2026/2/15-16:人を笑わせる側に立ってみて気づいたこと
こんばんわ。キヨです。
昨日、住んでいる寮でお笑いイベントが開催されました。

僕が初めてお笑いをする側になり、感じたあれこれを書いていこうと思います。
前回の日記はこちら!
今まで私はずっと「笑う側」にいました。
お笑いは結構好きです。2年前のM-1でエバースのネタに感銘を受けて以来、いろんな芸人さんの動画を見るようになりました。寮の風呂で聞き流したり、落ち込んで萎えている時にBGMにして笑わせてもらったり、私の生活の一部には、常に誰かが作った「笑い」がありました。
そんな私が、住み慣れた寮を出る2週間前の今この時期にまさか「やる側」に回ることになるとは思ってもみませんでした。
私という人間は、一見すると積極的な性格に見られがちです。
けれど自分では、かなり臆病な人間だと自覚しています。(わかってくれる人がいると嬉しい。)
寮では1年に1回から2回ほどお笑いをやる祭りが行われていました。
私は普段から寮で一番ボケ倒している人なのでこういうイベントのたびに「キヨはでないの?」といわれてきましたが、普段の会話でボケるのと、ちゃんとした場でボケるのでは意味合いが全く違います。(と、感じています。)
お笑いをする、見せるって大体恥をさらす行為じゃないですか。
一生懸命考えたネタが結果的に滑る。しかも自分のことを知る人に滑るって結構怖い行為だと思っていました。
すべって恥をさらすなんて大胆なこと、俺にはできねーよ
そう思って2年前も、1年前も、半年前も当然のようにスルーしてきました。
けれど、退去までのカウントダウンが始まったからなのか、あるいは仲の良い友人が主催だったからなのか、自分がエバース側に行きたかったからなのかわかりませんが。お笑い祭りの1週間前、仲の良かった友人に誘ってコントに出ることにしました。

出るといったものの、出たいと相方に言わせるくらいには小心者です
また、相方は私より10歳上?の医者です。医者と医者ネタをやることにしました。
審査員気分から演者になり恐怖を知る。
いざ「やる」と決めてからネタがまとまりはじめたのは、本番の数日前でした。ネタが俺たちのものとしてまとまらない期間が結構あり苦痛でしたが、そんな期間を経て、とにかく形にしようとしました。
ぎりぎりでしたが、残りの時間で何とかよいもの、おもろいものを見せようとはしていました。
そんな中、直近のM-1動画をほぼ全て見尽くし、勝手に審査員のような気分で見ていた自分が、いざ演者側に立つと、途端に景色が変わります。
怖いんです。とにかく怖い。
セリフを忘れたらどうしよう、盛大にスベったらどうしよう。 知っている人が白けた目でこちらを見たらどうしよう。ああ怖い。怖い。
ノリに任せている時はいいが、ふと冷静になると、「どう見られるか」を気にする臆病な自分が顔を出します。
他人の目を常に気にし、俯瞰しようとするタイプの私にとって、この恐怖は常に頭の片隅にへばりついていました。
それでも結果的に漫才、コント、そして寮のIPPONに参加し、観客を笑わせられました。
ん?怖かったんじゃなかったんか?って思うじゃないですか?
なぜ私が最後までやり切れてしまったのか。
「あなたのためにやろう」が恐怖を溶かしてくれた
一つは、環境の良さです。 主催者の友人が一緒にネタを考えてくれたのもそうだし、何より相方が素晴らしかった。
相方は人を笑わせるようなタイプでは全くなく、むしろお笑いに対して臆病な人間です。
それなのに、一緒にやらない?といった私の提案を快く受け入れ、忙しい合間を縫ってずっとネタ合わせに付き合ってくれました。深夜過ぎまで手伝ってくれる仲間たちの存在が、「怖い」という感情を「この人たちと良いものを作りたい」という前向きな気持ちに変えてくれました。
そしてもう一つ、私を突き動かした決定的な出来事がありました。
それは本番の2日前、急遽別のネタの助っ人として参加することになった時のことです。 (コントとは別のネタです。)
九州から休学して上京して私の寮に短期で滞在している子がピンでネタをしようとしていました。
堂々とピンでネタを披露していたものの、ネタの完成度がいまいち。(それで私が呼ばれた)
ピンもそうだし最初に合わせてみたネタが結構酷評され、彼女は「もうやめよう」「私がネタをやるべきではない」「申し訳ない」
そういって意気消沈していました。
その姿を見たとき、私の中でスイッチが入りました。
はるばる東京まで来て、挑戦しようとしている彼女が、ここであきらめて終わっていいわけがない。この舞台は、彼女が今後殻を破るための分岐点になるかもしれない。
そう思った瞬間、自分の「どう思われるか怖い」という感情よりも、「あなたのために何とかしたい」という思いが勝りました。
自分が汚れ役になってもいい。ふざけ倒して、スベったとしても、最後までやり切る姿を見せることこそが、彼女が一歩踏み出すきっかけになるはずだ。 そう思ったとき、不思議と恐怖心は消え、大胆な振る舞いができるようになっていました。
「たった一つのネタを怖がっていること」を何とかすることが分岐点になる?大げさじゃね?
と思いましたか?私が第三者なら思います。
けど、いざ自分が躊躇してしまうような事象が起きたときに、そんな自分を奮い立たせるような意思決定って本当にしづらいんですよ。
自分が語りで申し訳ないですが私の臆病さは昔からの家庭環境からきているので、私が彼女の立場だったら「本当に」一歩踏み出せないんです。彼女がどうかはわかりませんが、私の場合、一歩踏み出すのを躊躇する環境が18年間あったので、こういう時、周りから何か言われる体験を想像してしまって動けないんですよね。
だからこそ、意気消沈してしまった彼女をみて、ある種自分と重ねてしまい、本気で「あなた」のためにやろう。と(傲慢にも)思いました。
恥をかくことの清々しさと、別の発見
結果として、漫才、コント、そして寮のIPPONをやりきり、ウケたネタもあれば、スベったネタもありました。
(ネタをする前はスベることに対してめちゃくちゃ拒絶していたかかわらず)公然の場で「恥をかいてやろう」と思い、実際に恥をかいた経験は、驚くほど清々しいものでした。頭ではわかっていても体が動かない、そんな経験を数え切れないほどしてきた私が、恥も外聞も捨ててさらけ出せたこと。それは大きな収穫でした。
一方で、別の発見もありました。 「恥」にはグラデーションがあるということです。
IPPONグランプリでのこと。
このグランプリは公衆の面々で渾身のおもろいネタを出すものです。
漫才とコントをいい感じで終わらせ、自信がある中でIPPONが始まってたため、やる気は凄くありました。
しかしいざ始まると、フリップに回答を書いたものの、「これはウケないな、、、」と判断して、発表せずにお蔵入りさせたネタが圧倒的に多かったんです。
恥を晒していいと決めていたはずなのに、土壇場で守りに入ってしまった。 この瞬間、自分の中にあるコンプレックスの根深さを突きつけられた気がしました。
浅い部分の恥は捨てられても、深い部分にはまだ「怖い」と感じる自分がいる。それを知れたこともまた、一つの収穫だったのかもしれません。
「笑わせる側」に回って知った尊さ
このお笑い祭を通じて、私は「感謝」というものを心から体感しました。
良いものを作ろう。 恥をさらけ出そう出してやってやろう。そう思って動いたら逆に自分がめちゃくちゃ救われた。
自分のためではなく他の人のために良いものを作ろうと思った結果、逆に自分の中のコンプレックスが軽くなった。
こんなことあるんだなって思いました。
自分が出来た人間でないことは百も承知です。けど私たちのために舞台を用意し、手伝ってくれた人たちがいたからこそ、私はコンプレックスの殻をほんの少し破ることができました。
感謝しかない。
そして作る側、提供する側の苦労と熱量を知った今、逆説的に「受け取る側」としてのあり方も考えさせられました。
何かを提供されたとき、心の中で思うだけでは足りない。言葉にしろ、手紙にしろ、面と向かって「ありがとう」と伝えきること。それがどれほど重要で、どれほど相手を救うものなのか。
人を笑顔にするって、簡単なようで難しく、だけど尊いことだっただと気づきました。
人を笑顔にする、笑わせるという行為の尊さ。 そして、それを作り上げる人たちへのリスペクト。
たった1週間の出来事でしたが、お笑いを通して、自分の弱さも、他者の温かさも、全てをひっくるめて学ばせてもらった気がします。
見慣れた寮の風景も、舞台の上から見た景色は、少しだけ違って見えました。
本当にありがとうございました。
