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展覧会 #88 長谷川潔展―パリに生きた銅版画家の軌跡@パナソニック汐留美術館

美術館のコレクション展を観ているなかで長谷川潔の作品に時々出会うことがあり、深い精神性を帯びた静寂の世界に興味を惹かれるようになりました。これまでに観た作品は少なく、画業を知る機会もなかったのでこの展覧会は是非観に行こうと思っていました。

町田市立国際版画美術館所蔵
長谷川潔展―パリに生きた銅版画家の軌跡
会期:2026年7月11日(土)~9月23日(水・祝)

パナソニック汐留美術館
東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階

日本を代表する版画家長谷川潔(1891-1980)は第一次世界大戦後に単身渡仏し、同地で生涯を終えました。失われつつあった銅版画の古典技法マニエール・ノワール(メゾチント)を独自の形で復興させ、版画の歴史に大きな足跡を残し、またエングレーヴィング、アクアチントなど様々な技法を探求しました。モノクロームで表現された深遠な精神世界は、今なお多くの人を惹きつけています。
長谷川の作品は日本の版画界に大きな影響を与えましたが、彼の活躍の舞台はやはりパリでした。1920年代から版画家としての才能を発揮した長谷川は、まもなくフォーヴの画家・版画家デュフィに見いだされ、マティス、ピカソ、シャガールら名だたる画家が名を連ねる「独立画家=版画家協会」に加わりました。またフランスの人々に日本の版画を紹介することにも尽力した長谷川は、日本の古典文学にエングレーヴィングのイラストレーションを添えた挿絵本『竹取物語』を手がけています。本展では、長谷川に影響を与えた十九世紀以前の版画や、パリで交流した同時代画家の作品とともに、町田市立国際版画美術館が所蔵する日本有数の長谷川潔作品コレクションを中心に初期から晩年に至る名品を展覧します。

美術館HP「展覧会概要」より
https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/26/260711/#exhibition-detail-moredetail

町田市立国際版画美術館は行ってみたいと思いつつまだ訪問できていない場所。長谷川潔の作品を多く所蔵しているとは知りませんでした。

〈展示構成〉
序章 日本時代― 水と空のかなたから呼ぶもの
第1章 銅版画の研鑽― 古典技法の発見と刷新
第2章 パリの版画界― 画家たちとの交友
第3章 『竹取物語』―フランスで刻まれた日本の美
第4章 自然―白昼に神を視る
※写真撮影は禁止です


パリへ渡った後、ほぼ独学で銅版画の技法を習得したということに驚きました。日本時代に挿絵の仕事で版画の素養があったにせよ、西洋美術の中心地パリで認められるのは並大抵のことではないと思います。

第1章では長谷川が取り組んだエングレービング、ドライポイント、メゾチント、アクアチントといった技法別に作品が紹介されていました。
アクアチント作品の《二つのアネモネ》は、おそらく東京国立近代美術館の所蔵作品(MOMATコレクション)と同じではないかと思うのですが、このレース模様は実物を銅板に押し当てて転写したものだということを初めて知りました。

長谷川潔《二つのアネモネ》1934年
東京国立近代美術館 MOMATコレクション展にて撮影

レースの繊維を白く擦りとる技法は長谷川独自のもので、「布の肌理がそのまま現出したような繊細な表現は、フランスの版画界から魔術的だと驚嘆をもって受け入れられた。」と解説に書かれていました。
MOMATコレクションで観たときはこの繊細な模様をどうやって作り出しているのだろうと思っていたけれど、すごいですね。。

メゾチント作品の《アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船》もMOMATコレクションで観た作品。

長谷川潔《アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船》 1930年
東京国立近代美術館 MOMATコレクション展にて撮影

この作品にみられる斜めに交差する斜線による下地も長谷川独自のもので、当時のフランス版画界で独創的な表現として注目を集めたそうです。

飽くなき探求心で西洋の銅版画技法を研究し、独自の技法を開発していった様子をみていると相当なセンスの持ち主だったのだなと思いました。そうでなければパリの第一線で活躍することはできませんよね。


長谷川がパリで活躍するうえで転機となったのはフォーヴの画家ラウル・デュフィとの出会い。
デュフィは「独立画家=版画家協会」へ長谷川を招き入れ、1924年からグループ展で発表の機会を与えました。長谷川はこのグループ展でフランスの画壇の第一戦で活躍する画家たちと肩を並べることを名誉なことだと考え、1924年から1935年にかけて出品を続け、その年々の到達点を示す自信作を厳選してこの舞台に臨んだといいます。
第2章では独立画家=版画家協会(PGI)のグループ展に出品した作品が、ピカソ、シャガール、マリー・ローランサン、マティスの作品と共に並んでいました。

長谷川は「孤高の版画家」と称されることがあるそうですが、展覧会を観るとパリの芸術家たちと深い交流があったことが分かります。日本に戻ることなくフランスで生涯を閉じたことから日本の美術界との接点がそもそも少なく、それが日本美術界が長谷川を「孤高」の存在と捉えられる所以なのではないかと思いました。
「孤高」というフレーズは神秘的で長谷川潔の作品世界と親和性があるという意味で使いやすいのかもしれませんが、作家の実像を歪めているような気もします。


第3章で紹介されていたのは仏訳『竹取物語』の挿絵。

渡仏後に「日本の尊厳」を知ったという長谷川は、1920年代後半から竹取物語を題材とする銅版画の制作に取り組み、1933年に挿絵本を完成させました。本章では、口絵から文字の図案、紙の種類にまでこだわった長谷川の珠玉の挿絵本をご紹介します。

美術館HP「展覧会のみどころ」より

敢えて日本伝統の木版画ではなく西洋の銅版画で制作したところがポイント。構図や描写は日本的でありながら細部に西洋的な装飾表現がみられ、品があってとても美しい。どの場面も本当に素晴らしくてひたすら眺め入ってしまいました。

ここまで西洋美術の伝統を血肉化してパリの画壇で評価を確立した歩みをたどってきて、その作風に日本的なものを一切感じることがなかったのでこの作品の存在はとても意外でした。そして、日本を忘れていなかったのね、と少し嬉しい気持ちにもなりました。


二つの世界大戦の狭間にフランスへ渡り、第二次大戦中も帰国することなくドイツ占領下のパリで創作活動を続けたというのは大変な覚悟を感じます。一時は敵性外国人として収容所も経験したそうで、物心両面で苦難を強いられる日々を送っていたある日、長谷川は創作の転機となるひとつの啓示的な体験をしたそうです。

それは、パリ郊外を散策していたときに何の変哲もない一本の樹木が「ボン・ジュール!」と語りかけてきたというもので、その体験によってありふれた草木にも人間の目鼻立ちと同じように意味が宿り、万物は本質的に同じなのだという真理を悟ったといいます。

自分が波長を合わせれば万物それぞれの声を聴くことができる、という神秘的な悟りを得た長谷川の転換点を象徴する作品が《一樹(ニレの木)》(1941年)。

風雨にさらされた表皮や枝ぶりを緻密に刻むことで、木の声に耳を澄まし、その内に宿る神性へ近づこうとするようである

《一樹(ニレの木)》解説より

これ以降の作品は風景も静物もどこか違った雰囲気を帯びて見えるようになったけれど、スピリチュアル体験というインパクト強めのエピソードによる刷り込みなのかどうか、、。ちょっと判断がつかない。


最後の5章は1950年代後半以降に再び取り組んだマニエール・ノワール(メゾチント)の作品が一堂に会します。

静物画に繰り返し登場するコマや人形、小鳥といったモチーフには、それぞれ象徴的な意味が託されているそうで、モチーフの実物も展示されていました。作品から想像するよりずっと小さくて可愛かった。

参考までに出品作品と同じモチーフが描かれたMOMATコレクションの作品を挙げておきます。

長谷川潔《玻璃球のある静物》1959年
東京国立近代美術館 MOMATコレクション展にて撮影

対象に寄り添い、自己を同化することで、その内奥に潜む生命の律動や「大宇宙の深遠な理」を捉えたのだと言うとおり、漆黒の闇を背景に展開する静物画には神秘的な雰囲気が漂い、深い闇を通して地上的な物質世界を超えた宇宙的な時空に導かれるような感覚を覚えます。

前章は戦時下のスピリチュアルなエピソードが作品の見え方に影響していた気がしますが、最後の章はそれとは関係なく元々長谷川潔の作品に対して感じていたことを再確認できたと思っています。

1920年代から協働してきた刷り師カミーユ・ケンヴィルが1971年に逝去し、長谷川は前年の《横顔》を最後に版画制作の実質的な終止符を打ちました。その後もパリに留まり続け、日本に一度も戻ることなく1980年に89歳で生涯を閉じました。
展示の締めくくりは最後の版画作品《横顔》。人物像を描くことがなかった長谷川がなぜ最後の作品で人物を描いたのか、非常に意味深で興味をそそられます。


初期から晩年まで長谷川潔の画業をたどり、今まで点で観ていた作品が画業の中で繋がりをもって捉えられたことが良かった。
版画の技法はいつまでたっても覚えることができず、いまだに作品の表現と技法の名称が自分の中で一致しません。
第1章で技法別に作品が紹介されていたので、後の章に行ってから何度も戻ってきて作品と技法を確かめながら観ていました。それでも覚えるのはなかなか難しい。。

今は写真撮影できるのが当たり前みたいになっていて撮影禁止は少数派になっている気がします。
撮影できると展示を振り返るときの参考になって助かるし、作品を観た記録を残せるという利点がありますが、その分作品と向き合う体験が疎かになり、鑑賞という本来の目的とのバランスを取るのは難しいなぁと感じています。
先日の山種美術館(1点だけ可能)と連続で写真撮影NGの展覧会を観て思ったのは、やはり実物をどれだけ観察できるかが大切だということ。自分の目で観て感じ取ったことを心に蓄積することで作家のイメージが自分の中にしっかり定着するのだと今回改めて感じました。

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