【いざ鎌倉(21)】北条時政、最後の陰謀
本編21回です。
前回は鎌倉武士の鑑・畠山重忠を討ったことで北条時政の求心力が失われたところまで書きました。
息子である北条義時が正面から時政に怒りをぶつけ、潜在的に続いてきた北条親子の対立もいよいよ表面化。
追い詰められた時政は賭けに出ることになります。
畠山氏討伐の論功行賞
畠山重忠の冤罪による死からおよそ2週間後。
御家人たちに怒りや悲しみの感情がまだ残っていたであろう元久2(1205)年7月8日、畠山氏討伐の論功行賞が行われます。
重忠が無実であっても、将軍の命令で働いたからには所領が与えられます。
「御恩と奉公」の関係は鎌倉幕府の柱です。
この大事な論功行賞は将軍の生母・政子が幼い実朝を代行する形で行われました。
これは北条時政が娘・政子によって将軍の最重要ともいえる権力行使である「御恩」を代行する権限を奪われたことを意味します。
以前も書いた通り、源頼朝が政子を嫁に迎えたから、いまの時政があるのであり、時政の能力や家柄を買って頼朝は政子を嫁に迎えたのではありません。
政治的には「政子あっての父・北条時政」。
時政の権力は、政子が利用価値を見限った時に一気に瓦解するという弱点がありました。
将軍権力を政子が直接代行したことにより、時政の凋落と破滅の始まりは誰の目にも明らかとなりました。
北条時政、最後の賭け
しかし、北条時政と牧の方はこのまま大人しく失脚するような夫妻ではありません。
政子が将軍権力を代行できるのは、将軍の生母であるからです。
それならば将軍を交代させてしまえば良い。
時政と牧の方は実朝を殺害し、自分たちの娘婿・平賀朝雅を将軍にしようと画策します。
信濃源氏で院殿上人として後鳥羽院の覚えめでたい朝雅ならば十分に実現可能と考えたことでしょう。
しかし、この陰謀は事前に露見します。
閏7月19日、政子の指示により結城朝光、三浦義村らが将軍御所となっていた時政の名越邸に遣わされ、将軍実朝を連れ出します。

結城朝光(菊池容斎『前賢故実』)
実朝は北条義時の屋敷に入り、これまで名越邸で将軍を警備していた御家人たちもみな義時邸へと移りました。
これにより万策尽きた時政は自身の敗北を悟り、出家を決断します。
策士、策に溺れる。
強大な政敵・比企氏を滅ぼし、将軍を交代させて幕府の権力を握った陰謀家の失脚劇でした。
翌20日、北条義時が父・時政に代わって政所別当(執権)となります。時政はかつての本拠である伊豆国北条へと向かい、死ぬまで同地で隠棲することになります。
執権となった義時は早速、将軍候補だった平賀朝雅の討伐を指示します。
26日、平賀朝雅は京で殺害されました。
討ち取ったのは山内首藤通基。三日平氏の乱で逃亡し、伊勢・伊賀守護を朝雅に奪われた山内首藤経俊の息子でした。
新たな時代の幕開け
時政の失脚から間もない8月7日、下野国の宇都宮頼綱に謀反の噂が立ち、討伐が計画されます。

宇都宮頼綱(歌川貞秀画)
頼綱の妻は時政・牧の方の娘でしたので、政子・義時姉弟に睨まれたというのが実態で、本気で謀反を起こす計画なんてなかったようにも思います。
いずれにしろ頼綱が出家の上、許しを請うたため討伐は中止されました。
源頼朝の死後、この年まで将軍家を巻き込んだ御家人同士の血で血を洗う抗争が続いてきましたが、これにて一連の争いは終息することとなります。
北条政子・義時姉弟が将軍実朝を支える政治体制となり、幕政は安定期へと入ります。
後鳥羽院は、引き続き将軍実朝を京から後援し、公武協調が強まっていきます。
しかし、自身が信頼し側に置いた平賀朝雅が幕府内の抗争で討たれたことには複雑な思いがあったはずです。朝雅は後鳥羽院の臣下でもあったわけですから。
時政の失脚から朝雅の死までわずか6日。
政子・義時が事前に朝雅殺害について後鳥羽院側と協議した可能性は低いと考えます(※おそらく協議ではなく有無を言わさぬ通告だったのでは?)。
後に後鳥羽院は最も信頼する将軍実朝すらも幕府内の争いで失うことになりますが、朝雅殺害はその前段でもあります。
朝雅の死と前後し、後鳥羽院はこれまでの北面の武士に加え、西面の武士を新たに設け、院の軍事力を強化していくのでした。
次回予告
失脚したら人物伝。
次回は番外編「人物伝 北条時政」です。
余談
第1回から今回まで多くの御家人が謀略と暗殺で命を落としてきました。
源範頼、安田義定、梶原景時、阿野全成、比企能員、源頼家、畠山重忠……
北条時政の失脚は一時の平穏でしかないのですが、それでもこの抗争の連鎖が、ドロドロした謀略を嫌った畠山重忠の正義を貫く死に様と重忠の死への北条義時のストレートな怒り、北条時政の将軍交代の謀略の失敗という流れで終わるのは綺麗な話だよなぁと感じます。
義時を顕彰する『吾妻鑑』の影響が強いので美化された部分は多少あると思いますが、それでも前回から今回までの流れを私は好きです。
