私の創作空間
静謐なる復讐 ~ 校長室午後八時 ~「追放」➓
強引な提案が校長から出されたのち、その翌日までにほぼ半数の教員の「異動希望調査票」が教頭の満島のもとに提出された。残りのほぼ半数の分会所属(教職員組合所属教員)は、まるで全員で打ち合わせをしたように(あるいは実際に打ち合わせが行われたのかもしれないが、、)12月の仕事納めの日の28日に全員が一斉に提出した。これも彼らのいう”統一行動”なのかもしれないと、提出された調査票の氏名欄を名簿でチェックしながら、教頭の満島は、未だに今回の校長の措置の意図を図りかねていた。
時間は午後7時を回っている。隣では、主幹教諭の藤代が、学校評価表の保護者分を点検しながら、エクセルシートに数値を打ち込んでいた。
満島が藤代に声をかけた。
「学校評価の結果はどんな具合かな?記述欄に厳しい意見はある?」
学級担任によって集計されたクラス分の集計表の数値を入力しながら、気になる保護者の意見や批判には、当該保護者の原本を確認して、無記名で提出することが認められているアンケートの記述内容から、その保護者を特定しようとしていた。
「たいしたことはありません。いつものクレーマーの親たちは相変わらず、好き勝手な書きぶりで批判していますが、今回の美術科の問題を指摘するものはほとんどありません。校長先生の根回しが効いたんですかね?」
「かも知れないな。しかし、このまま放っておけば、いずれ問題が噴出するだろう。時間の問題だ」

「ところで、教頭先生、ひとつ聞きたいことが…」
「うん、何を?」
「あの、今回の校長先生の異動希望調査の提出の件ですが、、」
「…何が気になるのかな?」
「校長先生の意図が分からなくて…。なぜ、年内提出なのか?また、Excelのデータを添付して返信するとか??どうも気になります」
教頭の満島は、…なるほど、藤代も、自分と同じ不安を持っているのではないか…と確信めいた気になった。
「藤代先生はどう思う?」
「…ちょっと待ってください」
藤代は職員室に残っている教員たちの方を見た。各学年ごとの「島(しま)」に1~2名程度、全員で7名程度がそれぞれの定位置で作業をしている。あるいは、しているように見える。
「…藤代先生、大丈夫だ。誰も教頭と主幹教諭の話など興味をもって聞くような者はいないよ」
「そうですね」
藤代は職員室の中をぐるっと眺めてから教頭の方に顔を向けた。
「教頭先生、私は校長先生が、なにかとんでもないことをされようとしている気がします」
「何をだ?とんでもないということは?」
「改竄(かいざん)です」
「改竄、、何を改竄する?異動希望調査票をか?」
「はい、その通りです。おそらく特定の教員の調査票を校長先生で書き換えようとされるおつもりではないかと…」
藤代は声のトーンを落とし、教頭の方から視線をずらして、そう呟いた。
教頭の満島は、職員室内の中を見回してから、誰もこちらに視線を送っているものがいないことを確認してこういった。
「校長といえども、あるいは校長だからこそ余計に大問題になるよ、そんなことしたら…」
「でも、教頭先生、私の言ってること、間違っていますか?教頭先生もそう推測されているのではありませんか?」
教頭の満島は、神妙な面持ちで静かに頷いた。
「藤代先生、確かに私も先生と同じことを考えていた。年内に回収したいと言われたのは、早く、あの田島先生の調査票を確認したかったのだと思う。”異動希望あり”にチェックが入ってるかどうか、もちろん田島先生が異動希望があるはずないことは、校長先生も重々承知だろうが…。」
藤代が口を挟んだ。
「だから、入力済の調査票の電子データも返送するように指示されたのでは?ちがいますか?」
満島が口を開く。
「でも、それなら別にデータを送らなくても、自分でプリントアウトした田島の調査票を見ながら、フォーマットに自分で入力すればいいんじゃないか?」
「…いえ、それは無理です。校長先生はExcelが苦手なんですよ。今までも教育委員会への提出文書で、Excel形式のものは、私が代理で仕上げてきました。いつも、校長先生は、『教頭さんには内緒にしてくれ』と言われてましたね」
「そうか、なるほど。今回ばかりは藤代先生に頼める内容ではなかったから、余裕をもつために、年内に提出とされたのか?それなら辻褄が合うな」

「…おそらくそういうことで間違いないと思います、教頭先生」
「田島先生の問題は、おそらく双極性障害ではないかと思われるが、そのことが露見する前に”外に出してしまおう”という魂胆なんだろうか…大丈夫かな?」
「いやこれは非違行為にあたるのではないかですか?改竄ですよ」
「おそらく校長先生の読みとしては、心の病に罹っている教員だから、きっとやり易いとでも思われたのだろう…そんな発想自体、問題はあるが…」
「それに手を貸すことになると処分の対象になると懸念から、今回は自分一人でやろうとされたのではないでしょうか?だからこれほど、うちの教員たちに性急に対応されたとは考えられませんか?」
「確かにな、、」
「教頭先生、このまま見過ごすのですか」
「…それが間違いない事実なら、確かに我々の立場から進言する必要はあることだが…」
主幹教諭の藤代は、意を決したかのように強く言った。
「教頭先生、やめさせましょう」
藤代の声がことさら大きかったせいか、帰り支度を終えて職員室から出ていこうとしている二人の教員が立ち止まって、教頭と主幹教諭の方を振り返るほどだった。
(了)
