L'Arc〜en〜Ciel/SUMMER SONIC 2026
2026年8月16日
今年のSUMMER SONICのヘッドライナーとして、L'Arc〜en〜Cielが発表されたとき。今年は35周年でもあるが、アルバム『True』の発売から30年だから、あのサマソニの夏の風が吹くマリンスタジムで「Caress of Venus」が聴けたら最高だなと思いながら、山手線の電車の車内で、iPhoneから「Caress of Venus」を聴いて、その景色を想像しただけで、泣いてしまった。
L'Arc〜en〜Cielは出演前に、このフェスで演奏するセットリストを公開した。SUMMER SONICには2000年の初開催から行っているが、事前に演奏曲を発表したバンドは初のはずだ。そのことに驚きながら、セットリストを見ると「Caress of Venus」が入っている。シングルヒット曲中心で組まれた中にこの曲が入った喜びと共に、想像した夏の景色が現実として体験できる。そのことに胸が震えた。
午前中に着いた会場には雨が降っていたが、L'Arc〜en〜Cielの時間までには雨は止むだろうと思いながら、例年通り多くのライブを楽しんだ。
そして、雨は上がった。
確実に混むだろうから早めにマリンスタジアムに移動したつもりだったが、それでも会場はすでにかなりの人数で埋め尽くされていた。どこで観ようか迷ったが、近年だと、The 1975、Kendrick Lamar、Bring Me the Horizonといったヘッドライナーを観たときと同じ場所で観た。もちろん彼らを観たときと同じように、手には生ビール。いつものサマソニと同じように、L'Arc〜en〜Cielの登場を待った。
オープニング映像が映し出されただけで、会場のボルテージが上がった。その歓声のすさまじさは、世界の名だたるバンドやアーティストがトリで登場するときと全く変わらない熱量だった。そして、メンバー4人がステージに上がると、割れんばかり大歓声の中、1曲目の「Driver’s High」のイントロが響いた。その景色に大感動して、私はいきなり泣き出してしまった。「Driver’s High」はライブの幕開けに選ばれるような盛り上がりのある曲で泣くような曲ではないし、個人的なことだが、L'Arc〜en〜Cielが大好きな友人の葬式で流れていても泣かずにみんなで歌って送り出した曲だ。その「Driver's High」で、ボロボロ泣いているという自分に驚いた。同時にこれはここから続くライブがとんでもない次元に到達するであろうこを予感させた。hydeさんが「来世でまた会おう」と歌ったときは、空を見上げた。あぁそうだ、空にいる友人も今ここに一緒にいるなと。L'Arc〜en〜Cielが好きで語り合った、音楽仲間の何人かはすでにあの空にいる。ここに来るまで、「生きているなら観に行って!」と声が聞こえたのは事実だった。
待ってました! と言わんばかりの「HONEY」の大合唱のあとが、「Caress of Venus」だった。何百回聴いても、心がきゅっと締め付けられながらも、自分の意識がはっきりと覚醒するような、愛してやまないあのイントロを聴いた瞬間に私は歓喜の叫び声を上げていた。想像していたこの夏の夢が叶った。このときどんなに嬉しかったか。とはいえ、シングルの曲ではない、アルバム曲でどこまで盛り上がるのかなと思って周りを見たら、みんな笑顔で歌っていた。この曲を孤独にずっと聴き続けていた自分にとっては、そのことに胸がいっぱいになって泣いた。みんな大好きな曲で、きっとそれぞれにこの曲との思い出や歴史があるからこその笑顔が輝いていた。ステージからもhydeさんが「ジャンプ! ジャンプ!」と楽しむように客席に呼びかけていたこともあって、この曲の間は、会場中に幸せが満ち溢れていた。
未来への願いを込めた「NEO UNIVERSE」から「X X X」。それまでサングラスをしていたhydeさんが、曲の最後にサングラスを外してその瞳を見せた顔がスクリーンに映し出された時は、オーディエンスも私も大絶叫。こういう魅せ方の卓越さは心底痺れる。
「DAYBREAKER’S BELL」では歌詞の「争いよ止めて」をスクリーンにはっきりと打ち出すなど、この日のセットリストには明らかにL'Arc〜en〜Cielだからこそできる平和へのメッセージがあった。今年の夏フェスは、Massive AttackやDavid Byrneなどが今の世界に対して、果たしてこのままでいいのだろうかということへの明確な意思が伝えられていた。ここで、L'Arc〜en〜Cielが恐れずにライブで音楽によって表現したことは、ヘッドライナーとしての2026年の世界基準だったと私は思う。
その思いを込めたまま続いた「forbidden lover」では、客席から携帯電話のライトが無数に灯された。黒いフードを被って歌ったhydeさんの姿と共に、私はこれからこの曲を聴くたびにそのあまりにも美しい景色を思い出すだろう。
「MY HEART DRAWS A DREAM」は、kenさんのギターの音色が優しく鮮やかに次のシーンへと誘い、まさかの真夏の「winter fall」は、hydeさんがステージから降りて、最前のオーディエンスたちとハイタッチをしながら歩き続けるという、1998年1月のリリース時のときには、そんな曲になるとは全く思っていなかったことが起きていることに驚く。
今回のライブは、これまでのL'Arc〜en〜Cielのライブでは見られなかった現象がどんどん起きていたのだが、その最たるが、サークルだ。おそらくサマソニというフェスの空間で、L'Arc〜en〜Cielのライブでサークルが実現するならば「READY STEADY GO」のイントロだろうと思っていたのだが、その予想は的中。hydeさんも曲に入る前に、「走れ! 走れ!」、「こんなこと滅多にないぞ!」と客席を煽りながら、サークルがどんどんできていることも実況。そして、曲が始まったときの爆発力たるや。そして、その勢いはそのまま継続し、まさかの「Blurry Eyes」のイントロでもサークルが発生し、この曲で必ず吹いているhydeさんのホイッスルの音とともに、輪になった人たちが走り出すというすさまじい状況。ステージには「Blurry Eyes」のPVの象徴ともなっているメリーゴーランドの映像が映し出される中、目の前には人間たちのサークルがぐるぐる回っているという、衝撃の景色だった。
もうここまで来ると何もかもが楽しさしかなく、夏の祝祭のようになった「GOOD LUCK MY WAY」が響き、この日の最後を締め括ったのは「虹」。この時点でhydeさんは上半身を全て晒していたのだが、さすがにこの曲の世界観を考えると、上に何か着るかな? と思って見ていたのだが、半裸のまま絶唱。1997年12月23日に活動休止を経て東京ドームで復活し、初めてライブで演奏されたとてつもなく深い意味の込められた楽曲「虹」を聴いている私に、29年後に夏のSUMMER SONICのヘッドライナーとして、hydeさんが半裸で「虹」を歌って、終わった瞬間に夜空に大輪の花火が打ち上がるよ、と言っても全く信じないと思う。本当に未来は何が起こるかわからない。万感の思いを込めて歌われた「虹」に、最初から最後まで涙が止まらなかったことはもちろんのこと、私は自分でも今まで聞いたことがないような声を上げて泣いてしまった。
これは私の勝手な想像だが、この日、hydeさんは夢を叶えたのではないだろうか。海外のロックスターを尊敬し、影響を受け、血の滲むような努力を積み重ねてきた人が、洋楽を主体としたフェスとして立ち上がったSUMMER SONICの25周年の3日間の大トリを飾るヘッドライナーのバンドのヴォーカリストとして、ライブを完遂した。
L'Arc〜en〜Cielは、フェスのライブのセットリストをヒットシングルで埋め尽くせるような、多くの人から愛されてきた日本を代表するバンドだ。そのL'Arc〜en〜Cielが、日本という枠をぶち破って、彼らにしかできないライブで、世界のトップバンドたちと何ら変わらない、実力を証明した。それはもう誰もが納得せざるをえないライブだったと思う。
SUMMER SONICのヘッドライナーとして、L'Arc〜en〜Cielがどんなライブをするのか、様々な絵を思い描いて、どきどきしながら、そのときを待った。
そして観たライブは、全ての想像を超えていた。バンドと共に、あの夏の夜空、風、空気、集まった人たちの笑顔や歌声、一人ひとりの思いが大切に紡ぎ合わされた結果、あの夜だからこそのライブを生み出していた。
誰もが「伝説のライブ」だと思ったはずだ。
私は語り継ぐ。幸運にも、生きて、あの場所に行けて、この目で見て、この耳で聴けた一人として、その責務がある。
何度も何度も聞いてきた、この日演奏された曲は、SUMMER SONICのヘッドライナーとしてのライブを観たことで、私の中で、全ての楽曲に新たな意味が生まれた。これを書きながら聴いていても、もう聴こえ方が全く違う。
私はまた夢を見ている。L'Arc〜en〜Cielがさらに世界中から愛されることを。SUMMER SONICのヘッドライナーは確実に彼らの新たなステージへの扉開けた。
ここからのL'Arc〜en〜Cielが楽しみでたまらない。
私も生きている限り、いや、命が終わっても先に空にいる音楽仲間と共に、ずっと彼らの音楽を聴き続け、その姿を見続けていきたい。
