あのとき、【わたし】じゃなかったら…
1年以上経っても、いまだに残る傷がある。
昨年の春、まだ私が正職員として働いていた頃、私の部署に、新規採用で障がい者雇用の女性職員が配属された。彼女は、下半身左半身が麻痺していて、常に電動車椅子を利用しなければならない様子だった。新規採用者には、春に研修がたくさんある。そのほとんどは、駅からそう遠くない研修所で行われるため、問題がなかったのだけれど、ひとつ、職場が重要視している「人権研修」、これだけは、バスでしか行くことのできない「人権センター」で行われることになっていた。
彼女の雇用を決めたのは、本社人事課。新規採用者研修の主催も、本社人事課。その研修主催の部署は、彼女の「人権センター」への行き方や、その場所に行きづらい彼女の代替研修を、何も考えていないようだった。「まぁ、新規採用職員の研修先への交通費の負担は原課(ウチ)なので、そちらで考えてください」と。
彼女が、ウチに配属されることが分かったのは、配属日の3日前。彼女を採用することに決めたのは、本社人事課で、半年前。本社人事課と私がやりとりをした日から考えると、例の研修の開催日までは、もう2ヶ月をきっていた頃だった。
「どう考えても筋書きおかしいやろ!こんの、ヒトゴトカめ!」「しかも『人権研修』!?そんなに『人権』大事なんやったら、今目の前で身近に起こってる人権問題(障がい者の人権)考えろ!」なんて、叫んだところでどうしようもない。(何度も叫んだけれど。)私は、自分の所属する支社内で、福祉タクシーの手配や、その利用にかかる予算流用のために、動き出した。
運の悪いことに、直属の上司は、時期を同じくして発覚した委託業者社員の横領事件に対応すべく、課長に連れまわされていたり、別の近しい上司も、新しく降ってきた仕事をまわすのに手いっぱいだった。
元々支社が持っているタクシーチケットを使っての福祉タクシー利用(A案)、タクシーチケットを使わずに、予算流用をして前途資金でお金をもらって福祉タクシーを利用(B案)…という手が手元にあった。
A案をとれば、大阪から東京へ出張に行ってしまえそうなほど、高額になる。これでは、タクシーチケットを契約している総務も黙っちゃいないし、支社のお財布を握っている経理ももちろん同じである。
B案をとれば、ものすごく安い金額でタクシーを利用できるが、本来、支社のタクシー利用は、タクシー協会との契約のうえでチケットを使っているので、違う方法は【監査から指摘されるから】経理が認めてくれない。
さらに、A案も、高額で【監査から指摘されるから】経理は認めてくれなかった。
残された道は、C案。安いタクシー会社との契約を結べ。障害者雇用の彼女が配属されて、あーでもない、こーでもない、と、たくさん検討して、この時点で、すでに研修日まで1週間をきっていた。時間的に、理想のC案は、とることができなかった。
私はA案で、タクシーを手配し、無事に、障害者雇用の彼女は、『人権研修』に参加することができた。
私は、支社総務、支社経理、経理課長から、怒られたり、渋い顔をされたりした。
本社人事課、支社総務、支社経理、自分の所属する部署の課長ですら、みんなが、この件について素知らぬ顔をしながら、自分たちのメンツを立てるために指摘だけはしてくる状況。
だいたい、【監査から指摘】されたって、こちらは悪いこともしていないし、うっかり時間が無くなったわけでもない、普通に起こった事実を回答すればよいではないか。【監査から指摘】そのものは、何も悪くないはずである。
もともと、過去のパワハラで、心身に不調を抱えていた私は、この2ヶ月ほどのやりとりで消耗し、3ヶ月の休職に至った。
当時、できるだけ力になろうとしてくれた近しい上司たち(前出)や、前アカウントでのnoteのフォロワーさんから、「よくやった!」とヘロヘロの私をお褒めいただいたり、お礼を言われたりした。
しかし、はたしてそうだろうか?理想の案はとれず、イマイチな代替案で、彼女の研修参加は実現できたけれど…。
あのとき、【わたしじゃなかったら】、時間も足りて、スマートに理想のC案を取れていたんじゃないだろうか。
あのとき、【わたしじゃなかったら】、もっと他所の課は力になってくれたんじゃないだろうか。
あのとき、【わたしじゃなかったら】、素知らぬ顔をする人たちから、イマイチな案でも渋い顔はされなかったんじゃないだろうか。
あのとき、【わたしじゃなかったら】、【監査から指摘がくる】程度の理由で、反対されたりしなかったんじゃないだろうか。
【わたしじゃなかったら】…
【わたしじゃなかったら】…
この「福祉タクシー案件」は、昨年の4月~5月に私が奔走したこと。
もう1年以上も経つのに、さらに、私はもう退職までしているのに、いまだにこのときのことが、ときどきひょっこり思い出され、悲しい、悔しい、やるせない気持ちになるのである。
「タラレバ」をぐるぐる考えていても仕方がないことはわかっているけれど。
休職した私は、「『今世の宿題』や『人生の課題』を見てもらえる」と評判の、星読みをしているとある娘の同級生ママさんのところに駆け込んだ。
「福祉タクシー案件」で、スマートに動けなくて、ぐるぐる悩んでいるこんな自分はもうイヤだ!何か思考のクセを解せる突破口がほしい!と。
その星読みがきっかけとなり、私は今、星読みカウンセラーを目指す状況となり、また、インナーチャイルドを癒す心理学講座を受講している最中である。
このように考えると、人生って、本当にどう転ぶかわからない…とも言えるけれど。
人によっては、「辛かったできごとも、今の自分へのひとつの道であったのだから、かえって良かったじゃないか」と考える人もいるだろうけれど。
もし、そう言われたら、私も「そう、ほんと辛いできごとを、無駄にするもしないも自分次第だよね。」と返せるけれど。
まだまだ癒されきっていない私は、あの出来事をふいに思い出しては、自分に質問を投げかける。
もし、あのとき、【わたし】じゃなかったら…?
【参考書籍】
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