「箱」と「家」をめぐるこれらのアプローチは、暗い箱に光を集めて画像を定着させるというカメラの原始的な構造を下敷きに、目紛しく変化する都市文明の形相に、鋭く穴を穿つ、あるいは交流を遮断して沈黙するという、相反するアクションで照応しようとしているかのようだ。肥大化する情報化社会とヴァーチャルな映像体験により、ますます希薄化しつつある「身体」と「家」。彼の作品は、私たち現代人の「内なる廃墟」を、その内と外の両面から写真化して見せる試みだと言えるだろう。岡本が「構築プロセス」や「身体性」に重点を置くのに対し、宮本は既成の建築空間や自作の簡素な構造物に光を招き入れ、その中に宿る歴史や記憶、あるいは人間存在の原初的な側面を顕現化させる点で、異なるアプローチを見せている。しかし、両者ともに空間と光が織りなす「場」の力を引き出すことに腐心している点は共通している。
鈴鹿芳康:旅と共生が紡ぎ出す「風曼荼羅」
鈴鹿芳康(すずか よしやす、1947年神奈川県生まれ)は、1966年から1968年に多摩美術大学油絵科で学び、その後、京都市立芸術大学版画研究室講師や京都芸術大学(旧:京都造形芸術大学)教授、京都大学客員教授などを歴任し、現在は京都芸術大学名誉教授、ピンホール写真芸術学会名誉会長を務めるなど、教育・研究の分野でも多大な貢献をしている。1975年にはフルブライト研究員奨学金を得てサンフランシスコ・アート・インスティチュート写真科に留学している。
彼の作品のテーマは『再生・共生・平安』であり、目指す表現は、目に見えるモノと目にみえないコトの全ての相関と統一性にある。それは人間が自然のなかで、生かされると感じる「必然と偶然」の織りなす意味の探求である。前世紀の科学技術の進歩がもたらした欲望の肥大化と、それに伴う国家・民族・宗教の対立という危機的状況に対し、鈴鹿は、芸術が求められるならば、人間が生きることの根本、生命とは何か、そして地球上に生存する人類の共生という根源的な問題に思いを向けなければならないと考えている。その作業は、人間が古代から今日にいたるまで、万物の一つとして、全体と調和して生かされてきた事実を謙虚に認めることから始まる。
鈴鹿の制作は、東洋の思想と精神を創造の基盤に置きながら、そのための表現がいかにして結実するか模索し、具体的な造形を探し求める、とどまることのない追求の諸相である。
特に、彼のピンホール写真(8×10インチ・フィルム)による「風曼荼羅シリーズ」は、単なる風景写真とは一線を画す。鈴鹿にとって「旅」は日常であり、その旅は決まって易の方位学(九星術)に従って吉方からスタートする。旅立った後は、それは様々な縁によって自分を探し求める旅へと変化していく。このシリーズの写真は、人や風景との出会いのなかで「撮った」というよりも、むしろ自ずと「撮れていた」という感覚に近いと語られている。旅先の人々や風景と共に、彼自身が生かされる旅の過程で生み出される写真なのである。鈴鹿の作品は、被写体を求めて写真を撮る一般的な写真家のそれとは本質的に異なり、彼の「生き方そのものの結果」であると言えるだろう。

彼のピンホール写真制作の最初の被写体は、四国の室戸岬の朝日であった。弘法大師(空海)を深く信仰していた病床の母親の回復を祈願し、空海ゆかりの聖地にピンホールカメラを設置し、日の出の光を待った。以来、日本全国の海岸線を旅して朝日や夕日の光、風、空気を撮影。米国のニューメキシコやアリゾナなどの砂漠地帯、インド、チベット、ネパールなどさまざまな国の聖地に及んでいる。2010年8月6日には、広島に原爆が投下された時間に原爆ドームの上空の太陽を撮影し、負の遺産である聖地でノーモアヒロシマの祈りを込めたという。先述したように鈴鹿は撮影の旅には必ず筮竹や陰陽五行の方位磁石を持参し、方向や場所を決めている。偶然の出合いにこそ、自然や宇宙との関わりの中で「生かされている」ことを実感できるからである。その「偶然と必然」の意味をピンホール写真に込めている。
鈴鹿が自作のピンホールカメラを用いて、そこに投影される風景を写真に収める作品は、自然の微細な変化を捉えることを通して、生命の営みや時間の流れを静かに見つめるような詩情を帯びている。彼のカメラオブスクラは、外部世界と内部世界を結びつける瞑想的な装置としての側面が強く、そこに映し出される像は、見る者の内面に深い問いを投げかける。岡本の制作が「構築」と「拡張」を志向するのに対し、鈴鹿は「暗箱」という限られた空間の中で、外界との繊細な対話を試みていると言えるだろう。鈴鹿が提示する聖地や自然の中の静謐な世界観は、岡本が人工的な装置を通して自然光と対峙する姿勢と対照的でありながら、共に「光」を介して世界を再認識させようとする点で共鳴する。
佐藤時啓:光と身体、そして移動するピンホール体験の探求
佐藤時啓(さとう ときひろ、1957年山形県酒田市生まれ)は、長時間露光と鏡やレンズといった光学的な装置を用いることで、光の軌跡を可視化する「光線画」シリーズなどで知られる美術家・写真家である。1981年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業し、1983年に同大学大学院美術研究科修士課程を修了した。1993年にはメルセデスベンツ “アートスコープ” グランプリを、2015年には第65回芸術選奨文部科学大臣賞および第31回東川賞国内作家賞を受賞している。現在、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授を務めている。国内外のギャラリーや美術館で個展を開催するなど、精力的に活動している。
彼の代表作である「光-呼吸」シリーズでは、夜間に長時間シャッターを開け、作家自身がペンライトや鏡を使って光を発することで、都市や海、木々のなかに光の点と線が浮かび上がる不思議な世界を写し出す。これらの作品は8×10の大判フィルムカメラで撮影され、その幻想的な表現は見る者を魅了する。佐藤は「光そのものが写真に写ることの面白さ」に気づき、光によって写真がカメラの中でゆっくり生成していくことに参加していくような喜びを感じていた。自身の姿は写らないものの、光のゆらぎには身体を動かすことによる「生のゆらぎ」が刻み込まれており、「そこにいる、そこにいない」という展覧会のタイトルにも通じる、存在の曖昧さを問いかける。
佐藤はピンホールカメラを用いた実験も多数行っている。「Gleaning Light」(拾い集める光)という作品では、24個のピンホールカメラを球体にして360度撮影する試みや、8×10のフィルムを入れたピンホールカメラに穴を二つ空けて撮影した作品などを制作している。
さらに佐藤は、参加者が直接その視覚体験を味わうことのできる、移動するピンホールカメラの制作にも力を入れている。自動車で牽引できる「ワンダリングカメラ」は、中に人が入れるほど大きく、ロールサイズの印画紙を床に敷き、撮影が終わると内部で画像を直接見ることができるという、没入型のインスタレーションである。これに加えて、彼が発明した、カメラの原理構造である「カメラオブスクラ」を荷台に乗せたリヤカーを自転車でひっぱることで、外の景色がリヤカーメラ内の白板に映像として映し出される「リヤカーメラ」や、バスをピンホールカメラに変えた「サイトシーイングバスカメラ」といったプロジェクトも展開している。これらの移動するカメラは、単に写真を撮るだけでなく、写真の原理を応用した体験装置として、鑑賞者の身体と光、そして外界との新たな関係性を築くことを目的としている。都市を移動しながら、普段見慣れた風景が光によって再構築される非日常的な体験を提供するこれらのプロジェクトは、時折各地で開催されており、機会があればぜひ体験していただきたい(ただし、状況を想像してみてください、乗り物酔いにご注意〜!)。
また、佐藤の「森の中のカメラ・オブスクラ」は、和歌山熊野の森での滞在制作として行われた。同様に「ツリーハウスカメラ」も森のちから滞在制作(和歌山)の一環として実施されている。
岡本の移動式カメラ(自転車に付属したカメラや軽トラックの荷台をカメラにしたもの)は、佐藤の「ワンダリングカメラ」や「リヤカーメラ」、そして森の中のカメラ・オブスクラやツリーハウスカメラの系譜に連なるものであり、両者が「光の現象を観察し、再構成するための実験装置」としてのカメラを追求している点で共通している。
畠山直哉:「カメラオブスキュラドローイング」と自然へのまなざし
日本の現代写真界を代表する写真家の一人である畠山直哉(はたけやま なおや、1958年生まれ)は、自然と人間との関わりを俯瞰的に捉える作品で国内外から高い評価を受けている。特に石灰岩の採掘現場や鉱山、都市の地下水路など、人工的な介入と自然が交錯する場所に深く切り込み、その壮大で時には畏怖を感じさせる光景を写真に収めてきた。2011年には東京都写真美術館で初の首都圏美術館個展「畠山直哉展 Natural Stories ナチュラル・ストーリーズ」が開催され、話題を呼んだ。この展覧会では、彼の代表作に加え、生まれ故郷である岩手県陸前高田市の震災後の様子を捉えた作品も展示され、パーソナルな側面が初めて作品に取り入れられた。
畠山は、「風景は、そこに実体として存在していたものではなく、僕たちが詩を詠んだり、写真を撮ったりすることによって初めて、僕たちの眼前に価値ある姿として現れてくるものだったのです。」と語り、写真が単なる記録ではなく、人間が世界を認識し意味を与える行為であることを示唆している。
彼の作品制作において特筆すべきは、「自分の外の世界を再構成する」という考えの実践として、カメラ・オブスクラを用いたドローイングを制作している点である。これは、19世紀の写真術の誕生以前から存在した、暗い部屋の小さな穴から入る光が外の景色を壁に投影する仕組みを利用し、投影された像をトレースして描くという古典的な手法である。
2016年3月に京都国立近代美術館で開催されたシンポジウム「写真の複数の〈原点〉―複写・複製・写し」では、写真術の創始者の一人であるウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボットの『自然の鉛筆』をテーマに、畠山直哉が登壇し、カメラ・オブスクラ・ドローイングについて語っている。彼はこのドローイングを「断続的に試みる」と表明しており、写真の根源を常に顧みつつ、新たな写真表現を探り続ける彼の姿勢を象徴している。
私自身が畠山氏の「カメラ・オブスクラ・ドローイング」を初めて観たのは、畠山氏と港千尋氏が担当されていたインターメディウム研究所「大学院」講座の写真コースの修了展「写真に住む」を当時(1998年)大阪球場内にあった住宅展示場内で行った際に、講師の友情出品作として展示していただいた際で(私は学生として出品)、畠山師の故郷の陸前高田近くの採石場を複数の小さな紙に鉛筆で描いて、つなぎ合わせたパノラミックな作品であった。それは紛れもなく手描きのドローイングでありながら写真的であり、描画中には現れた鹿が紙の上を移動していくこともあったということで、動画的なあるいは描画にかかる長い時間も含めた、さらには「いしやま」と名付けられたその作品は畠山氏の幼時からの記憶や体験をも含めた多層で多様な時間性を内包するものであった。

畠山直哉の「カメラオブスキュラドローイング」は、以下の点で岡本明才のピンホール写真と共鳴しつつも、異なるアプローチを見せている。
• 光の「記録」と「再構成」の接点:
◦ 畠山: カメラ・オブスクラを通して投影された像を「描く」という行為は、光によって捉えられた現実を、人間の手によって「再構成」するプロセスである。これは写真の原点にある「写し取る」行為と、絵画の「描く」行為の境界を探る試みと言える。
◦ 岡本: カメラ(装置)を「構築する」ことで、光が像を結ぶ「仕組み」そのものを可視化し、それを写真として定着させる。彼の作品は、光の現象そのものが写真として「拡張」されていく過程を示す。
• 知覚と身体性の関与:
◦ 畠山: ドローイングという身体的な行為を通して、カメラ・オブスクラが映し出す像と人間の知覚の関係性を探る。描くという行為は、単に像を再現するだけでなく、その像を「身体的に」認識し、解釈する過程でもある。
◦ 岡本: 自作の巨大なカメラや移動式カメラなど、スケールの異なる装置を「作る」ことや、その内部に入り込むことによって、光と空間、そして身体の関わりを多角的に探求する。
• 「見えなくてもよいもの」の可視化:
◦ 畠山: 代表作「ブラスト」に見られるように、人間の目では捉えきれない、あるいは通常は意識されない採掘現場の爆破の瞬間を、圧倒的なスケールの映像で提示する。これは、自然への人間の介入が生み出す、ある種の「暴力性」を可視化する試みとも言える。彼のカメラオブスクラドローイングもまた、レンズを通して見慣れた風景ではなく、光の物理現象として現れる「像」を捉え直す行為と言えるだろう。
◦ 岡本: ピンホールの「穴」とカメラの「内部」を同時に写し込むことで、写真がどのように「写っているか」というプロセス自体を可視化する。これは、普段は意識されない写真の「仕組み」を提示し、「見えること」の根源を問い直す。
畠山直哉の「カメラオブスキュラドローイング」は、写真というメディアが生まれる以前の「視覚の装置」へと遡り、光と描画の関係性を再考する。これは、岡本明才がピンホールという「原初的な穴」を通じて写真の可能性を「拡張」しようとする試みと、根底で深く響き合っていると言えるだろう。両者ともに、現代の複雑な視覚環境の中で、光と人間の知覚、そして表現の根源を問い直す重要な実践を展開している。
ホンマタカシ:偶然性と「見ることそれ自体」への問いかけ
ホンマタカシ(1962年東京都生まれ)もまた、ピンホールを用いた作品を手がけている。彼は、現代社会における写真のあり方を常に問い直し、その表現の幅を広げてきた写真家である。1984年に日本大学芸術学部写真学科を中退後、ロンドンに渡り、ファッション写真やドキュメンタリー写真の分野でキャリアを積んだ。帰国後、写真集『東京郊外』(1998年、第24回木村伊兵衛写真賞受賞)で、画一的な開発が進む都市の風景を叙情性を排した視点でとらえた写真作品を発表し、注目を集めた。
ホンマのピンホール作品は、2013年から本格的に始動した。彼のピンホール作品での主要なシリーズである「THE NARCISSISTIC CITY」と「Thirty-Six Views of Mount Fuji」は、ビジネスホテルなどの閉め切った一室を写真機に見立て、小さな穴から屋外の光を取り込むことで、室内の壁に外部の風景を映し出し、印画紙に定着させる。
2023年に東京都写真美術館で開催されたホンマタカシの個展「即興 ホンマタカシ」(英語版タイトル「Revolution 9」)では、これら2シリーズを中心に約50点が公開された。担当学芸員の伊藤貴弘は、展覧会タイトルを「即興」とした理由として、「部屋をピンホールにして撮影するという手法は、露出などのコントロールが難しい。どういう風景が撮影できるかわからないという意味で、偶然性や即興性が強い」点を挙げている。また、「Revolution 9」というタイトルは、偶然性を重視したビートルズの同楽曲に由来するという。

「THE NARCISSISTIC CITY」シリーズでは、国立新美術館や水戸芸術館、ミラノ大聖堂、ニューヨークのクライスラー・ビルディングなど、名建築を被写体としている。ホンマはこれを「建築が建築を撮る」試み、ひいては「都市によって都市を撮影する」というコンセプトが通底していると語る。このシリーズ名は、フランスの美術史家・哲学者ユベール・ダミッシュの著作に由来し、都市へ向けられたまなざしを、ナルキッソスが水面に映る自身の姿に見惚れるように、都市が都市自身を見ている状況になぞらえている。作品には、丹下健三設計の広島平和記念資料館、お台場のフジテレビ本社ビル、磯崎新の水戸芸術館、ザハ・ハディッドによる東大門デザインプラザ(ソウル)などが含まれる。ホンマは、これらの作品に特定の建築への問題意識や写真史への言及、さらには9.11テロやフクシマの暗喩、ベルント&ヒラ・ベッヒャーの給水塔の作品への示唆といった多層的な意味合いを込めている。
会場では、ピンホールルームにセットしたフィルムの前に、段ボールを切って作ったアルファベットの活字を並べて撮影する手法も用いられ、室内に置かれた活字が正体のまま写り、外の風景の電線が倒立像となるという視覚の面白さも提示された。
展示会場の中盤には、太宰府天満宮に所蔵されている鏡のインスタレーション《Seeing Itself》(2015)が展示された。ホンマは、スーザン・ソンタグの「写真とはまず第一に、ものの見方 a way of seeing であって、見ることそれ自体 seeing itself ではない」という言葉を引用し、ナルキッソスのように鏡に映る自身を見つめることによって、私たちに「見ることそれ自体」の機能や意味を問いかける。会場プラン自体もカメラ・オブスクラの構造を彷彿させるもので、中央に黒い壁に覆われた立ち入り不可の正方形の部屋があり、鑑賞者は四面の壁に開けられた丸い穴から中を覗くことで、さらに奥の展示室の作品が見えるという構成であった。これは、作品を離れたところから双眼鏡で見る《Seeing Itself》の延長線上にあり、写真の存在すら消し去り、「見ることそれ自体を作品化する」という彼の究極的な試みへと繋がっている。
また、「Thirty-Six Views of Mount Fuji」シリーズは、葛飾北斎の《富嶽三十六景》に着想を得て、様々な視点から富士山を捉えた作品群である。レンズを用いないピンホールカメラで撮影されたこれらの作品は、『東京郊外』のようなパンフォーカスのカメラレンズによる無機質さとは異なり、「生の風景」が映し取られているため、より自然な印象を与える。しかし、被写体へのまなざしは以前と同じく冷やかに思えるほど粛然としたものに感じられるという指摘もある。
ホンマは、ピンホールカメラでの撮影において、ピント合わせやフレーミングといった操作、そして被写体の主体性さえも極力取り除き、あるがままの姿を映し出そうとする。彼は、カメラ・オブスクラは「意図や主観から離れ、写真の不確実性を受け入れる」メディアであるとし、その日の天候や光の変化でクリアに撮れないことも、微妙に像がズレることも、すべて受け入れると語る。彼は「すべてがコントロールできていつも平均70点の写真を撮るのはつまらない」「『うまく撮ろう』とか『主観を込めよう』とか『真実を写すのが写真だ』といった“狭義の写真”にこだわっている人への僕なりのアンチテーゼがある」と述べ、自身の作品が「写真とは何か」という根源的な問いを投げかけることを示唆している。そして、「Photographyとは語源的にはphoto(=光)をgraphie(=書くこと)だったのに、それを漢字の『写真』と同義にしてしまった不幸からいかにして脱却するか?」という問いかけは、いわゆる写真を否定しながらも、そこに逆説的な愛着を持ち続けるホンマの実験が続いていることを示している。
ロマン・アラリーとアントワーヌ・レヴィ:都市空間を映す「動画」としてのピンホール
フランス人写真家ロマン・アラリー(Romain Alary)とアントワーヌ・レヴィ(Antoine Levi)によるプロジェクト「the stenop.es project」は、ピンホール写真の原理を応用し、都市空間を動画(タイムラプス)として捉える革新的な試みである。彼らは、アパートの部屋を丸ごとカメラ・オブスクラに変換し、窓からの光を小さな穴だけが通るようにすることで、屋外と屋内の風景を融合させる。
このプロジェクトの特徴は、従来のピンホール写真が写真用紙に画像を記録するのに対し、定位置に設置したDSLRカメラで壁に映し出された画像を撮影する点にある。これにより、屋外の建物や地形が室内の日常的な家庭用品と融合した印象的なイメージが、静止画だけでなくタイムラプス動画として生み出される。このアプローチは、もともと流動的な映像を切り取って止めるのが写真であるという、メディアの根源的な特性を再認識させるものである。
「the stenop.es project」のタイムラプス動画やその他の写真は、彼らのウェブサイトで公開されており、パリをはじめとする世界の様々な都市での撮影が展開されている。このプロジェクトは、都市空間における光と時間の流れを、体験的かつ映像的に表現する新たな可能性を提示している。
• 関連プロジェクト:
アーティストのトム・ケアリーとショーン・チルヴァーズが寝室をカメラ・オブスクラとして使用した「in the dark」プロジェクト。
フランチェスコ・カッポーニによる卵を使った実験的なピンホールカメラ「pinhegg」もユニークな試みである。
山本渉:自然との対話が生む実験的なピンホール表現
山本渉(やまもと・わたる、1986年栃木県出身)は、多摩美術大学大学院在学中の2010年から作品発表を始め、2013年の「線を引く」展で注目された写真家、アーティストである。彼は「都市に生きる現代人にとっての自然の考察や、写真というメディアによる自然表象の方法を模索し、多様な自然という言葉の意味を紐解き記録すること」を主題としている。
山本は、ピンホールカメラを用いた実験的な作品を数多く発表しており、特に「春/啓蟄」はその顕著な例である。このシリーズでは、凍らせたフィルムをピンホールカメラにセットし、解凍と露光を同時進行させるという独自の手法が用いられている。これにより、冬から春への季節の移り変わり、つまり生命の目覚めという自然の摂理が、イメージの中に重ねて表現されている。フィルムの解凍とともに露光が進むことで、時間の経過や変化が写真に内在され、単なる記録を超えた詩的な次元を獲得する。山本の地元にある栃木県立美術館は山中信夫のコレクションや展覧会を多く実施していた施設であり、また学部時代は山中と同じ多摩美の上野毛校舎で学ぶなど、私の私見ではあるが山中の世代を超えた後継者としての側面や自負も(そんなに重たい形ではなく)あるように思われる。実際、山中の《川を写したフィルムを川に映す》の再現プロジェクトの際には在学中である(私も教員として学生を連れて夜の多摩川に赴いた)。
また、山本は今回の岡本明才の展覧会レビューの文脈とも共通する、ユニークなピンホール写真の試みを行っている。彼の「エイリアンズ」展では、植物が群生する畦や野原の土を掘り起こし、手製のピンホールカメラを埋め、土を元通りにならして写真を撮影するという手法を採用した。ピンホールの開口部は天に向けられ、太陽からの光を受け感光する。山本は、常に光を求めて太陽へと向かって成長していく植物にピンホールカメラを擬態させたのだと語る。これは、写真を作り出すカメラが植物そのものになりすまして撮影したイメージであり、私たちが写真を通して「植物の眼」を得ることを試みる、という大胆なコンセプトに基づいている。人間とは異なる特性を持った「エイリアン」としての植物がどのように世界を見ているのか、という問いを投げかける作品である。
山本渉の作品は、ピンホールカメラを単なる道具としてではなく、自然現象や時間の流れ、あるいは生命のあり方を考察するための「実験装置」として捉えている点で、岡本明才が「写る仕組み」そのものを構築する姿勢と共鳴する。両者ともに、ピンホールというプリミティブな原理を通じて、私たちが普段意識しない「光」と「見る」ことの根源に迫ろうとしていると言えるだろう。
私、勝又公仁彦の「カメラの家」プロジェクト
ついでに便乗するが、私が2018年に行なった「家」をカメラオブスクラに変える試みについて申し上げたい。大正10年に京都に建てられた町家をまるごと参加者とともに暗室化し、開口部からの光を通して室内に投影された外の景色を体験するというものであった。そこは私にとっては縁あって紹介された新しい住まいであったが、長年人々の暮らしを見守ってきた伝統的な家屋空間であり、その空間が光によって公共の「風景」あるいは私的な「庭」(何が家屋内に映るかはどの壁を開口部とするかに依存している)と一体化する瞬間に立ち会うという、極めて体験的な要素を伴っていた。それは、私たちが日常的にいかに限定された知覚を持っているか、そして光という単純なメディアがいかに世界を変容しうるかを示すものであった。

岡本明才の作品と私のプロジェクトには、以下のような共通点と相違点が見られる。
共通点:
既成の「家」や「建物」の活用: どちらの作家も、自作の箱型カメラだけでなく、既存の建築空間を丸ごとカメラに変えるというアプローチを採用している。これにより、空間と鑑賞者の身体が一体となる、没入感のある体験を生み出している。
日常空間の非日常化: 住まいや見慣れた建物がカメラになることで、普段意識しない光と影の関係性や、外界とのつながりが露わになり、日常が非日常へと変貌している。
相違点:
制作の中心にある「プロセス」と「身体性」:
勝又: プロジェクトにおける体験性と、それによって引き起こされる知覚の変容に重きを置いている。特定の期間、特定の場所でしか味わえない、一回性の強いインスタレーションやプロジェクトとしての側面が強い。
岡本: 彼のステートメントにあるように「写すことから始まるのではなく、装置を作ること、つまり『写る仕組み』そのものを構築する行為から始まる」という点に、より強い主体性と実験精神が見られる。軽トラックや自転車、段ボールなど、多様な素材で大小様々なカメラを「自作」し、そのプロセス自体が作品の一部となっている。これは、単に「家」をカメラにするだけでなく、あらゆるものをカメラに変えるという、より広範な「ものづくり」の哲学に貫かれている。
イメージの記録と提示方法:
勝又: プロジェクトは、その場での体験が重視され、その体験を記録した写真や映像が作品として提示される。
岡本: 投影された像を写真として記録するだけでなく、自身の作品にピンホールカメラの**「穴」そのものを含めることで、「写す」構造を可視化する。また、彼はデジタルカメラを積極的に活用し、ピンホールカメラの原理を現代的な文脈で「拡張」**する試みを行っており、より多角的で実験的なアプローチと言える。
「hole/mirror (孔/鏡)」
私の長期にわたる作品シリーズ「hole/mirror (孔/鏡)」は、ピンホールカメラの原理と、岡本氏が作品に写し込む「ピンホールカメラの穴」との関係性において、深い共鳴を見せている(と私は思い込んだ/ゆるして)。

「hole/mirror 孔/鏡」は1998年から満月を毎月撮影しているシリーズで、いまだにプリントでの発表はなされていない。プラネタリウムでの投影とナレーションの仕事の経験と知識から、地球の夜の空間を巨大なカメラオブスクラと見立て、星々、特に満月を「ピンホール(針穴)」として捉える壮大な視点を含んでいる(だいたい私の作品は大袈裟であるが、先に挙げた佐藤時啓先生からは「スケールの大きい」という評をいただいたこともあるので、多少鼻についたとしてもご寛恕願いたい)。
満月が「鏡であると同時に孔」であるという考えは、岡本氏が自身の作品に「ピンホールカメラの穴そのもの」を含めることで、「写す仕組み」を可視化し、「見る」行為の根源を問いかける姿勢と響き合うだろう。岡本氏が人工的な装置の「穴」を介して光と空間の関係性を探求するのに対し、私は天体という自然現象の中に「ピンホール」の概念を見出し、カメラの構造あるいは写真作品について歴史的に使われる鏡という隠喩に対して物理的にも対応させるとともに、その哲学的な意味合いを探究するとともに、科学的真理だけでは測れない宇宙と人間の営みとの間にある詩的なつながりを感じることもできるようだ。
岡本氏と私との両者ともに、物理的な「穴/孔」の存在が、世界の知覚と像の形成においていかに重要であるかを、異なるスケールとアプローチで示していると言えるのではないだろうか。
「Hotel Windows」
また私の「Hotel Windows」は、2005年のイタリア旅行がきっかけで生まれたシリーズである。イタリア語で「部屋」を意味する「camera」が写真機としてのカメラの語源である。写真機 の前身が「暗い部屋(カメラ・オブスクラ)」と呼ばれ、小さな穴(ピンホール)を通して外界の像を投影する原理を持つことに着想を得て、私はホテルの「部屋」を現代の「カメラ」に見立て、その内側と窓越しの外側を同時に捉えるという試みを開始した。
ただし、その話は先述した畠山直哉師のワークショップにて、聞いていた可能性がある。氏のことばの中から、講演・講義といった、「話された写真」についてのものを集めて、一冊にまとめた『話す写真: 見えないものに向かって』にはその話が掲載されているからだ。
学生の無意識には教師の言葉が潜像のように潜んでいて、何かのきっかけでいわば「現像」され作品化に繋がることもあるのだろう。
「Hotel Windows」では、世界各地のホテルの部屋から、室内と窓越しの夜の光景が撮影されている。私は直接ピンホールカメラを使用していないが、その作品はカメラ・オブスクラの原理、すなわち「部屋そのものが光を捉える装置となる」という概念を深く意識している。
カメラ・オブスクラの再解釈: 私は、ホテルの一室を暗い部屋に見立て、窓を外界の光を取り込む「開口部」として捉える。これは、古典的なピンホールカメラのように物理的な「針穴」を使うのではなく、部屋全体と窓という既存の構造を「光を記録する空間」として再定義する試みと言える。
長時間露光: 電気を消したホテルの暗い部屋に三脚を立て、フィルムでの撮影であれば30分から6時間という長時間露光で撮影される。この間、私自身は部屋に不在であり、「部屋がカメラそのものになる」という状況が生まれる。ただし、近年のデジタルカメラでの撮影では露光時間が短いのと内部空間へ補助光を当てる必要から、「カメラ(部屋)」の内側に残って撮影していることが多い。
光の層と無意識: 長時間露光により、夜の街の微細な光が「層のように積み重ねられ」、窓はまるで発光するモニターのように変化する。これは部屋の中にも光の層が積み重なることを示唆し、鑑賞者の無意識に沈殿した景色を表現しているとも解釈される。
内と外の対比: 窓の外の輝く夜景と、薄暗く浮かび上がる室内の対比は、眠りの中の夢や情事の痕跡を想起させる。人がいない不在の光景は、鑑賞者に何かを「覗き見る」ような感覚を与え、不穏さがありながらも同時に深い思索と瞑想的で安らぐ感覚を促す。
フラットな視点: ホテルの窓の内側と外側という、空間の広がりや明るさが異なる二つの要素を、カメラのレンズを通して「フラット」あるいは、内と外を等価に捉えることで、新たな景観を生み出している。

この作品において、ホテルの部屋は単なる背景や被写体ではなく、「カメラ」そのものとして機能あるいは存在する。
ホテルの一室が「カメラ本体」となる:
暗室の再現: 撮影中は部屋の電気が消され、外部の光を遮断した「暗い部屋」となり、光を効率的に取り込み、像を結ぶための写真の原点である暗室の役割を果たす。
光の取り込み: 窓は、この「部屋=カメラ」におけるレンズあるいはピンホールの役割を担い、外界の微細な光が室内に導き入れられる。
長時間露光という「シャッター開放」: 30分から6時間にも及ぶ長時間露光は、カメラのシャッターがその間ずっと開いている状態を意味する。この非常に長い露光時間によって、夜の街のわずかな光が蓄積され、肉眼では捉えきれない「光の層」が作り出される。まるで、部屋そのものがゆっくりと呼吸しながら光を吸い込んでいるかのようである。ここは佐藤氏の作品とも関連づけられるかもしれない。
写真家の「不在」が生む意味:
部屋の自律性: 写真家が部屋から離れることで、部屋そのものが自律的に光を記録する装置となる。これは、「部屋がカメラそのものになる」というコンセプトを具現化している。
客観性と深層: 人間の視点や意図が直接介入しないことで、窓越しの外界の光景と室内の薄明かりの描写は、より客観的でありながら、同時に人々の無意識や夢、あるいは過ぎ去った出来事の痕跡といった深層心理を喚起する力を持つ。
窓:内と外を繋ぐ「膜」:
光のモニター: 長時間露光によって窓の外の光が積層され、窓自体が発光するモニターのように見える。これにより、外界の景観は単なる背景ではなく、部屋の内部にまで影響を及ぼす「光の情報」として提示される。それは現代のデジタル社会の様々なデバイスやモニターといった電脳空間への「窓」とのアナロジーがある。
空間の統合: 通常、窓の内側と外側は意識的に分けて認識されるが、私はカメラのレンズを通してこれらを可能な限り「フラットあるいは等価」に捉えようと努める。この描写は、二つの異なるあるいは対立する空間が一つの連続した景観として統合されることを示唆し、写真というメディアの持つ再構築の力を示している。
これまでの撮影地は日本、米国、イタリア、中国、インドネシア、フランス、台湾、モンゴルなど十数カ国、100地域以上に及び、20年以上にわたる制作活動の中で撮りためられた作品群である。
私は、この作品についてのテキストの中で、ホテルという安息の場所では、人々が喧噪から離れて愛を交わし、夢見る「暗い部屋」こそが「映像の胚胎する場所」であると夢想している。イタリアでの旅は「カメラ」の中で眠る旅であり、客室を「カメラ」と呼ぶ国で写真機は「マキナ」と呼ばれる。部屋に穿たれた窓から一筋の光が射すとき、外界の映像が揺らめき、それは「カメラに差した世界の光」となる。この光は旅人の身体を貫き、心を照らす、などとかなりキザな書き方をして多少恥ずかしいけれど、本当にそうも思っていることを、とはいえ含羞を込めつつ告白する。
「Hotel Windows」の撮影時の構造は、単なる技術的なプロセスを超え、部屋そのものを生きたカメラとして捉え、光と時間、そして人間の内面を探査する哲学的な試みと言っては不遜が過ぎるだろうか。
小山明の「シネマ・オブスキュラ」:視覚と時間の探求
小山明は、建築史家であり哲学者ヴィトゲンシュタインの研究者でもあるという独自の視点から、人間の視覚の構造を考察する作品シリーズを展開している。その一つが、小林清美(日本画家)との共同活動ユニットBEARLIN(ベアリン)によるプロジェクト、「シネマ・オブスキュラ」や「キノ・サイクル−非物質的たらい回し」である。BEARLINは、「常に技術が表現と一体となった作品の制作を目指している」と述べており、神戸芸術工科大学の研究チームのサポートも得て制作を行っている。

「シネマ・オブスキュラ」は、2018年のKG+や2021年に開催された「40cmの視覚劇場STELLOPTICON」展でも発表された作品シリーズの一部である。「40cmの視覚劇場STELLOPTICON」展では、「星と言葉」を主題としている。小山は、満天の星から人間が星座を見出し、意味や形を与え、さらにそれを記述し、言語化してきた歴史に言及する。言語によって構築された「本」が時空を超えて人と人を結びつけるように、宇宙、現実社会、そして私たちの内部の言葉の世界もまた、多重の構造の中に存在するというケプラーの宇宙モデルにも通じる考察を展開している。
「シネマ・オブスキュラ」の制作過程からは、その実験的なアプローチがうかがえる。彼らは「カメラ」の語源が「部屋」を意味することに立ち返り、自作の巨大なカメラオブスクラ内部を高感度カメラで撮影する。これは「部屋」の中を「部屋」で見ることになるという、自己言及的な構造を持つ。カメラは自動車用遮光フィルムで遮光性を高めるなど、クリアな画像を追求するための改良が施されている。
KYOTOGRAPHIE KG+ パンフレットを制作中です。 #cinemaobscura #cameraobscura
Posted by Akira Koyama on Friday, April 20, 2018
Facebookの投稿では、屋外での撮影の様子が記されている。大きなカメラはスチレンペーパー製で軽いが、強風で倒れないよう岸壁の欄干に縛り付けて撮影を行う。4秒おきに自動シャッターを切り、2000枚以上の撮影を行うために2時間もカメラの横で待つという、長時間露光ならではの「待ち」の時間が、作家の思索の機会となる様子が語られている。また、3秒間隔で990枚の撮影を45分かけて行い、それをつないで映像化するという言及からは、静止画としての写真だけでなく、時間の経過を捉える「シネマ(映像)」としての側面も強く意識されていることがわかる。小山は、この「置いて、ただただ海と雲を見ている貴重な時間」に、「視覚と映像の原理に触れていただく」展示を目指していると語る。
この「シネマ・オブスキュラ」は、岡本明才の「構築プロセス」や「身体性」への意識、そして佐藤時啓の「光と時間の可視化」や「移動するピンホール体験」と共通する部分を持つ。特に、「カメラの語源が『部屋』である」という原点に立ち返り、部屋の中に高感度カメラを置いて「部屋の中を部屋で見る」という自己言及的な構造は、岡本が作品の中にピンホール「穴」そのものを含めることで「写す仕組み」を可視化する試みとも共鳴する。小山明の作品は、光と時間の流れを、哲学的・知的なアプローチで解き明かそうとする点で、他の作家たちのアプローチに新たな視座を加えている。
堤麻乃:光と影の「写真中写真」が織りなす多層的な知覚
そして、日本の現代作家として堤麻乃(つつみ あさの、1991年兵庫県生まれ)もまた、室内を撮影し、再構成してさらにそのプリントも含めて再撮影をし、箱型かつ自己言及的な作品にするという点で、光と視覚の根源を探求している。
2014年に英国アーツ・ユニバーシティ・ボーンマス写真科を卒業し、関西を中心に作品を発表している堤は、2023年のKYOTOGRAPHYのKG+のアワード枠にて初個展を開催し注目を集め、PHOTO GALLERY FLOW NAGOYAにて2024年に初個展「Reframing ‘In progress’」を行った。そして現在2025年6月7日から29日まで同ギャラリーで個展「Reappearing ‘In progress’」を開催している。
堤の作品は、複数の小さなモノクロ写真を組み合わせ、箱(額)の中で立体化したものである。それぞれの写真は、浮かせるように空隙を作りながら重ねられ、互いにずれ、あるいは傾けられ、1空間化されている。堤自身、「光と影を使い、写真の原始的な部分を追求した構成写真を制作している。今回の展示では、写真から読み取れる情報を取り除き、見る人それぞれに解釈を委ねた作品を展示する。写真を見るという単純な行為にもっと時間をかけて、作品に自身を投影しながら見てもらえればと思う」と語る。
個々の写真をのぞきこむと、何か明確な被写体があるわけではなく、光と影そのものがモチーフとなっている。光と影が複雑に積層され、全体に、ざらついた、カオティックでノイジーな印象を与える。粗い陰影と白飛びを起こしたような過剰な光が見られ、さらに写真の中に別の写真が幾重にも包含されていることに気づかされる。
堤は、まず小型の模型空間を懐中電灯で照らし、その空間を撮影する。さらに、それらの写真群に光を当て撮影するという行為を反復させながら、最終的にプリントした写真を空間化しているのである。
簡潔に言えば、絵画の中に絵画が描かれる「画中画」ならぬ「写真中写真」によって、空間のイメージ(光と影)の入れ子構造が反復され、さらに、それがギャラリー空間の中にあることによって、現実的にも入れ子構造になっている。いわば、空間における光と影が絶えざる「メタ」構造を繰り返しているのである。これで、各々の写真が傾き、重なり、空間化されているのも合点がいくであろう。「メタ」構造が、イメージのみならず、実際の物理空間にも関わっているのである。
しかも、光を当てて撮影を反復させることで、イメージは複雑化すると同時に、過剰な光によって白飛びして、一部が消える。つまり、イメージの生成と消滅が同時に起こって繰り返されるのである。
私は昨年開催された京都芸術大学の公開講座である藝術学舎のプログラム「写真をめぐる作家たち」に堤氏をお招きし、お話を伺った。その中で山中信夫の作品、特に箱の作品群を堤氏の作品が想起させるという旨を申し上げたが、堤氏は山中氏の作品はご存知ではなかった。
現代写真研究者の北桂樹は、堤の作品《In progress》について、「光」という写真の根源的なクリシェを乗り越える更新があると指摘する。堤の「反復」という手法は、「光を捉える」ことをコンセプトから写真術へと変化させ、目的化から逸らし、クリシェとして消費されることを回避させていると分析する。生成されたイメージ内の白い部分には「最後に撮影した時にあてられた光」と「それ以前のいつかの段階であてられた光で、すでに写真の中で白い部分になったもの」という二つの状態、つまり、「現実の光」と「写真化されたかつての光」という二つが等価にイメージ内に配置されており、物質的現実とイメージ世界との境界を曖昧にしている。これによって光とその影を捉えるという写真の基本的な行為を、単なる記録から一歩進めて、光の「再構成」と「再現」のプロセスへと昇華させている。堤は、光を物理的な空間だけでなく、時間を超えた連続した創造のプロセスの一部として捉え、それを繰り返し展開することで、新しい意味を生成するのである。
会場では、1つの作品に複数のスポットライトから、精妙なライティングがなされ、空間化された写真群に現実の光と影も作用している。言うなれば、複雑な入れ子構造の写真群と、箱(額)の中のミニチュア空間と、現実のギャラリー空間との関係が錯綜し、どの次元の光と影なのか、観者が混乱するように作られているのである。
さらに、北は「《In progress》はその名の通り、常に進行中の作品として提示され、完結することを目的とせず、常に新しい光の捉え方、見せ方を模索し続ける「プロジェクト」としての性質を持っている」と述べる。これは、展示された写真にも光があてられ、撮影がなされ、新たな作品として追加され続けるという、まさに進行中の状態を意味する。堤が行う展示も含めたこの「反復」のプロセスによって生成されたイメージには、空間と時間の重層性が核心として現れる。イメージ内の黒くざらついたノイズは時間的な差異を提示し、それは奥行きという形で現れた空間化された時間軸であり、新たな視覚言語として理解をしない限り捉えることのできない現実の裂け目であると北は結んでいる。堤麻乃は、写真というものの持つ視覚言語の新たな一面を提示して見せたと言えるだろう。
光と影、イメージと物質、虚構と現実、平面性と空間が複雑に更新され続け、まさに、この展示空間で進行する。それゆえの「Reframing ‘In progress’」であり、続く「Reappearing ‘In progress’」なのである。堤の作品は、風景や人物などの被写体があるわけでなく、写真についての写真であり、光と影についての写真である。自己言及的で、コンセプチュアルであり、過去の光と影が絶えず新たな写真や空間に組み込まれ、増殖していく。つまり、誰が何をどのように撮影したかという写真家と被写体の関係は、ここにはなく、あるのは、写真そのもの、光と影そのものを重層化し、更新し、「今、ここ」という展示環境へと送り届ける営為である2と言えるだろう。私たちが目撃するのは、入れ子構造になった、何世代にもわたる過去の光と影と、現在の光と影が等価に同居し、混ざり合う、多層的な光と影の混成する世界である。堤は、作品制作と現場での展示作業を緻密に進めるが、入れ子構造が反復した多層的な光と影は、実体との対応関係を振り切るような時間と空間の超越性、言い換えると、ある種の霊性とも言える気配と精神性を獲得しつつあると思われる。
岡本明才の作品における「穴」と「内部」の同時描写
私の作品「hole/mirror (孔/鏡)シリーズのところでも述べたが、岡本明才の作品が単にカメラオブスクラやピンホールカメラを使っているだけではない、より深い洞察をもたらす点として特筆すべきは、彼の作品の一部が、光が入ってくるピンホールそのものと、そのカメラ(部屋)の内部空間を同時に写しているという点である。これは、単に外部の風景を内部に投影する、あるいは内部空間を外部の光で照らし出すという一般的なカメラオブスクラやピンホール写真とは一線を画す。

この「穴」と「内部」の同時描写は、ピンホールカメラ内部の視点から、写真の根源的な要素である「光の入り口」と「光が像を結ぶ空間」を一体として提示する。
具体的には、
• 「穴」の存在の強調: 写真の中に、光を取り込むピンホールそのものが明確な要素として写し込まれることで、その写真がどのようにして生まれたのかという「仕組み」が、イメージの一部として可視化される。これは、写真の透明性(窓のように風景を映し出す)と不透明性(物理的な装置としての存在)を同時に提示する試みと言える。
• 内部空間の意識化: 同時に写し出されるカメラ内部の空間は、単なる暗室ではなく、光の現象が起こる「場」としての意味を持つ。鑑賞者は、ピンホールを通して外部世界を覗き見るだけでなく、その「覗き見」が行われる内部空間の存在を意識させられる。これは、カメラの「内側から」世界を捉えるという視点であり、通常の写真が「外側から」世界を切り取るのとは異なる、特異な視覚体験を提供する。
• 「見る」行為の再定義: 通常、私たちはカメラ越しに被写体を見る際、カメラという媒介の存在を意識することはほとんどない。しかし、岡本の作品では、ピンホールカメラの「穴」自体が被写体の一部となる**ことで、私たちは「何が写っているか」だけでなく、「どのように写っているか」、さらには「どのように見ているか」という、よりメタな視点へと誘われる。これは、写真というメディアそのものが、私たちの知覚をどのように形成しているのかという根源的な問いを投げかけるものである。
• 空間と時間の多層性: ピンホールから入る光は外部の風景を、内部空間は光を受けて像を結ぶ場をそれぞれ表すが、これらが同時に一枚の写真に収められることで、空間の多層性、すなわち「外部空間」「ピンホールという境界」「内部空間」という複数のレイヤーが同時に存在することが示される。また、長時間露光によって、これらの空間における時間の蓄積も同時に表現され、一枚の写真の中に複雑な時間と空間の概念が凝縮されている。
この同時描写は、岡本が自身の制作を「装置を作ること、つまり『写る仕組み』そのものを構築する行為から始まる」と語るスタンスと密接に結びついている。彼は単に風景を記録するのではなく、光が像を形成するプロセスそのものを、作品の中に内包させようとしているのである。

「拡張」されるピンホール表現の可能性
アベラルド・モレルや私自身の試み、そして宮本隆司、佐藤時啓、鈴鹿芳康、畠山直哉、ホンマタカシ、ロマン・アラリーとアントワーヌ・レヴィ、山本渉、小山明、さらに堤麻乃といった作品との対話から見えてくるのは、岡本明才のピンホール写真が、単なる「光の記録」に留まらない、多層的な「拡張」を志向している点である。モレルが既存の空間に光を招き入れることで詩情を浮き彫りにし、私が「家」をカメラに変えることで体験性を重視し、堤麻乃が光と影の自己言及的な反復によって多層的な知覚を生み出すのに対し、山本渉が凍らせたフィルムや土に埋めたカメラで自然との対話や植物の視点を模索する中、ホンマタカシが「主体性の欠如」を通して写真の根源的な問いを投げかける中で、ロマン・アラリーとアントワーヌ・レヴィが都市空間を「動画」として捉え、小山明が哲学的な視点から視覚と時間の原理を探求する中、畠山直哉がカメラオブスクラドローイングを通じて光の「再構成」と「描く」行為の接点を探る中、岡本は「装置を作る」行為そのものに強い主体性と実験精神を宿らせている。軽トラックや自転車、段ボールといった多様な素材を用いた自作カメラは、単なる道具ではなく、彼自身の思考と身体性が一体となった表現媒体である。

このように、岡本明才の「Pinhole Camera Extended」は、繰り返しにもなるが、山中信夫が問いかけた写真の根源的な記録性、アベラルド・モレルが追求した空間と光の詩情や場及び絵画や美術史への言及と連続性、そして私が行った体験としてのカメラオブスクラ、さらには堤麻乃が光と影の反復で提示する多層的な知覚、そして山本渉が自然の摂理や異なる生命体の視点をピンホールで捉える試み、さらにホンマタカシが写真における主体性を問い直す試み、ロマン・アラリーとアントワーヌ・レヴィが都市空間を動画として捉え、小山明が哲学的な視点から視覚と時間の原理を探求する試み、そして畠山直哉がカメラオブスクラドローイングを通じて光の記録と再構成、そして「見えなくてもよいもの」の可視化を試みる試みといった、多岐にわたる作家たちの試みと響き合いながらも、彼自身のユニークな「構築すること」への情熱と「見えるとは何か」という問いを深く掘り下げる、現代写真における重要な位置を占める展覧会であると言える。彼の作品は、私たちが普段いかに「見慣れた」世界を無意識に見ているか、そしてその見え方がいかに光と装置によって構築されているかを問い直し、日常的な知覚に新たな視点を提供する。
展覧会をさらに楽しむ関連企画
本展では、岡本と直接交流できるユニークな企画も用意されている。会期中の特定の土日には、FaceTimeを通じて岡本と直接話せる「遠隔在廊日」が設けられており、作品や制作プロセスについて、画面越しに交流を楽しむことができる。
さらに、開催初日には、岡本明才と根付作家の森謙次による「Gallery Talk|リアルマインクラフト的生活 沢田マンションと巨大カメラ作り」が開催された。このトークセッションはYouTubeチャンネルで公開されており、展覧会の理解を深める貴重なコンテンツとなっている。
「kanzan curatorial exchange 『写真の無限』vol.3」の一環として開催される本展は、視覚から喚起される感覚や思考、そしてその無限の可能性について深く考察する機会となるだろう。光の根源を見つめ直し、新たな写真表現を追求する岡本明才の軌跡を、ぜひKanzan Galleryで体験してほしい。
開催概要
展覧会名: 岡本明才「Pinhole Camera Extended」
会場: Kanzan Gallery (東京都千代田区東神田1-3-4 KTビル2F
会期: 2025年6月7日(土)~ 7月13日(日)
開館時間: 水~土曜日 12:00-19:00、日曜日 12:00-17:00
休館日: 月曜日、火曜日
入場料: 無料
キュレーター: 菊田樹子
協力: 中岡りえ/FULL DESIGN
Kanzan Gallery 公式サイト:
http://www.kanzan-g.jp/exhibitions/meisai-okamoto-2025/
遠隔在廊日:
• 6月21日[土]/22日[日]
• 6月28日[土]/29日[日]
• 7月5日[土]/6日[日]
• 7月12日[土] (FaceTimeを通じて岡本明才と直接対話可能)
関連企画 Gallery Talk:「リアルマインクラフト的生活 沢田マンションと巨大カメラ作り」
岡本明才(写真家)× 森謙次(根付作家)進行:菊田樹子
YouTubeチャンネルにて公開中
#岡本明才 #菊田樹子 #Pinhole #KanzanGallery #ピンホールカメラ #山中信夫 #アベラルド・モレル #宮本隆司 #鈴鹿芳康 #佐藤時啓 #畠山直哉 #ホンマタカシ #ピンホール学会 #山本渉 #堤麻乃 #北桂樹 #PHOTOGALLERYFLOWNAGOYA #勝又公仁彦 #小山明 #小林清美 #BEARLIN #シネマオブスキュラ #ロマン・アラリー #アントワーヌ・レヴィ #thestenopesproject #カメラオブスキュラドローイング #tsca #東京都写真美術館 #現代美術 #現代写真
