“早くお迎えがきて欲しい”と口にする人のそばで私が思うこと
ケアマネジャーの仕事にはさまざまな業務がありますが、その中でもとても大切なことのひとつに、ご利用者様のお宅を訪問し、
生活の中で困っていることがないか
今使っているサービスに満足しているか
体調に変化はないか
…そんなことをお話しながら伺う時間があります。
その中で、ときおり聞こえてくるのが、
「こんなに長生きしたくなかった」
「早くお迎えに来てほしい」
そんな“死”を連想させる言葉たちです。
介護職として働き始めた20代の頃の私は、その言葉にただただ圧倒されていました。
何と返していいのか分からず、どんな声掛けが正解なのだろう。と思いながらこう言っていました。
「そんなこと言わないでください」
「私が成長するために、○○さんが必要なんです」
「そればっかりは神様、仏様のお決めになることですから…」
言葉は違っても、根底には「生きていてほしい」「前向きな気持ちを持ってほしい」という願いがありました。
当時の私は、「死」はタブーであり、忌み言葉であり、縁起でもないもの。
だから、そんな言葉が出ないような関わり方をすることが正解だと信じていました。
そして、なによりも私自身が、その言葉の持つ重さに巻き込まれてしまうのが怖かったのです。
まるで、日々の生活に溜まったマイナスの感情を、ギュッと詰め込んだ重たい荷物のように、なんの前触れもなく「はい」と手渡される感覚。
しかも、そこには「あなたには分からないでしょうけどね」というメッセージカード付き。
でも、介護の現場で20年を過ごした今、私は少しずつ考え方が変わってきました。
「そうだよなぁ…。そう思う日もあるよねぇ。」
そんなふうに思えるようになったのは、私自身もまた、
「ここじゃないどこかへ行きたい」
「仕事行きたくない」
そんな思いを抱えた日が、何度もあったからです。
変わらない日常、自分の成長を感じられない毎日、周囲がキラキラして見えるのに、自分だけ取り残されたような気がする。
でも、じゃあどうしたらいいのかも分からない。
「仕事行きたくない」とつぶやいたときに、
「そんなの無理に決まってるでしょ」
「生活どうするのよ」
そんな言葉を投げかけられたら、「分かってるけど…」と、言い返したくなる。
あるいは、ただぐっと心の中にその言葉をしまい込む。
ご利用者さんの「お迎えに来てほしいなぁ」も、もしかしたら、そんな気持ちに近いのかもしれません。
生きていくことは分かっている。
でも体は思うように動かず、物忘れも増えていく。
誰かの手を借りなければ生活できない。
そんな現実に、どうしようもないもどかしさや諦めを抱える。
「もっと〇〇だったらな」
「この人生をリセットできたらな」
そんな思いの果てに、ふと口に出るのが、
「もう、生きていても意味ないな」
「早くお迎えが来ればいいのに」
なのかもしれません。
今の私は思うのです。
「早くお迎えが来て欲しい」と思う日があることは、
むしろ自然なことかもしれない。
どんな状況でも前を向いて生きていくことができれば、それはすごいことだけど、
「死」を見つめ、それをぽつりと呟けることもまた、
その人が真剣に、豊かに生きてきた証なのではないかと。
人生の折り返し地点を過ぎた私。
ご利用者さんに「生きて!」「前を向いて!」と言うメッセージを
伝えることは少なくなり
「今日は、そんなふうに感じた日だったんですね」
「そう言いたくなる日も、ありますよね」
とお伝えすることが多くなりました。
きっとこれからも、ケアマネジャーとして、
「早く迎えに来て欲しい」「生きてても意味がないわ」という言葉に
出会うことはあるでしょう。
そのとき、無理に前を向かせたり、言葉を否定したりせず、
ただ「今の気持ち、確かに受け取りましたよ」と、そっと寄り添える人でありたいと思っています。
