見出し画像

違いに気づくことで、自分のことがわかる

猫さんの畑で、菜の花を収穫させていただいたあと、小田原フラワーガーデンに寄って、その後山のことなど色々話をして…
いろんなお花があるように…人もそれぞれみんな違うのだ、というのが改めてわかって面白かった。

畑の記事は猫さんにお譲りすることにして、お花の写真とともに書いてみようと思う。

(K)私 (N)猫さん

アケビ

まず…
【山で美味しいものを食べるのが好き】という言葉の意味が全然違う
(K)何を食べても美味しいから、時にはコンビニのおにぎりでもOK
→簡単に手に入るものの中で何にしようか考えるのは楽しい。(昼食は摂らず行動食レベルで済ませるか下山飯にすることが多いので、おやつを選ぶのが楽しみ?)基本的に手間はかけない、食べる専門でよければなおよい笑
慣れた場所・ハイキングのときは、気分で手をかけることもあるけど😆
(要は、山行計画そのものを考えたいんだと思う)

(N)どんなものを作って食べたいか、それを考えて準備することから楽しむ
→荷物が増えても、そのためなら気にしない🥰

ムラサキケマン
タチツボスミレ

【未知の領域やレベルの山へ臨む時の心持ち・価値観】
(N)根底に「冒険」という価値観がある
→ちょっとハード、行けるかな?というわからない要素に遭遇して色々判断するという状況にはむしろ前向き。

(K)今までの人生に「挑戦」「好奇心」はあるが「冒険」は意識してなかった!
💡これが今日の1番の気づき💡
→可能な限り状況を確認した上で臨むかどうか決める。不明点が多い場合はギリギリまで考えて、最終的にはそのときの状況で判断するが、基本はじっくり考える時間が必要な人。
自分のことをそう思っていた。
「未体験」「知らない」ことそのものにはワクワクより不安が先に立つことが多いのだ。

さて、その生き方。
今後はどうしようか?

冒険は、やってみたいからやってみる、そこに理由や意味があるのかないのかすらわからない、ある程度リスクをとる。そんな感じ。
そして…挑戦の場合、いい結果が出なかったときは「挑戦したけど失敗した」になりやすいけど、冒険には失敗という概念がないと思う。結果よりプロセス重視だから。

私自身山では確かに冒険している自覚はなかったけど、立山縦走のときは“私にとって(←ここ重要)の冒険“だった。
山以上に、キャリアチェンジを試みた時には、結果どうなるかわからないけどやってみるしかなかった。キャリアでは結構冒険していると思う。笑
山は怪我や命がかかっているから、より慎重になるんだろうな。。

そう思うと、自分の人生を生きている実感が強いのは冒険だ。もっと冒険、いや「冒険心」を意識して育ててもいいんじゃないかという気がしてきた。私の気質的には「無謀」というのはかなり少ないのだし。
じわじわとそんな気持ちになった。
メンターも、一度しかない人生は冒険だよって言っいて、頭ではわかっているけどやっと腑に落ちた感じ。
うわ、ちょっとこれ、いいかも。
猫さんありがとう。

(計画的偶発性理論に必要な要素、というのを思い出しましたよ。小難しい話になるので書きませんが。)

花壇のビオラ
歌姫、というビオラ

対比しては書けないのだが…他にもいろんなことが違う、と思っている。
・幼少時からの気質・行動(どんな遊びをしていたか)の違い。
・身体の使い方・身体能力の違い。
・「慎重」という言葉のもつ意味の違い。
・体質の違い。
・何があれば前に進めるのか?の違い。
→一つずつやってみて確認して…の実績ベースなのか。考え方を変える、というアプローチなのか。これも挑戦か冒険かの違いに近いと思う。

などなど。

梅の実

その違いは、いい悪いではない。

そして気質はあまり変わらないと言われている。
能力や考え方は変わる可能性がある。

気質がそうさせているのなら、無理に同じようにしようと思っても難しいだろう。
だからそれらを変える?必要があるのかについては、それぞれが考えることだ。

自分のウィークポイントとしてクリアしていく為のアプローチも違う。
誰かにとっていい方法が、ほかの誰かにとって良いとは限らない。同じ方法を選択しても、効果や結果は違うかもしれない。

でも違いに気づくことで、自己理解が進むのは確かだ。
いろんな選択肢があることもわかる。
自分のやり方でうまくいかないときは参考にすればいい。
自分が価値を置いてきたことだって、もうそれを握りしめていることが苦しいのであれば…もう手放してもいい思いこみが含まれているかもしれないし、これからの幸せにとって必要な思いこみを選択し直したっていいのだ。

「違う」ことが、いい方向に化学反応するといいよね。

反面、自分が誰かにいい影響を及ぼしているのだろうか?ということも結構気になるけれど。

もうシャクナゲの季節なんだな〜

春がどんどん進んでいるのに、身体や心がまだ冬眠から覚めていないような感覚のまま、言葉を置いてみた。