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30歳、未来にワクワクできなくなった私が、海外に逃げた話

彼氏もいなかった。
日本に残る理由なんて、何ひとつなかった。

外資系の大手に入って、それなりに給料ももらって、毎日忙しく働いてた。
海外旅行にもよく行って、好きなものを食べて、それなりに豪遊もしてた。

でも、何にも満たされなかった。

お金はあっても、たまらなかった。
贅沢しても、「このレベルか」と思ってしまう自分がいた。
食べたいものを食べても、その場だけで、心はすぐに空っぽになった。

「このまま10年働いて何になるんだろう」
「未来に楽しみが何も見つからない」

そんな気持ちを無視できなくなって、
私は、30歳ギリギリで、海外に逃げた。


努力はしてきた。でも、それで何が残った?

マッチングアプリもいくつもやった。
でも、誰のことも本気で好きになれなかった。

自分が特別可愛いわけでもないのはわかってた。
でも、学歴社会・受験社会をなんとか生き抜いてきたプライドは、しっかり根を張ってた。

「人を見る目」を鍛えたようで、
ただ偏見に縛られていただけかもしれない。

家族とも、友達とも、なんとなく距離を置きたかった。

外資系の大手に入って、親が誇らしげだった。
オフィスは東京駅の一等地、同僚もみんないい人だったし、
在宅勤務も自由、ひとり暮らしもそれなりにいい場所に住んでいた。

何も困っていなかった。
むしろ恵まれていたと思う。

自分が本当にどう生きたいか、何が好きで、何を選びたいかは、わからなかった。


私は、名前のある企業、有名なブランド、
「人に言えるもの」ばかりを追ってきたと思う。
「私すごいでしょ?」って言えるものがないと、自分を肯定できなかった。

気づけば、誰かの期待や社会の評価の中で、
ただ“正解っぽい人生”をなぞるように生きていた。

でもあるとき、ふと、こう思ってしまった。

「私、この人生、本当に望んで選んでたのかな?」


姉が正解だと思ってきた人生

私には姉がいる。

シドニーに永住していて、まるで日本とは違う空気の中で生きていた。
周りの目を気にしない自由さ。見た目も年齢も関係なく、堂々と自分でいられる国。

姉は、いい大学を出て、ちゃんと努力して、レベルの高い場所に身を置いてきた人。
妬ましいというより、ずっと「正解」だと思っていた。

私はいつも、自分の選択が正しいのか不安で、
どこかで姉のように生きたら間違いないって思っていたところがあった。

だからこそ、オーストラリアで暮らす姉の姿は、
自分がたどり着けなかった“確かな人生”に見えたのかもしれない。

正直に言えば――
私も、あの空気の中で、自分の足で立ってみたかった。


このnoteは、模索しながら生きる私の記録です。
続きも、ゆっくり書いていきます。


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