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舞と唄とことばの宴 ― 日本舞踊との出会い

人形町のよし梅芳町亭は、時がゆっくり流れるような空気のある場所です。格子戸をくぐると、木の香りと和のあたたかさに包まれます。その空間で開かれた「舞ひ唄ふ まほろばの宴」に、私は父と、父の弟子であり、茶会の下足の手伝いもしてくれている國學院大学の大学院生と三人で出かけました。

この宴は、日本舞踊と小唄、そして学問の世界が一つになった贅沢な時間でした。舞台に立つのは山村流の山村若静紀師匠。扇子の開き方、足の運び、視線の送り方――その一つ一つが、呼吸するように自然で、しかも研ぎ澄まされていました。舞というのは、派手な動きではなく、間と形で情景や感情を伝えるものなのだと改めて感じます。

続いて、小唄幸三希師匠の小唄が響きます。三味線の音色と師匠の声が、会場の空気を柔らかく包み込みました。父は小唄を十年続けており、名取「春日豊花幸」として師匠とのご縁があります。そのせいか、舞台を見ている私にも、どこか身近なあたたかさを感じる時間でした。

さらに、この日は万葉学者の上野誠教授も登壇されました。舞や唄を背景に、万葉の世界、日本人の美意識の成り立ちや言葉の響きについて語られます。國學院大学の教授である上野先生は、実は私が志望校の一つとして考えている大学の先生。日本文化の奥深さを、学問と芸の両面から聞くことができたのは、とても貴重な体験でした。

会のあとの会食では、偶然にも同じテーブルに山村若静紀師匠、小唄幸三希師匠、上野誠教授が並ばれました。舞台の緊張感とはまた違う、和やかな空気の中で交わす言葉や笑顔。その場に身を置きながら、日本の芸能や学問がこうして人と人をつなぎ、文化を生きたものとして伝えていくのだと感じました。

日本舞踊は、私にとって祖母が「させたい」と願っていた習い事でもあります。幼い頃はその意味を理解できませんでしたが、この宴での体験を通して、その想いが少しわかる気がしました。舞は身体を使った物語であり、日本人の所作や美意識が凝縮された世界です。

山村若静紀師匠は、このよし梅で月に一度稽古をつけていらっしゃるそうです。月末に体験稽古に伺うことを決めました。扇子を手に、足を一歩踏み出すその瞬間に、舞台で感じたあの静かな緊張と、芸の持つ奥行きを、今度は自分の体で味わいたいと思います。

舞ひ唄ふ、そして語る――この夜のまほろばの宴は、私にとって日本舞踊という扉を開けてくれた時間でした。そしてその扉の向こうには、まだ見ぬ日本文化の景色が、きっと広がっているのだと思います。

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