英国の王室の話!
「姫ーこないだエリザベスII世がとうとう御隠れになりましたーー。」
「英国、および、英国国教会(プロテスタントの一種)を率いて、激動の20世紀から、21世紀初頭の世界をあまねく照らされたお方ではあったな。」
「しかし、英国は伝統があって、大英帝国最盛期(1920年頃)は、世界中の領土を全て集めると、3300万平方キロを軽く超えていて、世界の22.5%強が英国の土地だったこともあるのに、なんで、王であって、皇帝ではないのですか?」
「一言で言うと、英国王というのは、ノルマン人の海賊の子孫であって、ローマ皇帝の(直接の)子孫ではないからだよ。」
「ヨーロッパで、皇帝を名乗れるのは、ローマ皇帝の子孫だけなんですか?今でも???」
「そう。なので、オーストリアは東ローマ帝国、神聖ローマ帝国と続いてきて、カエサルの直の子孫であると言っている(まあ、えらくなると系図なんてなんとでもなるのは、ヨーロッパでも、中国でも、日本でも同じだけどな!www)ので、オーストリアは皇帝を名乗っていた。ハプスブルグ家のマリア・テレジア(マリー・アントワネットの母)など有名だろ!」
「しかし、なんというか、へー???」
「ヨーロッパの歴史は、ローマが征服してから、ゲルマンがきて、もともといたケルトを追いやって、ゲルマン諸部族が相食むようになっていったのがその大まかな歴史であるわけだけど、グレートブリテン島というのは、もともとは独自の人たちが住んでいたみたいだよな。」
「ストーンヘンジやストーンサークルを残した人たちですね。これは、ケルト人じゃないんですか???」
「違う。というか、元々は違うと言ったほうがいいのか???」
「ん?どういうことですか?」
「大陸のケルト、島のケルトって言葉知っているかな?」
「大陸のケルトっていうのは、だいたいでいうと、ヨーロッパ大陸にいたケルト文化を持っていた人々で、有名なのは、カエサルのガリア戦記に出てくる、ガリア人とかですよね。」
「島のケルトってのは、大まかには、グレートブリテン島に住んでいたケルト人を指すんだけど、これは、昔は、大陸のケルトが渡って、原住民を征服したんだろうと思われていた。」
「その原住民が、ストーンヘンジやストーンサークルを作って祭祀をしていた人々ってわけなんですね?」
「それはそうなんだけど、最近の研究(主に、遺伝子ハプロによる分類学が進展したのが大きい)によると、島のケルトは、大陸のケルトとは、ヒトとしては異なるらしいんだよね。」
「?????よくわかりませんね。」
「もともとの原住民の集団自体が、ケルトの文化を”輸入”して受け入れたんだろうというのが、もっともらしいな。その後、古い祭祀のやり方や習俗をすて、ケルト人として振舞ったというわけだな。」
「あーそれ、前にも、話しましたよね。」
「日本でも、3、4世紀に、古墳(特に、前方後円墳など、大規模なもの)を作る文化を持っていた人が、大陸からきた新たな武器や農業のやり方を持っていた全く新たな人たちに征服されたわけではなく、人的、物的交流によって、もともといた人たちが、新たな文化を創造して行ったわけだけど、似たようなことは、グレートブリテン島やその他、いろいろなところで起こったと考える方が自然って思われるようになってきた。」
「で、その後、どうなったんですか?」
「ケルト人が、ゲルマン人に対して、劣勢になると、グレートブリテン島にも、ゲルマン人がくるようになる。」
「有名ですね、その辺からは、確か、ヘプターキー(アングロ・サクソン7王国)ってのができるんですよね。島の中南部でしたっけ???」
「そうなんだけど、このあたりまでは、今の英国とは関係がない。」
「あ、そうなんですか?WASP(White Angro Saxon Protestant)なんていうから、てっきりこの辺りの古王国の王様が現代まで続いているのかと思っていました。」
「違うんだよね。そんな、万世一系みたいな物語は、日本の天皇家だけだよ。古代の7王国は、のちにやって来るノルマン人の海賊”征服王”に征服される。こっからが、いまのイギリスの歴史の始まりだな。」
「そういえば、高校の世界史でも、現在の”グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国”ってのは、”1066年にウィリアム1世(征服王)が即位したところから始まる”って習ったような気がしてきました。」
「あ、そうそう。征服王って名前がついてることでもわかるように、この時ははっきりと征服があったんだよね。この辺りから、中世、近世、現代にかけての「大陸」と「島」の関係を眺め直していくと、常に、英国が大陸の国々、特に、フランス、ドイツ、スペインあたりとは異なる、独自の道を生きたがる文化的な意味がわかってくる。」
「ふーん、どうしてですか?」
「フン族(これは、分裂した匈奴のうちの北匈奴が西征してきたものって思われてきているらしいけどね。”匈奴”の古発音は、”フンヌ”のような感じで、匈奴の言葉では、単に”ヒト”を意味するものらしいね)に押し出されて、ヨーロッパを席巻したゲルマン民族だけど、大雑把に分けると、フランク族、ノルマン族と分けられ、さらにかなり遅れて、アングローサクソンがやってきた。」
「全部、ゲルマンなんですか?」
「そうそう。しかし、この人たち、同民族でも、古代からずーーーーーと仲が悪い。」
「何か、違いがあったんでしょうね・・・・・。」
「フランク族の前には、ゴート族(これも、ゲルマン系)などがきていたが、少し、遅れてきたフランク族に、イベリア半島方面まで押し出される。」
「フランク族は、フランク王国を作った人たちですよね。」
「そうそう、それは、今のドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグあたりと重なるよな。それは、まさに現在のEUの前身であるEECの母体となった地域だよ。」
「ノルマン人も、別の人たちで、ヨーロッパにきたら、すでに、西ゴート族やフランク族がいいとこは全部取ってしまっていた。」
「で、どうしたんですか?」
「北へ行ったね。今のデンマーク、スウェーデン、ノルウエイあたりを占領した。が、しかし、この辺りは、モノナリも悪く、暮らすのが大変なので、海賊化して行く。いわゆる、バイキングだね!」
「なるほど、”海賊王に、俺はなる!”ってのも、止むに止まれぬ措置だったんですね。」
「アングル族とサクソン族も遅れてきた人たちで、大陸に居場所がなく、グレートブリテン島に渡った。で、島のケルト化していた人たちを、スコットランド、アイルランド、ウエールズに押し込めて、自分たちは、島の中南部に居座ってしまった。」
「しかし、ノルマン人はグレートブリテン島にも攻めてきて、島の北西をしょっちゅう略奪して、アイスランド島にも、基地を作った。」
「アイスランドには、それまで人がいなかったんですか?」
「無人であったようだね。現アイスランド人の遺伝子ハプロを調べてみると面白い結果が出ていて、y-染色体ハプロは確かにノルマン人系が多いんだけど、ミトコンドリアハプロは、かなりの割合で、ケルト人系のものが見られるらしい。」
「それって、海賊で、スコットランドやウエールズ、アイルランドにいた女の子を誘拐して、アイスランドで子を産ませた人たちの子孫が多いってことですかね?」
「そうだと思う。ゲルマン人ってのは、ものすごく、好戦的なのは確かで、中南米でも、似たような結果が出ている。つまり。中南米の原住民系の子孫の遺伝子ハプロは、ミトコンドリアハプロには、原住民系のものがたくさん残っているのに、y-染色体ハプロは、スペインやポルトガルといったゴート系ゲルマンのものばっかり。」
「原住民の男は全部、殺されたか、奴隷になって、女性は征服者たちが分けどりにして、子孫を残したってことですね。証拠残ってるんだなぁ・・・。」
「そんな連中をよく追い出せましたね。しかし、フン族。」
「古代の段階では、遊牧民ってのは、圧倒的な戦闘力だったようだね。弓矢の到達距離も貫通力も段違いだった。」
「中国史でも、漢以前は、匈奴がくるとみんな怖がっていたよな。漢の劉邦も、娘の一人を匈奴王に差し出して、和を乞うて居る。」
「まあ、そういう時代の残り香があるのが、英国王室なんですね。」
「”征服王”以後は、一系なんですか?」
「同じ島でも、英国は、そうは問屋がおろしてない。世界史で習ったように、ややこしい。世界史選択だとと大変だったでしょうが!www まあ、しかし、現代の英国王室は、その海賊王”ロロ”ってのの子孫であるという意味でははっきりして居る部分はあるね。”征服王”ウイリアム1世は、海賊”ロロ”のはっきりとした直系の子孫だからね!ワンピースのロロノア・ゾロってのは、この”ロロ”からきているようだね。」
「でも確か、基本的に英国王は、”ステュアート家の血を引くプロテスタントに限られ、王位継承後は英国国教会に帰属することが義務付けられている”と習ったんですけど・・・。」
「そのスチュアート家ってのが、なんだかんだあったけど、”ロロ”の子孫だよ。で、プロテスタントってのは絶対に譲れない。それも、英国国教会。」
「それはどうしてですか?」
「それは、”ロロ”の直系の子孫が、フランス王室によって、ノルマンディー公に任命されると同時に、他の海賊から、フランスを守ってくれと依頼されたことあたりに起源が認められるね。」
「ん???」
「フランスから見ると、英国王ってのは、ノルマンディー公が兼任している田舎領主に過ぎないって侮りもあって、海賊なんてのが流行らなくなってからは、何かの都合で、取り上げられて、フランスの一部にされてしまう危険が常にあった。」
「なるほどなぁ。。。そこまでは詳しく習いませんでしたね。ま、しかし、理解に必要な個々の出来事は習ってっているんでしょうね???」
「そうだよ。でもなあ。もう、〇〇〇〇朝なんてのが、いっぱい出てきて、暗記するだけで、いっぱいいっぱいだったよな。きっと。それに、いえば、他国のことだしな。しかし、英国は、その危険を実は、いまでも、根深く持って居る。従って、EUにも消極的だったし、結局脱退した。」
「フランスは、カトリックの一大中心で、近世では、スペインとイタリアにおける権益を争ったりしているし、特に、ルイ14世(太陽王)の時には、その権力も絶大であった。」
「実際に、カトリックの強い権威も利用しつつ、フランスは、イギリスの王位継承やスペインのそれなどにもしつこく、干渉していた時期もある。」
「それからなるべく自由でいるために、英国王室は、どんどん独自の文化・伝統を作り上げていったんですね。」
「でも、英国王室の王位継承権保持者は、世界中に、1000人くらいいるって聞きますね。佳子さまも、英国あたりの王室と縁戚になるような結婚をしていただくのは如何なものか?なんて、妄想することもあるけどね。」
「まあ、ヨーロッパの貴族ってのは、そこいら中で、親戚関係になっているからね。」
「イギリスは、女王の時代にとても勢威がいいと言われますよね。」
「エリザベス一世、ビクトリア一世などだね。かなりきな臭かったり、血なまぐさい事件も多いけど、確かに、そういった時代を経て、英国は独自性ももち、20世紀初頭には、世界の1/4をその領土にしていた。」
「それでも、大陸とカトリックに対しては、もう、幼児の頃の恐怖体験でのトラウマみたいになった”恐怖”があるんですね。」
「これは、アメリカの共和党と民主党の対立の原点にもある。こういう歴史を知っていると、その根本部分の理解が少しではあるけど、進むね。」
「共和党ってのは、WASPの政党ですよねそれに対して、民主党ってのは、カトリックが中心です。アイルランド系やイタリア系の白人も、民主党ですね。」
「ま、現代は、権利・権益関係が入り組んでいて、単純に割り切れないことも増えてはいるが、基本的に、プロテスタント系は自助努力による秩序を重んじるぞ。民主党は、なんでもありになりがちだね。カトリックってのは、どんなに悪さしても、教会に行って懺悔すればチャラみたいな感じに捉えられている部分があるな。」
「実際に、中世には、”免罪符”なんてのを販売していましたしね。」
「まあ、しかし、その背景にはヨーロッパの歴史が横たわっている。知っておいたほうがええことも多いよ。」
「歴史で教えてくれればいいのにな!?」
「テストすることが前提なんでね。主観的な話はなかなかしにくいだろうとは思うね。」
「このような物語風の歴史は、歴史学というよりは、歴史物語ですね、主観のあり方によって、可能ないくつもの物語がありうる。」
「んんん?????なかなかむずいなぁ。」
「まあ、日本列島は、おしなべていえば平和な島だったんだよな。」
「近くの大陸の大帝国が、中原の文明帝国で、あまり島に興味を持たなかったというのが大きいようだね。」
「漢以後、儒教でしたしね。」
「儒教というのは、礼のあり方を教える体系で、中央のことしか考えない。周辺国家は、文明国と思われたければ、自ら、真似して、礼を持って、朝貢せよ!っていう統治の仕方だったからね、これまでは。」
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