注意しても治らない人|伝わっていなかったと感じた本当の理由
「どう言えば伝わるのか」と、立ち尽くした瞬間
また、同じことが起きてしまいました。
前にも伝えたはずなのに。言葉を選んで注意したはずなのに。
治らない状況を目の当たりにして、正直なところ「どう言えば、この思いは届くのだろう」と、途方に暮れるような感覚がありました。
けれど、相手に対する苛立ちの奥底で、何かが喉に引っかかっているような、自分自身への小さな違和感も同時に抱いていました。
繰り返される「分かりました」という言葉の空虚さ
業務を進める中で、どうしても改善してほしい点がありました。
これまでにも、折に触れてそのことを指摘してきました。
そのたびに、相手は「分かりました」と神妙な面持ちで答え、私の言葉を受け止めているように見えました。
それなのに、いざ蓋を開けてみると、行動は以前と変わらないまま。
結果だけを見れば、「注意をしても治らない人」というレッテルを貼りたくなるような状況が続いていたのです。
「注意」という行為の裏側に隠れていた曖昧さ
「注意をしても治らない人」に原因があると考えれば、話は簡単です。
しかし、ひと呼吸おいて振り返ってみると、私の伝えた言葉には、決定的な具体性が欠けていたことに気づかされました。
具体的に、どの行動を、どう変えてほしかったのか。
どこまでのレベルに達していれば「合格」とするのか。
そもそも、なぜその修正が全体の仕事において重要なのか。
私は確かに「注意」という行為はしていましたが、相手がそれをどう解釈し、頭の中でどんな絵を描いたのかを、一度も確かめていなかったのです。
期待の「形」が共有されていなかった
いま振り返って思うのは、伝わっていなかったのは注意の回数や言葉の強さではなかった、ということです。
本当の意味で共有できていなかったのは、私が期待していた「こうなってほしい」という具体的な状態そのものでした。
私は「より良い仕事を目指す姿」を思い描いていましたが、相手にとっては「この場をやり過ごし、注意を静かに受け止めること」がゴールになっていた。
その決定的なズレを放置したまま、「なぜ変わってくれないのか」と相手を責めていた自分の未熟さに、ようやく気づくことができました。
注意はしました。伝えたつもりでもありました。
それでも状況が変わらないとき、本当に共有できていなかったものは何だったのでしょうか。
相手を変えようとする前に、まずは自分の中にある「期待の形」を言葉にしてみる。
あなたにも、そんな静かな歩み寄りが必要な場面はありませんか。
こうした現場での「小さな違和感」に目を向け、万が一に備える姿勢は、仕事だけでなく私たちの日常を守る上でも欠かせないものです。
「もしも」が起きてから後悔するのではなく、平時の今だからこそできる準備があります。
仕事の判断を磨くように、大切な家族を守るための「備え」も、この機会に見直してみませんか?
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